第十四話 白糠の湯と繋がる絆
ノモンハンの地獄から約二十年、太平洋戦争の終結から十数年の歳月が流れた、昭和三十年代初頭のことである。
戦後の混乱期には停止されていた軍人恩給が再開され、道内でも「傷痍軍人会」の組織が整い始めていた。
体に深い傷を負い、心に戦争の影を落とした元兵士たちと、それを傍らで支え続けてきた家族が集う会だ。
俺たちが所属する地元の分会では、年に一度、傷痍軍人とその妻たちあわせて五十名ほどで、バスを仕立てて白糠の温泉へ赴くのが毎年の恒例行事となっていた。
ガタゴトと揺れる大型バスの車内は、どこか独特で、けれど温かい熱気に包まれていた。
乗っている男たちの多くは、松葉杖をついていたり、義足や義手であったり、顔や手に火傷の痕が残っていたりする。
街中を歩けばどうしても周囲の視線を集めてしまう痛々しいお互いの姿も、このバスの中では誰も気にしない。
誰もが過酷な戦場をくぐり抜けてきた仲間だった。
隣に座るハナも、同じように傷痍軍人の夫を支える妻たちと楽しそうに言葉を交わしていた。
「毎日の畑仕事、旦那さんの足が痛む時期は本当に大変でしょう」
「ええ、でもこうして年に一度、みなさんと温泉に来られるのが何よりの楽しみでね」
普段は誰にも言えない苦労や悩みを笑い交じりに語り合う妻たちの顔には、安らぎの笑みが浮かんでいた。
ハナにとっても、この旅は日頃の重荷を少しだけ降ろせる大切な息抜きとなっていたのだった。
やがてバスは白糠の温泉宿に到着した。
荷物を置くと、男たちは示し合わせたように大きな湯船へと向かった。
湯気が立ち込める大浴場に足を踏み入れる。
身を沈める男たちの体には、無数の弾痕や大きな手術痕、痛々しく引き攣った皮膚があらわになっていた。
言葉を多く交わさなくても、お互いの体を見ればどれほどの修羅場をくぐり抜けてきたかがよく分かった。
お湯に浸かり、ふうと息をついたとき、すぐ隣で湯を浴びていた一人の男と目が合った。
右脚の付け根近くから先がない、白髪の混じった面構えの男。
その顔つきに見覚えがあった。
チチハルの陸軍病院で、絶望の中にいた俺に「生きて故郷へ帰れ」と力強い言葉をかけてくれた、あの方だった。
「……齋藤中尉殿……ですか?」
俺が声をかけると、男は少し驚いたように目を細め、やがて破顔した。
「……正造か! お前、正造だな! 生きて帰っていたのか!」
「はい……! 旭川でハナと暮らしております。中尉殿もお元気そうで……」
思わぬ再会に、胸の奥から熱いものがこみ上げてきた。
かつては将校と下士官・兵という厳しい階級の隔たりがあった。
だが今、この白糠の湯の中では、共にノモンハンを生き抜き、体に傷を負った傷痍軍人という同じ立場の男同士だった。
湯船の中で肩を並べ、俺たちは溢れ出るように言葉を交わした。
ノモンハンの砂塵のこと、チチハルでの別れのこと。そして、その後の戦況のこと。
俺は胸の中に長年燻り続けていた冷たい塊——「自分だけが恩給をもらい、のうのうと生き残ってしまった」という激しい罪悪感を、絞り出すように齋藤中尉に打ち明けた。
三浦分隊長も、重成も、南方のガダルカナルで倒れた金三も、終戦直後の占守島で散った太郎も、みんな死んでしまったのだと。
齋藤中尉は静かに俺の話に耳を傾け、湯気に濡れた太い手で、俺の肩をぎゅっと強く掴んだ。
「正造、自分を責めるな。あいつらが命を落としたのはお前のせいじゃない。俺たちはな、生かされたんだよ」
中尉の温かい声が、静かに大浴場に響いた。
「死んでいった奴らが俺たちに望むのは、申し訳なさそうに縮こまって生きていくことじゃないはずだ。あいつらが帰りたくても帰れなかったこの北海道で、家族を愛し、泥にまみれても精一杯生きていくこと……それが、生き残った俺たちの『最後の務め』なんだよ」
その言葉が、ノモンハン以来ずっと俺の心に刺さっていた冷たい楔を、じんと温かく溶かしていくようだった。
「お前は生きろ」と、散っていった分隊の仲間たち全員から背中を押されたような気がした。
その夜の大広間での宴は、賑やかで温かいものとなった。
五十名の仲間と妻たちが杯を交わし、苦労を労い合い、笑顔が溢れている。
ハナもまた、他の奥さんたちと嬉しそうに酒を酌み交わしていた。
傷痍軍人会での白糠温泉への旅は、この年をきっかけに毎年恒例の大切な交流となって続いていくことになった。
年に一度、ここで仲間と会い、湯に浸かり、生きていることを確かめ合う。
それが正造にとって、アンドハナにとっても、戦後を前を向いて生きていくための大きな支えとなった。
——それから、さらに長い年月が流れた。
正造がその波乱に満ちた生涯を静かに閉じた後も、我が家の郵便受けには、毎年変わらず「傷痍軍人会」からの温泉旅行と総会の案内状が届き続けていた。
傷痍軍人会には、会員本人が亡くなった後もその妻を支える「妻の部」や「遺族会」の繋がりが残されていたからだ。
公傷を負った夫を長年介護し、支え抜いてきたハナもまた、大切な会員の一人だった。
「正造さん、今年も案内のハガキが来たよ……」
ハナは届いた封筒を愛おしそうに撫で、遺影の正造に語りかけた。
正造が倒れた後も、ハナは変わらず白糠の温泉へ足を運び続けた。
そこには、正造と共に歩んだ歴史があり、互いの夫を看取った妻同士の温かい絆が今も続いていたからだ。
ハナのもとに届き続けるその案内状は、正造という一人の男が確かにこの時代を生き抜き、仲間と共に未来へ命を繋いだという、何よりの証であった。




