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第8話


 パン屋の窓ガラスが割れ、そこから火が立ち昇っている。周囲にいた人たちは逃げ惑った。


 店の中にいた人たちは我先にと駆けだしてくる。

 店員らしき人たちは火を消そうと水の魔法を使ったり、バケツに水を汲んだりと奮闘している。

 それでも火の勢いは治まらない。


「離れよう。僕らがいても邪魔になるだけだ」

「で、でも。私が火の勢いを治めれば……」


 エリオットは離れようと促すが、キリアは何かできないかと模索する。音魔法を使えば、火を静めることもできるはずだ。


 だが、そのためには音を奏でなければならない。

 今、彼女の手元に楽器はない。あるのは『声』という楽器だけだ。


 キリアは胸の前で指を組み、深呼吸をする。口を開いた瞬間、幼い日のわらい声が蘇った。


 ――なんてヘタな歌。


 声が出ない。何かが喉を縛り付ける。

 出てくるのは掠れた息だけだった。


 その間にも、炎は外壁を焦がしていく。熱気がキリアを襲った。


 そこへ優雅な歌声が流れた。高音を響かせるソプラノ。アイシャである。


 周囲の人々はこんな時に何を歌っているんだ、と言いたげな目を彼女に向ける。


 だが、炎の勢いは少しずつ衰えていき、最終的には鎮火へ至った。

 周囲からの拍手が鳴りやまない。まるでコンサートのようだ。


 店主らしき人は涙ながらにアイシャに礼を言う。


「ありがとう、助かった」

「このくらい大したことではありませんわ。音魔法の使い手として、当然のことをしただけです」


 アイシャは慈愛に満ちた顔で答えた。


「これが音魔法の力なのか?」

「こんな使い方があったのね」


 火を止めたのは音魔法だと聞き、人々は囁き合う。使い道のないと思っていた魔法がこんなところで役に立つとは驚きを隠せない。


 キリアはホッとしたが、自分を情けなく思った。


 それに気づいているかのように、アイシャは彼女に近づいてきた。


「なんて情けないの。肝心な時に魔法が使えないなんて、やはりエリオット様の婚約者には相応しくないのではなくて?」


 自分のほうが相応しいと言わんばかりの顔だ。


 キリアは言い返す言葉が見つからず、俯くしかない。エリオットはキリアとアイシャの間に割り込んだ。


「確かに、肝心な時に魔法を使えないのはキリアの落ち度かもしれない。だけど婚約者を決めるのは君じゃない。僕たちだ」


 エリオットはアイシャを睨んだ。キリアは顔を上げ、エリオットの背中を見つめる。


 アイシャはフンと息をつくと、赤いドレスの裾をひるがえして去って行った。


 エリオットはキリアを振り返る。


「気に病むことはない。人前で無理に歌おうとしなくていいよ」


 彼の声は優しい。しかし、その優しさが今のキリアには痛かった。



  ☆



 季節は進み、暑い夏を越えて、秋に入った。まだ肌寒いとは言えないが、だいぶ暑さは和らいだ今日この頃。


 年に一度の最大の行事、学園祭である。


 学級委員長が司会を務め、クラスでの出し物を決める。

 緑色の髪をぴちっと七三分けに撫でつけた委員長がチョークを片手に黒板の前に立つ。


 真っ先に手を挙げたのアイシャだった。


「合唱がいいですわ!」

「教室で出来ないから却下」


 委員長は容赦がない。アイシャの案をバッサリ切り捨てた。アイシャは唇を尖らせる。


 出し物はあくまで教室の中で出来るものだ。合唱では他のクラスの迷惑になってしまう。


 それから様々な意見が出たが、最終的に紅茶専門の喫茶店にしようという意見でまとまった。


「紅茶でしたら我が家で取引がある○○産のものがあります」

「私も××産が手に入りますわ」

「俺の家でも取り扱っているから送ってもらえると思う」

「よし、では各々送ってもらってくれ。飲み比べて出すものを決めよう」


 委員長が頷く。紅茶の茶葉の収集は大丈夫そうだ。


「さて、次は教室の装飾か。あまり派手にすると落ち着かないし、後片付けも大変だ」


 ふむ、と委員長は首を傾げる。クラスのみんなも考え込む。


「学園祭の喫茶店だし、教室の雰囲気はそのままにして、テーブルクロスなどでお店の雰囲気を出してみるのはどうだろう」


 一人の男子生徒が手を挙げながら提案した。続けざまに女子生徒が手を挙げた。


「なら店内に音楽も流したいわ!」

「あら、素敵」


 他の女子生徒もその案に乗る。


「ちょうど音楽の授業で楽器を専攻している人も多いし、いいかもしれないな」


 委員長はテーブルクロスと音楽の文字を黒板に書き足していく。


「よし、テーブルクロスは言い出しっぺのブラックウェル君を中心にまとめてもらって、音楽はキリア嬢がまとめ役になってもらっていいか?」


 委員長の言葉にクラスからは賛同の声が上がる。


 急に名前が挙がったキリアは大慌てだ。ぶんぶんと首を横に振って無理だとアピールする。

 それを見た委員長はうーんと首を傾げた。


「君が一番演奏が上手だと思うんだが……」

「やってみなよ。耳もいいんだから班分けとか上手くできそうだし。手伝うからさ」


 シーナもキリアに笑いかける。キリアは困ってチラッとエリオットに視線を向けた。エリオットはニコニコしながら頷いている。


「……よ、よろしくお願い、します」


 小さくなりながら、キリアは呟いた。


お読みいただきありがとうございます!

学園祭は準備中が一番楽しいですよね。

キリアを応援してくださる方はぜひ、ブックマーク、★の評価、リアクション等よろしくお願いします!

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