第6話
エリオットとキリアは高等部へ進学した。
制服も新たに気持ちも一新――といきたかったが、やはり憂鬱なものは変わらない。
音楽の授業である。幸い、高等部での授業では歌唱か楽器かを選択できる。
二人は迷わずバイオリンを選んだ。他にも楽器を習っている生徒はたくさんいる。彼らも楽器を選んでいた。
問題は、キリアが無意識に音魔法を使ってしまうことだった。
楽譜に集中しすぎたり、楽しくなったりすると、自然と風が吹く。
「キリアさん。また風が吹いていますよ」
音楽背の先生が呆れ気味の声で指摘する。
キリアはハッとして演奏を止めた。恥ずかしそうに頭を下げる。クラスに笑いが起こった。
しかしそれは、初等部の時のようなバカにするものではなかった。微笑ましさが混じった笑いだ。
「自分の魔法を制御できないなんて、未熟にも程があるのでは?」
アイシャがフンと鼻で笑う。
キリアは申し訳なさそうに肩をすくめる。アイシャの言葉は厳しい言い方だが、正しい。
どんな魔法でも、きちんと制御できなければ危険なものになってしまう。
ただ、他の生徒は白けた目で彼女を見ていた。
――自分のほうが音魔法が劣ってるからって、そんな言い方しなくても。
――ただのやっかみよね。
コソコソと交わされる会話はアイシャの耳には届いていなかった。
放課後はよく二人で勉強を教え合っていた。校舎内にあるサロンで教科書を開いている。
「エリオット様、今日の数学の授業だったんですけど――」
「ああ、そこはね。こうして――」
「なるほど、そう説明されるとわかります」
「僕も聞きたいんだけど、古語の――」
「そこでしたら、ここは――という意味で――」
お互いの得意な科目を教え合う様子は真面目で勉強熱心な二人らしい。
キリアが席を立った。彼女が離れた隙にアイシャがキリアの席に座る。
「エリオット様、わたくしにも数学を教えてくださらない?」
甘えるような声で小首を傾げた。自慢の金髪が揺れる。
しかし、エリオットの対応は冷ややかだ。
「今はキリアと勉強しているから。そこは彼女の席だから空けてくれないか?」
顔は笑顔だが、言葉は氷のように冷たい。
軽くあしらわれている彼女を、周囲はクスクスと笑う。
おしどりカップルと言われるほど仲の良い婚約者の間に割って入ろうとはなかなかいい度胸をしている。
これまでも、何度もエリオットにあしらわれてきているはずなのに懲りていない。
アイシャはムッとしながらも引き下がり、席を立って寮へと向かった。
(何よ、見せつけるみたいに教科書広げちゃって。エリオット様に相応しいのはあの音痴じゃない。わたくしよ)
嫉妬が滲む赤い瞳が床を睨む。エリオットへの想いが募るほど、それは深い色になっていった。
(どうしてエリオット様はわたくしのことを見てくださらないの?)
アイシャはエリオットに話しかけても、いつもキリアの話に持っていかれることが何より気に食わなかった。彼の中にいるキリアが邪魔で仕方ない。
キリアは席に戻ってきて、ふと、首を傾げる。エリオットの雰囲気がちょっと棘のあるものに感じた。
「どうか、なさいました?」
不安そうにキリアが尋ねる。
エリオットは笑顔を取り繕った。
「何でもないよ。そうだ、次の休みに町に出かけないか。行ってみたいカフェがあるんだ」
エリオットは楽しそうに提案した。それを見たキリアは小さく笑う。
「はい、大丈夫です。行きましょう」
「良かった」
エリオットの顔に嬉しさが溢れる。
それを優しい笑顔なのか、締まりのない笑顔なのか、意見は分かれるところだろう。
主に前者が女子、後者が男子の意見だった。
「キリア様が羨ましいですわ。あんなに優しい婚約者様がいて」
「お互いおっとりしていて、お似合いですわ」
令嬢たちは遠巻きに羨ましがった。
しかし、エリオットをよく知る令息たちは違った。
「あいつ、またあんな間抜け面して……」
「何でもできて優秀だけど、キリア嬢が絡むとポンコツだよな」
「まあ、キリア嬢も楽しそうだからいいけど」
彼らを見守りながらコーヒーを飲む。
彼らも婚約者は大事にしている。ただ、あそこまでデレデレなところは見せなくない。
きっと、そんなことはキリアもお見通しなんだろうな、と視線を送っていた。
お読みいただきありがとうございます!
何度も申しますが、エリオットはデレデレな気持ちを隠しているつもりです。
温かく見守ってください。
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