第十三話 生き残ってしまった者
昭和十六年十二月、太平洋戦争が開戦した。
ノモンハンでの傷により右足に障がいを負い、公傷除隊となった俺は、道北の我が家で静かに畑仕事を手伝いながら暮らしていた。
身体が無茶の利かない状態であったため、仕事は程々にするしかなかったが、傷痍軍人としての恩給のおかげで、ハナとの生活に困ることはなかった。
だが、世間が戦勝に沸き立つ中で、俺の心はどこか冷ややかに沈んでいた。
ノモンハンの地獄を知る俺にとって、戦争が広がることはただの恐ろしい悪夢でしかなかったからだ。
やがて、戦局は急速に悪化していった。
地元の集落からも、若い男たちが次々と出征していった。
その中には、かつて俺や誠が幼い頃から知っていた近所の若者たちも含まれていた。
やがて毎月のように、村に届く戦死の公報。
赤紙一枚で戦場へ駆り出され、南方や海の底で命を落としていく若者たちの訃報を聞くたび、胸を締め付けられるような罪悪感が俺を襲った。
「俺は……恩給をもらって、こうして温かい家で飯を食っているというのに……」
松葉杖をつきながら、晴れ渡る北海道の空を見上げる。
身体が不自由になったことで二度と兵隊に取られない安堵と、若者たちが死んでいく中で自分だけが無傷の故郷で「のうのうと生かされている」という猛烈な葛藤。
生きてハナの元へ帰れた喜びは、いつしか自分を責め立てる刃となっていた。
アンド、昭和二十年八月、太平洋戦争は日本の敗戦で終わりを迎えた。
戦争が終わってしばらく経った頃、二つの手紙が我が家に届いた。
チチハルの病院で「必ず生きて追いつく」と誓い合った、太郎と金三のご家族からの手紙だった。
そこに記されていたのは、あまりにも残酷なふたりの最期だった。
ノモンハンで生き残った俺たちの歩兵第26連隊は、「精鋭部隊」として最前線へ投入され続けたのだという。
金三は、南方の地獄——ガダルカナル島へ派遣されていた。
圧倒的な米軍の物資と猛砲撃の中、補給も断たれ、飢えと病に苦しみながら、金三は南の島の土となった。
あのノモンハンの砂塵の中で、砲撃におびえる俺たちを冗談で笑わせてくれた金三が、骨も残さぬまま南の海で散っていったのだ。
自由を奪われ、飢えに苦しんだ太郎は、南方からの再編を経て、極寒の北の果て——千島列島最北端の占守島へ配置されていた。
昭和二十年八月十五日、終戦の知らせが届いた直後のことだ。
突如として侵攻してきたソ連軍との激戦の中、太郎は命を落としたという。
いつも腹を減らせながらも、「正造、北海道に帰るぞ」と力強く俺の背中を押してくれた太郎。
あいつは最後の最後まで空腹と寒さに耐え、戦争が終わったはずの北の果てで息を引き取ったのだった。
手紙を握りしめたまま、俺は畳の上に崩れ落ちた。
ノモンハンの激戦を生き抜いた証として、感状と共に授与されたあの懐中時計。
俺は仏壇の引き出しからそれを取り出し、潰れんばかりの力で掌の中に握りしめた。
チチハルで、ノモンハンで、皆で生き抜こうと誓い合った日々の冷たい金属の感触が、掌を通して痛いほど伝わってくる。
「なんでだ……なんでお前たちまで死んじまうんだよ……!」
三浦分隊長も、重成も、金三も、太郎も。
あの日、あの分隊で泥を啜り、命を分け合って戦った仲間は、俺と誠を残してみんな死んでしまった。
分隊の中で、俺だけが足を負傷したおかげで早々に戦列を離れ、生き残ってしまった。
「正造さん……」
ハナがそっと俺の背中に手を添えてくれたが、声も出ずに涙が溢れ出た。
握りしめた懐中時計のネジを巻く音だけが、静かな部屋に空しく響く。
俺が生きているのは、仲間の屍の上に立った幸運に過ぎない。
彼らが命を落とし、冷たい異国の土となったというのに、俺は故郷で温かい飯を食べ、ハナと笑い、生き永らえている。
生き残ってしまったことの重みと苦悩が、冷たい楔のように俺の心に深く深く突き刺さっていた。




