第二十話 強くなるための理由
大変、たいっへんお待たせいたしました。遅くなりまして申し訳ありません!
今回、少々残虐な行為があります。
所変わって、執務室では、レンゲルドがいつもの鉄仮面を少々崩して、心なしかげっそりしたように書類を眺めていた。
その横には宰相のロンフィルが同じく、尋常じゃない速度で書類をチェックしている。
ああ、本当ならば今頃シルヴィのもとで、婚約を正式に申し込んでいるはずだったのに。
「レンゲルド様、手が止まってますよ。」
「なあ、そろそろ休憩に・・・・。」
「口を動かす暇があるなら手と頭を使ってください。まだ朝食をとって4時間もたってませんよ。」
「・・・・・。」
辛辣な言葉が次々とレンゲルドを襲う。
王に向かってこのような口をきける部下など、宰相でありレンゲルドの教育係でもあったこの男しかいない。
この宰相、ロンフィルは書類をさっと眺めては判子を押したり書き込んだりとレンゲルドの方を一切みらずに会話を行なっている。
机の上にはまだ見られていない書類が所狭しと置かれていた。
その様子からも、仕事が劇的に忙しいことを物語っている。
このように、レンゲルドが執務室に縛られ、仕事が溜まっているのには訳があった。
明日にはとうとう后候補の全員が自分の国へと帰っていく。
その人数は100人を超えており、その人数が明日全員帰るのだ。
道の制限はもちろんのこと、他国の貴族や姫が危険を侵されないよう、警備の手配に護衛の手配が必須なのであるが、その最終確認は本来昨日までに終わらなければならなかった案件である。
それが、今になっても終わっていない。
その原因となったのがレンゲルドやルドヴィリー王弟殿下である。
急に訪れたルドヴィリーの存在にも準備が急を要したのに、それに引き続くレンゲルドの夜会での暴走は、夜会を荒れに荒れさせた。
その事態の収集に追われ、ロンフィルが気づいたときには、確認すべき書類が机の上で山を作っていたのであった。
もちろん、レンゲルドが原因でもあるので、ロンフィルはレンゲルドに仕事を死ぬ気で終わらせさせる気でいた。
そんな切羽詰まったなか、レンゲルドがひっそりと執務室から抜け出そうとしたために、思わず殺気をだしてしまったロンフィルは、決して間違っていないだろう。
真面目に書類に取り組みだすレンゲルドを横目にみながら、ロンフィルは気づかれない程度のため息をはいた。
そして扉の前に控えている騎士団員に何気なく視線をむけると、その騎士団員はロンフィルに向かって小さく親指を立てる。
その報告に少しだけ笑みを浮かべ、もう一度レンゲルドを盗み見る。
早く書類を終わらせてからシルヴィに会いに行くことを決めたのか、書類を終わらせるスピードは驚異的である。
最初からそうすればいいものを。と思いながらも、ロンフィルは少しだけ面白そうに笑った。
まあ、少しぐらいなら許しましょうか。
八年ぶりの再会ですしね。
「レンゲルド様、少し休憩して作業効率があがるのでしたら休憩を許可いたしましょう。ただし、この窓からも監視できる庭園内にて、です。」
「なんだ急に休憩とは。お前が優しいと調子が狂う。」
ついさっきまで休憩するなといっていたのに、急に休憩をすすめるとは・・・と頭をかしげるレンゲルド。
「失礼な。作業効率の上昇をはかるためです。あと、いま庭園にはヴィヴィルナ姫様がいるようで、大層レンゲルド様に会いたがっておられるそうです。休憩がてら姫様のお相手をされてはいかがですか。」
