第五話 職業斡旋掲示板を見て。
ギルドの職業斡旋掲示板の前で、俺はしばらくの間、貼りだされている紙とにらめっこをしていた。既にこの酒場に俺を追い込んだ連中は、立ち去るか、食事を注文したりなどそれぞれの動きを行っている。警戒が解けたことは嬉しかったが、途端に関心を薄れさせてしまうことは、この先の自分にとって良いことなのか悪いことなのか、それはわからなかった。
貼りだされた仕事の内容をよく吟味していると、ケビンに軽く説明されたこの街、コンラッドの状況が見えてきた。最も多いのは、街の外に出て人や食料を探してくるものだった。どうやら、街の外に出た人間は行方不明になっていることが多いようだ。名前と一緒に人相書きもあったりする。たいていは成人男性のものが多かった。とすれば、捜索依頼を出しているのは、その血縁者なのかもしれない。もう一つは、隊商などが輸送中の物資を途中で失ってしまったものだった。こちらは、個人名義ではなく商会と思しき団体から依頼が出ている。
「ルーシーさん、ちょっと……」
俺は呼びかけようとして、途中でやめた。彼女は厨房の中で忙しそうに料理の準備をしていた。酒場にはそれほど多くの人間はいなかったが、厨房にはルーシーしかいなかった。それなりの広さを持つこの酒場を一人で切り盛りしている、ということは考えにくそうだったが、少なくとも今は話しかけるのは向こうを困らせてしまうだろう。
適当な席に座ると、俺は自分の体を調べ始めた。死ぬ直前まで着ていた制服そのままで、ここに来ている俺のポケットをあちこちまさぐってみると、ハンカチと学生証が見つかった。学生証には校則等が記載されていたが、もはやここでは役には立つまい。あくまでも学校という場で有効なものだった。あとはもう、記念品として持っておくぐらいしか価値はないだろう。他にもなにかないか、と思って探したが、見つかったのはそれだけだった。財布やスマホも持っていない。……俺は若干肩を落としながら、再びボードに目をやった。
「ん?」
目の先には、俺よりも小さな背丈の女の子がいた。手に紙を持ち、掲示板の端から端までを眺めながら行ったり来たりしている。
「ねえ、君。どうしたの?」
俺はなんとなしに話しかけた。
「んひゃ!? え、あ、私ですか」
女の子は少しばかり飛び上がりながら、こちらを振り向いた。警戒した表情でこちらを見てくる。……先ほど多くの人からの警戒をやっと解いたというのに、またこの目つきで見られるのには正直辟易とした。おそらく自分の着ている服のせいだろう。お金を作ったら、まずは衣服を購入することにしよう、と思った。
「うん、こんにちは。あ、急に話しかけてごめんね。俺はこの街に来たばかりの冒険者なんだ。ハァトっていうんだ。君も何か良い仕事を探していたの?」
俺はできるだけ丁寧に話しかけた。小さな女の子に警戒されるのは、どうも居心地が悪い。幸い目の前の子は、こちらに近づいてきてくれた。
「こんにちは。……ううん、仕事を探しているんじゃなくて、ここに仕事を貼りだしにきたの。でも、全然空いているところが無くて」
「……空いているところ?」
俺はもう一度ボードを眺めた。確かに、端から端まで、隙間なく紙が貼られている。もう少し具体的に言えば、貼りだされた紙は、上側に釘を打ち付けて留めてあり、息を吹きかければひらひらとたなびくような状態だ。
「ちょっと釘を抜いて、他の人の依頼の紙を横にずらせばいいんじゃないか? そうしたら、君の分を貼りだせる余裕ができなくはないだろ? まあ、ちょっと他の人の奴に被っちゃうかもしれないけどさ」
「だめだよ、そんなこと!」
