★失われるナニカ
最後の記憶にあったのは、誰かの元からりりんの魂を奪って、賢者の石の中に閉じ込めた事。
彼女の魂を宿した賢者の石は、みるみるうちにその形を人の姿へと変じていく。
そうして出来上がったのは、地球世界でのとは違う女性の姿。
元々のリリンは、コロコロと変わる表情の可愛らしい、どちらかというと『美しい』女性だった。
ところが、賢者の石が模った魂の形は、ふんわりとした黒い癖っ毛が愛らしさを強調する、整い過ぎていて人形の様だと言っても良い程の可愛らしい少女だ。
ただ、その身に纏う輝きの質は、いつものりりんのものと変わりなく、それが私を安心させる材料になった。
そこでやっと私は、りりんを誰から奪ったのかに気が付く。
私は、彼女をこの世界での母親の元から奪い去って来たらしい。
彼女が、この世界で新たな生を受ける事になっていたのだと、何故、その時に気がつかなかったのだろう?
彼女の命が失われる瞬間に受けたショックと、彼女の魂をその母親の元から奪ってしまったと言う事実に打ちのめされ、涙が溢れる。
りりんの、「大丈夫」「そばにいるよ」と言う言葉を聞きながら、急激に襲いかかって来た睡魔に抗う事が出来ずに私は眠りに落ちた。
目覚めは、少々刺激的だった。
時の頃は明け方の少し前だろうか?
小さな明かり採りから入る微かな光が、とろんとした目で私の唇を貪る少女を照らす。
私はそれを呆然と眺めた。
頭では、これが『りりん』だと理解したものの、心がそれを否定する。
彼女はこんな事をする女性ではない。
どちらかと言うと彼女は、保守的で身持ちの固い人でそこもまた好ましく思っていたのだ。
少女の舌が侵入してきて、私のソレを絡め取る。
思わず眉を寄せるのと同時に、体内から魔力が大量に吸い出されるのを感じた。
『賢者の石』……!
そこで初めて、りりんの魂の入れ物に用いた物に思い至る。
となると、導き出される答えは一つだ。
『中の魂と、この姿を維持する為に莫大なエネルギーが必要とされており、それを補給する為にこの行為に及んでいる。』
意図的に多めの魔力を放出すると、りりんの姿をしたソレは嬉しげに目を細める。
ソレが満足するまで供給してやると、満足げに自らの唇を舐め上げて、何事も無かったかのように私の横で丸くなった。
魔力の補充が済んだら、もう興味は無いと言う事らしい。
呆れてしまう程に、欲求に忠実だがソレも『モノ』だからだろうか?
身を起こして観察してみると、実際とんでもない速度で魔力が消費されて行くのが分かる。
維持できるだけの魔力が供給されなくなった時、コレがどうするのかを考えると肝が冷えた。
きっと、辺りにいる生物から魔力を奪い始めるのだろう。
そんな事になったら、どれだけの生命が失われる事になるのか?
想像もしたくない。
もう一つ気になる点があった。
それは補給のしようがある膨大な魔力消費量よりも、憂慮すべき事の様に思える。
彼女を構成する『光』がほんの少しづつではあるものの、確実に弱くなっていっている様に見えるのだ。
『光』の形で認識されているソレは、しかし、私の神力の及ぶものではないらしく、どうやっても輝きの衰えていく速度を落とす事も出来ず途方に暮れる。
今まで、他の者相手にもみた事のない現象に不安が募る。
こうしている今も、彼女の『何か』が失われて行くのに、何故どうする事も出来ない?
私は、下級とはいえ神と呼ばれる存在の一員なのではないのか?
ふと、気持ち良さそうに眠る彼女の纏う輝きの強さが、私の知るものよりもずっと強くなっている事に気がつく。
これは、妹である『風霊の主』や、兄の養い子の『火霊の主』の持つ輝きよりもずっと強い。
ソレを認識した事で、やっと彼女が『運命の紡ぎ手』と呼ばれる管理者の一柱となっている事を知った。
本当なら、一目で分かっていて然るべき事なのに、ここに来るまで気付かなかった自分の間抜けさに嫌気が差すと同時に、この事が示す答えに1人項垂れる。
創造主は、私を異世界に逃がすつもりなど最初からなかったのだ。
逃がさぬ為には、逃げる理由を消してやれば良い。
その結果が、ここにいる彼女、と言う訳か。
一番の理由である彼女がこのキトゥンガーデンに存在すると言うのなら、私が無理をして地球世界に渡る必要もないのだ。
どこから見ている物だか想像もつかないが、良く見ている物だと思う。
それとも、私が分かり易いだけか?
そちらの方が正しい様な気がする。
実際に、どのような形であれ彼女が私の手の中に収まる場所にいると言う事に、ひどく安堵し、満足している私が居た。
りりんも、酷い男に好かれたものだ。
君を、このような化け物じみた入れ物に封じ込めた上で、それでも側に置いておけると言う事に喜びを感じるなんて。
我ながら異様な程の執着だ、とそう思う。
もしかしたら、父が母と結ばれる事になった原因と、わたしの彼女に対するこの気持ちは元を辿ればひどく近しい者なのではないかとふと思う。
父は、祖父の期待に応えられず見捨てられた時、預けられた乳母の娘である母に『何でも出来て凄いね~!』と、初めて他者に認められたと言う経験をしたそうだ。
それは、彼にとって驚きであり、喜びとなったらしい。
今でも母は、父にとって唯一の相手であるというのは、きっとその経験が決め手だったのだろうと思う。
私は祖父に見捨てられこそはしなかったが、それでも愛されたり認められたりと言う感情を向けられた記憶は無かった。
そんな中、文通という手段ではあるものの、異世界の少女と遣り取りをするようになって、彼女と文を交わすうちに息をするのが楽になって行く様な心持になれたのだ。
ふと、彼女の体内の魔力が、少しと言うには大目に減って来ているのに気が付いて、補給しておく事にしようかと手を伸ばす。
私の創った賢者の石に備蓄できる量を考えれば、微量ではあるが、それでも一般の民なら何十人…いや、何百人となく吸い尽くさなければ補う事の出来ない量だ。
早め早めに供給しておく方が良いに違いない。
……と、心の中で言い訳をしておく。
眠っている彼女に、同意も無く口付けを行うと言うのは、私もやはり後ろめたいのだ。
意を決して実行に移そうとした時、彼女の目がぼんやりと私を映して瞬いた。