「なるほどそういうことか。相変わらずヴィヴィには甘いな。」
可愛い妹が寂しがっているのなら相手をしなければな、とレンゲルドは早々に部屋をあとにした。
レンゲルドの後ろ姿を眺めながら、ロンフィルは書類を一旦おき、窓から庭園の様子を眺める。
そこからは、ヴィヴィルナとともに会話を行うシルヴィの姿がはっきりと見えていた。
アンナとシィーリィーとの打ち合わせ通りに、事は進んだようでなにより。と、ロンフィルは満足気な溜息をついたのであった。
「レンゲルドお兄さまは、つよくてかっこいいの。そしてみんなはあんまりしらないけれど、ほんとうはすっごくやさしいの。だから、わたしはお兄さまが大好き。もちろんヴィンお兄さまも父上も母上もお姉さまのことも大好き!」
キラキラと目を輝かせながら笑顔で話すヴィヴィルナを前に、シルヴィは微笑ましい思いで話を聞いていた。
今、シルヴィたち4人は、庭園の中でゆったりと散歩をしながらおしゃべりを楽しんでいた。
といっても、ほぼヴィヴィルナがしゃべりたおしているためにシルヴィは聞き役に徹しているのだが、あまり話が得意ではないシルヴィにとってはありがたかった。。
シィーリィーとアンナは無理に会話に入ることはせず、後ろから付いてきている。
「いまはヴィンお兄さまはりゅうがくしてるし、父上も母上もここにはいないから、わたしとレンゲルドお兄さまでお城のおるすばんをしているの。」
両親がそばにいないのは寂しいだろうに、そのようなことをまったく言わないヴィヴィルナが、シルヴィにはとてもいじらしく感じる。
まだ八歳だというのになんとしっかりしたことだろう。
しかし、八歳といえば、自分の妹が留学したいと初めてのワガママをいい、見事粘り勝ちした歳だ。
そういえば妹は元気にしているだろうか。
「お姉さまはご兄弟はいらっしゃるの?」
そんなことを考えていたときに、ヴィヴィルナからタイムリーな質問をもらう。
「ああ、妹が一人いますよ。今十一歳なんですが、八歳のころから留学にいっていて最近会ってないんです。」
「わたしと同いどしで!?」
びっくりしたように叫ぶヴィヴィルナに苦笑しながらも、シルヴィは慌てて言葉を返す。
「いや、八歳で留学というのはさすがに早すぎるんですが。」
妹は周囲から絶賛されるほど、頭が良かった。
というよりも、彼女は勉強が趣味といってもいいほど勉学が大好きで、様々な知識を次々と吸収し、シュバルティ帝国の知識を学べるだけ学ぶと、他国へと興味が移っていったのである。
八歳ですでにそのような頭の良さだったので、今頃はもはやどうなっているかなど想像もできない。
もちろん、シルヴィも一通り勉学はしてきているし、頭にも叩き込まれているがどちらかというと体を動かすことが好きなために、勉学は責務の一貫としか思えなかった。
「あの子は八歳にしてやりたいことをみつけ、あの国から飛び出していった。それを思うと、心からやりたいことをみつけて生きている妹が少し羨ましい気がします。」
少し寂しげにも見えるシルヴィの表情をみながら、ヴィヴィルナはふと、疑問を述べる。
「おねえさまはやりたいことがないの?おねえさまががんばってとってもとってもつよくなったのは、やりたいことをかなえたいからじゃないの?騎士団のひとたちはね、この国をまもりたいからつよくなるんだっていつもいってくれるよ。」
そんなヴィヴィルナの疑問にシルヴィは思わず思考が停止してしまった。
なぜ強くなろうと思ったのか?
