第六話 少女の願い。
かわいらしい文字で書かれた依頼内容だった。女神エステルのくるくる文字を思いだす。しかし、その内容は、悲しい気持ちになるものだった。
ジェリの手に持っていた依頼は、オトムという男性を探して欲しいというものだった。人相書きは無かったが、街を出たときの服装の特徴や、顔の印象、背格好などの情報が書いてあった。
「このオトムという男の人は、ジェリちゃんとはどういう関係なんだい」
「お父さんなの」
俺はため息をついた。予想はしていた。そして、俺はさらに言葉をつづけた。
「いなくなってから、どれくらいの時間がたっているのかな」
「……一か月だよ……」
少女は消え入りそうな声で返答した。
ルーシーの言っていたことが思い出される。街の外での失踪者は、誰一人戻ってきていないと。俺は、依頼書と少女の顔をゆっくりと、交互に見た。
「ジェリちゃんのお母さんは、どうしているの?」
「なんにも。でも、時々泣いている」
その時、俺は依頼書に書いてある、依頼主の名前がジェリ、と記載されていることに気が付いた。
「お母さんの名前は?」
「え? カーツヤだよ」
「そうか……。じゃあ、この依頼書はお母さんに言われて持ってきたものじゃなくて、ジェリちゃんが自分で書いて持ってきたものなんだね」
「うん。何か足りていないところ、あったりした?」
少女は不安そうに、俺の手元の紙を覗き込んだ。その質問については、俺は答えられない。ここのギルドの手続きに詳しいのは……。
「あら、ジェリ。いらっしゃい」
「ルーシー!」
気が付けば、ルーシーが俺たちの座っているテーブルの傍まで来ていた。元気に声を上げるジェリに微笑んでから、ルーシーは俺が持っている依頼書に目を向けた。そして、ため息をついた。
「ジェリ、ここの依頼はね。大人に書いてもらわなきゃダメなのよ。あなたの名前じゃダメなの」
「え……」
「お母さんに書いてもらってきなさい」
「でも、お母さんは……書いてくれないの」
それを聞いて、ルーシーは言葉に詰まった。俺も、ジェリの母親が何を考えているのか、想像がついた。依頼を出しても、無駄だと判断しているのだろう。しかし、それを娘に伝えられるほどの精神状態でもないのだ。だから、ジェリはここに来た。いや、来てしまったのだ。そして、母親が伝えられていないことを、それに代わって自分がいうべきかどうか、葛藤しているのが俺の目にはありありと映った。
「ジェリちゃん」
俺は自然と口を開いていた。二人の視線が俺に集まる。
「ここの掲示板に貼られている依頼、みんなやろうとしないんだって。なんでだかわかる?」
「ちょっと、あんた」
ルーシーの凄んだ声が聞こえてきた。しかし、俺は無視した。
「わからない……」
ジェリは素直に答えた。クイズを解くような気持ちではないのが表情から伝わってくる。
「みんな外に出るのが怖いんだよ。外に行った人たちは、みんな戻ってこれていない。だから、自分も戻ってこれないんじゃないかって、思っているんだ」
ジェリの呼吸が浅く、途切れ途切れになった。ルーシーは凄まじい形相でこちらを睨んできている。しかし、俺はそれでも無視を決め込んだ。
「ジェリちゃんは、誰かにそんな怖いところに行って貰おうとしているんだよ。でも、君だとお金は払えないよね。お母さんじゃないと、払えないよね。だったら、ここの依頼書の名前は、ジェリちゃんが書いたものだとだめだよ」
俺の言葉を、ジェリは肩を震わせながら静かに聞いていた。ルーシーは俺を睨むのをやめてくれたようだった。その代わり、ジェリを静かに抱きしめた。
「わ、たし……」
震える声で、ジェリが言葉を紡ぐ。
「お父さんを連れ帰りたいの。そうしたら、お母さんも泣き止むと思うから……」