女の子は慌てたように言った。その様子が少し面白くて、俺は思わずふふ、と笑ってしまった。どうやらこの子は真面目な子のようだ。自分の依頼の紙を貼りだすことで、先に依頼を出していた人のものが、若干とはいえ見えにくくなってしまうことを良しとしないタイプなのだろう。育ちの良さが伺える。ご両親はきっとそのあたりの教育をきちんと実施したか、あるいはこの子が持って生まれた……。
俺が色々と考えを巡らせていた時、少女の次の発言で、思考が中断された。
「ルーシー以外がここの紙をとるってことは、お仕事を引き受けたことになっちゃうんだから!」
「え?」
俺は聞き返した。そして、掲示板いっぱいに貼りだされ、隙間も一切ない依頼の紙たちを見た。それから、広々とした酒場にいる、俺と、目の前の女の子と、そして厨房で働いているルーシー以外の人間に目を向けた。
老人しかいなかった。それも、杖をついているものばかりだった。広々とした酒場だと思っていた場所が、急にがらんとして寒々とした場所に思えてきた。
俺は無言で立ち上がると、厨房前のカウンターまで歩いていった。ルーシーはちょうど鍋の火加減を見ている。
「ルーシー……あそこに貼りだされている依頼の紙だけど」
俺は丁寧語を忘れていた。
「なぁに。何かやりたいものでも見つかったかしら?」
ルーシーはこちらを振り返らずに、言葉を返した。
「何で誰も依頼をやっていないんだ。この街には冒険者はいないのか?」
火加減を見ていたルーシーの肩がぴくん、とはねたように見えた。そうしてから彼女は鍋を持ち上げると、火から離して調理を続けた。俺はカウンターに寄りかかりながら、その作業が終わるのを待った。やがて、ルーシーは出来上がったスープをテーブルで待っている老人のところに持って行った。そうしてこちらに戻ってくると、俺と同じくカウンターに寄りかかりながら、口を開いた。
「もう誰も、あそこに貼りだされた仕事をやろうとしないのよ」
小さな声だった。その声はやるせなさを感じさせた。
「どうして?」
「みんなわかっているの。街の外で、行方が分からなくなった人が、どうなっているのか」
「……それは、探しても見つからないってわかっている、ということか?」
ルーシーは静かに頷くと、続けた。
「少し前までは、探しに行く冒険者もいたのよ。でも、探しに行った人たちは戻ってこず、そしてその人を探す依頼が増えるだけ。そのうち、誰もやらなくなった。……でもね、私、そういうの、よくないって思うんだ」
視線を落としながら、ルーシーは視線を床に落とした。
「……」
俺は黙ってしまった。ルーシーの考えはなんとなくわかる。しかし、同時に、その依頼を受けるも受けないもまた、仕事をする側の自由だろう。だから強制する力は彼女にはない。……そこまで考えて、俺はルーシーが、俺に貼りだされた依頼を見るようにと示唆していたことを思い出した。
「危ない仕事だとわかって、俺にあの掲示板を見るように言ったのかよ」
「む。それはそれ。ちゃんとここのギルドの仕組みを説明することは、私の仕事だもの。でも、あんたが私のところに依頼書を持ってきたら、私の持っている情報はちゃんと、包み隠さず話すつもりだったよ」
俺はふーっ、とため息をついた。……それなら……まあいい。気持ちを落ち着けると、ルーシーから離れて再び依頼の紙が貼りだされた掲示板の前に戻ってくる。先ほど会話した、紙を手に持った少女は、まだそこにいた。
「戻ってきたよ。えっと、君、名前はなんだったっけ」
「……ジェリだよ」
「ジェリちゃんか。……どんな依頼を貼りにきたの?」
「! お兄さん、やってくれるの?」
「いや、それはまだわからない。内容も聞いていないしね。とりあえず、ぞれ、見せてみて」
俺は掲示板に背を向けながら、近くのテーブルに座った。ジェリは素直の俺の隣に座ると、握りしめて若干皺ができた紙を差し出した。
次回も来週月曜日更新します!