そういえばどうして鍛錬をするようになったんだろう。
思い起こしてみれば、ぼんやりと思い出すのは鍛錬のたびに泣いていた自分。
それ以前の記憶はどうにも思い出せない。
ただ、あの頃は悔し涙をながしていたような、気がする。
護身術は王族が習うべきものだとはしっていた。しかし、自分がハマるきっかけは一体なんだったであろうか。
悶々と考えているシルヴィにヴィヴィルナはどうしたの?ときこうとして、目の前に現れた影に口を無理やり塞がれ、思いっきり引き摺られたために一気に恐慌状態に陥った。
まったくみえなかった。
不覚にもその一言につきるのだが、突如あらわれた影はシルヴィが反応するよりも早く、ヴィヴィルナをつかみあげ、悲鳴を上げさせないために口を塞ぐと、シルヴィたちと距離をとった。
さっきまでのあたたかな空気は突如として現れた5人の黒ずくめの男たちによって殺伐とした空気に変わっていく。
一瞬にして現れたこと、シルヴィが反応するのに手間取ったことから、相手は空間を操作することのできる魔法を使ったと推測できる。
魔術師とは分が悪すぎる。
ぎりっと歯を食いしばりながら、シルヴィは自分とは相性の悪すぎる相手を前に、身動きがとれないでいた。
もちろん、後ろにいるシィーリィーとアンナも同じく、シルヴィが反応できなかったことに反応できるはずもなくただただ相手を睨みつける。
魔法はほぼこの世界において廃れつつある文化である。
魔術師として認知されている人数はいまや20人たらずで、そのほとんどがシュバルティ帝国に属しているのだが、数名ほどは他の国に属しており一人の魔術師は一般兵1000人の力を発揮するといわれるほど重宝されていた。
「・・・なにが目的だ。」
こんな明るいうちから何をしようというのだと、混乱しそうになる頭を必死に回転させる。
いまの位置はシルヴィたちにとって最悪の位置だ。城からの死角になる位置で、なおかつ大声は聞こえるかどうかギリギリの距離である。
庭園の中でもどうやら自然と奥の方に来ていたらしい。
自分の危機管理能力のなさに怒りを覚えるが、いまさら何をおもってももう遅い。
事態はもう起こっているのだから。
「なに、このお姫様はすぐに返すさ。俺たちの目的はあんたを連れていくことだからな。」
その言葉にシルヴィたちは目を見開く。
まさかシュバルティ帝国の姫だとばれたのか?
アンナの視線がこちらに向いているのを感じながら、この場をどう切り抜けようか考える。
なによりも優先する事項は涙と恐怖の顔を浮かべるヴィヴィルナを直ちに開放させることである。
「なぜだ、といってもそう簡単には話さないよな。とりあえず、私は抵抗はしない。どこにでもついて行く。だから、ヴィヴィルナ様を離してくれないだろうか?」
シルヴィ様!という悲痛な悲鳴がアンナからもれるが、ヴィヴィルナのことを考えると、保身など考える状況ではない。
「俺たちも一国の姫を手にかけるような面倒くさいことは極力したくない。特にこの国の姫となっちゃあますますめんどくせぇ。まあ、お前次第なんだがな。それをちゃんと分かっているならこっちにゆっくりと進んで来い。」
男の言葉にいくつかひっかかりを覚えるがまずはヴィヴィルナを第一に考え、素直に頷くとゆっくり男たちに近づく。
いま、シルヴィの心の中を占めるのは、ヴィヴィルナを助けること。ヴィヴィルナはレンゲルドの妹である。
ヴィヴィルナの明るさや可愛らしさ、妹のように思えることももちろん助けたいという思いの一つであるが、レンゲルド様に関わるものということだけでも、自分はすぐにでも命をはることができるであろう。
レンゲルド様に関わることで、あの方に少しの憂いも感じさせたくない。
レンゲルド様を煩わせるなどという愚鈍な行いは恥ずべきことであり、もっとも阻止すべきことだ。
そしていま、何の目的かは知らないが、自分を連れ出すために男たちはヴィヴィルナを巻き込んでいる。
そのことが何よりも許せなかった。