ルーシーは無言でジェリの背をさすった。しかし、俺はジェリの言葉の続きを待った。
「……だから、私、自分で探す」
ルーシーの手が止まった。
「何言ってるの。あんたみたいな子供に、そんな危険なことさせるわけにはいかないわ」
ルーシーが怒気を含んだ声色で言い放ちながら、ジェリを強く抱きしめるのを、俺はただただ見ていた。
「だって……だって……」
「ほら、お母さんのところに帰るわよ。さあ、いらっしゃい」
「おい、待てよ。まだ話そうとしているじゃないか。最後まで聞けよ」
ジェリが嗚咽とともに言葉を発するのを聞いて、ルーシーは彼女の手を引いて歩きだそうとしたので、俺はさらに声をかけて抑制した。
「は? あんた何言ってんのよ」
「まだ何か言いたいことがあるかもしれないだろ」
「あんたねぇ……」
再びこちらを目線で殺そうとするような顔つきになりながら、ルーシーは拳を握っていた。それがぷるぷると震えつつも、俺の方に向かってこなかったのは、今この場にジェリがいるからかもしれない。
「ジェリちゃん。どうして、自分で探そうと思ったんだ。君は小さな女の子じゃないか。君だって、怖いはずだろ?」
俺は静かに聞いた。ルーシーの拳に青筋が走っているのが見えて、背筋が凍りそうになったが、声が震えて聞こえにくくならないように、慎重に発声を心掛けた。
「私……お母さんを助けてあげたいの。お母さんはお父さんがとっても好きなの。でも、私を悲しませたくないから、私に隠れて泣いているの。それをどうにかするには、お父さんを連れ帰るしかないの」
「だから……頑張る」
ルーシーが息を深く吸った。しかし、彼女が何かを言う前に、俺の方が先に口を開いた。
「わかった。なら、俺が代わりに探してきてあげる。ジェリちゃんは、この街で待っていてくれ」
ジェリは目を丸くして、俺を見た。しかし、今度はルーシーが、ジェリが口を開く前に言葉を紡いだ。
「あんた、この仕事、ギルドが正式に受領したものじゃないのよ。それがどういうことか、わかっているの?」
「いや、わからない」
「報酬が保証されていないってこと。そもそも、依頼人がこんな子供で、ギルドの規則に反している以上、私が間に入ることはできない。となると、冒険者は依頼人から直接報酬をもらうことになる。でも、依頼者はどうみたって金銭を支払えるような者ではない。ギルドが間に入るなら、ある程度こちらが報酬を保証することもできるけれど……」
「ジェリのお母さんは、依頼を出す気はないんだろ。だったら、この件がルーシーのところに正式なものとして来ることはないじゃないか。なら、あとは、俺が納得できるかどうかに、焦点があてられるだけだ」
「そうだけど……あんた、それでいいの? ……」
ルーシーはわざと口をつぐんだように見えた。続く言葉を飲み込んだようだった。しかし、大方の予想はつく。この件は、もはや、少女のお使いレベルのものになってしまった。ギルドからの正式な依頼を実施する冒険者としてではなく、単なるただ働きだ。そんなことに、危険な街の外に出るというリスクを冒すのか、と目で訴えかけてきた。
「ああ」
俺は短く答えた。心の中で、恐怖が無かったとは言わない。だけれど、この少女が何を願い、そしてどう行動しようとしたか。それを見ていて、少なくとも成功云々よりも、ただただ、この少女に付き合ってあげたい、という想いが沸き上がっていた。俺が怖いと思うのだから、ジェリも当然怖がっているはずだ。しかし、彼女は己の恐怖以上に、看過できない問題がある。そして、それに相対することを選んだのだ。
俺にとっては、それだけで十分だった。自分に力があろうとなかろうと、看過できない問題に、消え入りそうな気力を振り絞る。そうして走り出した誰かのことを、俺は思い出していた。
次回も月曜日更新です!




