第五話 静寂の夜空
ガタガタと激しく揺れるトラックの荷台で、俺たちは幾日も果てしない荒野を進んでいた。
「どこまで行っても、草と砂ばっかりですねぇ」
誠が退屈そうに欠伸をしながら、果てなく続く地平線を眺める。
「あーあ、大雪山が恋しいなぁ」
金三が遠い目をして呟いた。
「石狩川の冷たい水で顔洗いたいぜ」
重成が同意するように頷く。
「お前の実家の近くを流れてんの、石狩川じゃなくて天塩川だろ!」
太郎のツッコミに、荷台の連中からどっと笑いが起きた。
どこまで行っても木一本、山ひとつない見渡す限りの大平原。
故郷の北海道の風景を口にしながらバカ話で盛り上がるのが、移動中の唯一の気晴らしだった。
日が傾き始めると、明るいうちに野営の準備に入る。
地平線にゆっくりと沈んでいく夕日と、それと入れ替わるように訪れる凍えるような砂漠の夜。
飯を食い終え、部下たちが幕舎で泥のように眠りについた後、俺はひとり銃を担いで哨戒(見回り)に出た。
夜の静寂の中、ザッ、ザッと足音が近づいてくる。
振り返ると、煙草を咥えた齋藤中尉が歩み寄ってくるのが見えた。
「正造、三浦の後は大変だろう」
「いえ。みんなよくついてきてくれています」
俺が答えると、齋藤中尉は煙草に火を点け、紫煙を静かに吐き出した。
アンド、周囲を気にするように声を潜める。
「……正造、ここだけの話だがな。先に前線に入った二十三師団の東中佐の部隊が全滅した」
「え……あの二十三師団の東捜索隊が、ですか?」
耳を疑った。
東中佐率いる部隊といえば、機動力に優れた精鋭の捜索隊だ。
「ああ。おそらくだが、運悪く敵に包囲されてしまったのだろう。……にしても、二百名近くいた部隊が壊滅となると、モンゴル騎兵だけでなく、ソ連軍の本隊も本格的に動いていると見るべきだな」
齋藤中尉はどこか自分に言い聞かせるように深く頷いた。
俺も無言で頷くしかない。
だが、中尉の顔に焦りの色はなかった。
「だがな、あそこは新設されたばかりの二十三師団だ。今度は俺たち第七師団の本隊が叩く。ソ連の連中も、我が部隊の一射必中の射撃と銃剣突撃を見れば、すぐに逃げ出すさ」
「そう……ですね」
齋藤中尉の言葉に偽りはない。
上層部も、俺たち現場の兵士も、「創設間もない二十三師団とは違い、陸軍最強の第七師団なら負けるはずがない」と誰もがそう信じて疑っていなかった。
齋藤中尉は言葉を続ける。
「実際、ソ連はスターリンの大粛清で優秀な将校がごっそり殺されたのは知ってるだろ?」
「ええ、聞き及んでいます」
「兵の士気も低く、統制が全く取れていないんだ。どれほど数が多くとも、烏合の衆では勝てる道理がない」
「……仰る通りです」
どんなに兵の数が多くても、指揮系統が乱れた烏合の衆なら恐るるに足らない。
「それに露助(ソ連兵)はな、銃撃戦や白兵戦になるとすぐ逃げ出す。日露戦争の時だってそうだったろ? 我が第七師団の射撃と銃剣突撃ならひとたまりもない」
齋藤中尉の言うことは、何ひとつ間違っていないように思えた。
自分たちの訓練量にも、射撃精度にも、絶対の自負があった。
「早く一揉みして、チチハルへ帰るぞ。夜風が冷える、お前も無理するなよ」
そう言って、齋藤中尉は俺の肩を軽く叩き、暗闇の中へ戻っていった。
ひとり残された俺は、満州の夜空を見上げた。
吸い込まれそうな星空の下、見渡す限り黒々と広がる暗闇が静まり返っている。
齋藤中尉の言った通りだ。俺たちは強い。負けるはずがない。
——だが。
理由のわからない不穏なざわめきが、俺の胸の奥で静かに、けれど確実に広がっていた……。




