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第5話


 シーナの誕生日パーティ。

 それはキリアにとって決戦の日。


 誕生日プレゼントは用意した。


 楽器の手入れは入念にした。バイオリンはピカピカに磨き上げてある。


 楽譜もしっかり持った。他人が見たらぐちゃぐちゃに文字が書かれたそれでも、キリアには中身が読めている。


 ドレスもマーナのコーディネートで、少し大人っぽく落ち着いた緑色をまとう。


 いざ、出陣。


「そんなに緊張しなくてもいいんじゃない?」


 ちょっと呆れた声をかけるのはエリオットだ。紺色のフォーマルスーツ姿は久しぶりに見る。


 キリアはガチガチに緊張していた。誰が見てもわかるくらい、肩が強張っている。


「そう言われましても……」


 言葉もなんだかぎこちない。


 エリオットは優しくキリアの手を取った。温かな手が、キリアの心まで包み込んでくれる。


「大丈夫。あんなに練習したんだよ。絶対に上手くいく」

「……はい!」


 エリオットの言葉に勇気をもらい、キリアは力強く頷いた。


「うん、力は抜こうね」


 エリオットは苦笑いして、彼女の手を引いた。彼のエスコートで、会場であるシーナの家へ馬車で向かう。


 シーナの家に着いた途端、キリアはまた緊張してしまった。

 カチンと凍ってしまったように、足がすくんでいる。エリオットの腕を掴む手も震えている。


「さあ、胸を張っていこう」


 エリオットの言葉に、キリアは深く息をつく。緊張に気を取られていては、いつもの演奏はできなくなってしまう。


(今は、シーナのために演奏することだけを考えよう)


 キリアは自分に言い聞かせる。今日はシーナのお祝いの日だ。楽しく行かなければ失礼になる。


 スッと顔を上げ、会場である中庭に入った。


 手入れの行き届いた庭は明るく、華やかだった。今日のために咲き誇っているかのような花たちが来場者を出迎える。


 シーナは彼らを見つけると駆け寄って来た。


「二人とも、来てくれてありがとう!」

「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます」


 エリオットは丁寧に頭を下げる。キリアもそれに合わせた。

 二人の挨拶にシーナは慌てる。


「いいのよ、そんなの! 逆に恥ずかしいわ」

「挨拶はきちんとしないとね」


 エリオットは小さく笑う。「律儀ね」とシーナは少しだけ唇を尖らせた。


「今日はよろしくね。楽しみにしているわ」


 シーナは楽しそうに笑い、キリアが持っているバイオリンに目を落とした。キリアはキュッとケースの取っ手を握りしめる。


「任せて」


 キリアは精一杯の笑顔を向けた。その顔は緊張に彩られていたが、シーナは指摘することなく、笑い返した。


 パーティが始まり、庭に点在するテーブルでは会話が弾む。大人同士は最近の国際情勢の話、子供たちの間では学校の話などが交わされた。


 エリオットとキリアも二人で子供たちの輪に入る。エリオットがいるためか、自然と男の子たちの方へと足が向いた。


 彼らの姿を見て声をかけてきたのは、エリオットの友人のジェイクだ。


「二人は一緒に来たんだ」

「そうだよ。婚約者だからね」


 事も何気にサラッと言ってのける。キリアは少し恥ずかしそうに俯いた。まだ婚約者という響きに照れがあるらしい。


 その初々しさがジェイクには眩しく映る。


「はいはい、ゴチソウサマ」


 ふと、キリアの手に黒いケースが握られていることに気付いた。


「それ、バイオリン?」

「はい。演奏を頼まれまして――」

「本日はお集まりいただきありがとうございます」


 キリアが答えようとした時、シーナの声が会場に響いた。


「友人のキリアが私のためにバイオリンを演奏してくださるとのことですので、皆様と楽しめればと思います」


 シーナは目で「よろしく」と合図をしてきた。キリアは頷いて、エリオットの腕から手を放す。


「行ってまいりますね」

「うん、いってらっしゃい」


 エリオットは笑顔で彼女を送り出す。


 キリアはバイオリンを用意すると、シーナに促された場所で観衆に頭を下げた。それから弓を構え、楽譜を見つめる。


 始まった演奏に観衆は聞き入った。


 突然、光の粒がキラキラと降り注ぐ。戸惑いの声が上がった。手を伸ばせば消えてしまうはかない光。


 風が吹いて光は空へ舞い上がった。


 続いて蝶の幻影がひらひらと現れた。光を放つ不思議な蝶。


 シーナは歓声を何とか飲み込んだ。声を出しては演奏に邪魔になってしまう。


 演奏の最後は庭に虹をかけた。


 最後の一音が余韻を残して消える。ぱらぱらとまばらだった拍手が、一気に歓声に変わる。


 キリアは笑顔でお辞儀をした。


「すごいわ! さすがキリア!」


 シーナは一際大きな拍手を送る。


「ありがとう! 素敵な誕生日になったわ」


 喜ぶシーナにキリアはホッとして笑顔を返した。


「今のはいったい……?」

「まさか、音魔法?」

「こんなことができるのか。信じられん」


 同席していた大人たちは音魔法だと気づいて驚愕きょうがくする。


 今まで無意味だと思っていた魔法が、素晴らしい景色を見せてくれた。


「我が家でも演奏してほしいくらいだ」


 大人たちは頷き合う。


 キリアは演奏だけでなく音魔法の使い手として有名になっていった。


 誕生日パーティに出席していたアイシャは歯を食いしばった。音魔法は彼女も使えるようになったが、こんなことは出来ない。


(なんで、あの子ばっかり……)


 キリアのような幻影を見せることはまだ彼女には出来ない。


(気に入らない)


 アイシャはキリアを睨みつけていた。

 胸の中のモヤモヤをキリアにぶつることでしか、今のアイシャは気持ちを解消できなかった。


お読みいただきありがとうございます!

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