「よしよし。このままゆっくりと来いよ。少しでも不審なことしやがったら、この国の姫とはいえ、何をするかわかんねぇぞ。おい!ヴィヴィルナはお前が拘束してろ!俺はこの女を拘束する。完璧に拘束し終わったら姫を開放しろ。」
男は部下にヴィヴィルナ様を手渡すと、シルヴィへと目をむける。と同時に顔をしかめっ面に変えた。
「おい、なんだその無表情顔は。もう少し怖がったりとか可愛いマネできねぇのか。睨みつくような目をしやがって。」
そんな言葉に耳を傾けることなく、ヴィヴィルナの方へと目をむけ、必死に泣き叫ぶのを我慢するヴィヴィルナに後少しだと目で訴える。
しかし、男はそんなシルヴィの態度にますます腹がたったのか、シルヴィの髪を思いっきり引っぱると痛みで顔を顰めるシルヴィの顔を嬉々として覗く。
結んでいた髪は解け、さらさらと長い髪が腰へと落ちていく。
アンナが声にならない叫びをあげ、シィ―リィーは激しく男を睨みつけるが、男はまったく動じず、苦痛の表情を浮かべるシルヴィに顔を近づけると、舌なめずりをしながら囁く。
「あんたよくみればすげえ別嬪さんだな。うちの姫も綺麗だがあれは癇癪持ちで自分が一番と思っている勘違い野郎だ。お前のことはどっかの場所に連れていったあと散々痛みつけて殺せなんていわれたが気がかわったよ。素直にしとけば俺の女にしてやるぞ。」
だれがお前の女になるか。
髪が引っ張られている痛みを感じながらも思うことはただレンゲルド様のことばかりで。
この国で、さらにレンゲルド様の妹とわかって人質にして騒動を起こすということは、レンゲルド様を煩わせる敵であるのと同じである。
これから私はどうなるかわからないものの、男の態度にいつまでも甘んじるつもりはなかった。
懸念すべきは魔法だが、ヴィヴィルナが無事救出されたならば私も十分に戦える。最悪相打ちになろうとも、この事態を招いた自分が収拾すべき問題だと判断する。
レンゲルド様に関係するもの全てを私は守るのだと。
ひっそりとでいいから、レンゲルド様のあのキラキラとしたひだまりのような笑顔を守り続けていくのだと。
そう思ったとき、自分はなぜ強くなろうと思ったのかを思い出した。
レンゲルド様を、守りたい
ただ、それだけの理由であったことを。
そしてなによりも、あの笑顔を守りたかった。
護身術の説明を聞いたとき、自分の身を守ることしかできないのか?と叔父に質問し、武術の存在を教えられた。
武術は人を守る力があるのだといわれたときに真っ先に浮かんだのはレンゲルド様だった。
レンゲルド様の傍にいこうとか、今後会えるかなどは頭になかった。ただ、守る力を自分も持つことができるのがただただ嬉しかった。
「私にも生きがいはあったのか。」
ぽつりとつぶやくシルヴィに、よく聞き取れなかったのか、男が髪をもう一度引っ張ろうと力を込めた瞬間、
「汚い手でシルヴィに触るな下衆が。」
男が、吹っ飛ばされた。
しかし、髪をつかまれていたのに男が吹っ飛んだわりに痛くないと呆然としていると、男の右手だけが、シルヴィの髪をするっとなでたのちに、地面へと落ちた。
吹っ飛んだ男は遠くからでも寒気がするほどの絶叫とともに、右手を押さえている。
いや、右手首から上は存在せずにおびただしいほどの血がでているために正しくは右腕を押さえている。
真横をみると、そこにはシルヴィが愛してやまない男の姿があった。
右手には剣をもち、男の右手を切ったにもかかわらず、剣筋が速すぎたのか、血が一滴も付いていなかった。
「レン、ゲルド、さま。」
今目の前でレンゲルドが男の右手を切ってなお、殺しそうなほどに男を睨んでいるのにもかかわらず、シルヴィは、その憎しみのこもった横顔がどうしようもなく魅力的にみえた。
レンゲルドはこちらをみない。
いや、男へ野獣のように切りかかろうとしているのを必死に理性で押しとどめているようのもみえた。
止まることのない絶叫。すでに男の仲間たちは昏倒し、気を失っている。
この状況の中で、ひたすらに胸を高鳴らせている私は、やはり普通の女とは程遠いのだろうな。とシルヴィは心の中で呟いたのだった。