第四話 異世界で新生。これで俺の冒険が始まる……はず?
「すまない。これは……どういった能力なのだろうか?」
警備員の男改め、ケビンは、丁寧に俺に質問をしてきた。表情を見ていると、先ほど俺を手荒に扱った負い目があるようで、ずっと申し訳なさそうに眉尻を下げている。俺は扱いについてよりも、驚きの連続によりそちらの印象が勝っていたので、あまり気にしていないのだが、特に気遣ってやるほどの気持ちは湧いてこなかった。放置していてもいいだろう。申し訳なさを感じているなら、もうとやかく言うことはない。
「あー……。この能力は、コミュ力というんです」
「こみゅりょく……? ふうむ……。この最後の見慣れない記号は? 何かの魔法の文字かい?」
ケビンは怪しい発音で俺の言葉を繰り返した。そういいながら、彼は文字列の最後の♡を指さしながら、俺に質問を重ねてくる。ケビンの質問で、俺は女神エステルの、笑顔を思い出した。
エステルもケビンと同じように、怪しげな発音をしていた。そして、どうにもコミュ力についてわかっていないような、そんな様子だった。しかし……。彼女はわからないなりに、俺に合わせてくれていたように思える。最後の♡は、おそらく彼女の茶目っ気なのだろう。俺にスキルがあろうがなかろうが、そこのところは嬉しかった。
「その記号は……女神の加護の印ですよ」
「ふうん……」
俺がケビンにそう答えると、横からルーシーが怪訝な声を上げながら割り込んできた。
「女神の加護っていう割には、魔法耐性もないようだし、幸運の数値も一般的よ? 本当にそうなのかしら」
眉根を寄せながら、俺の能力が書かれた紙を見つめつつルーシーは呟く。おいやめろ。そんなこと聞いたら、なんだか悲しくなってくるじゃないか。女神に出会って、スキルをもらって、見知らぬ土地に飛ばされて、何か面白いことが始まるのかなと、ちょっと期待していたのに、肝心の俺が何も持たないただの凡人となれば、気持ちが落ち込むだろうに。
「あー……その紙には表れない何かが、ある……なんてことは?」
「隠しステータスってこと? うーん……。今まで見たことないからね。ま、あまり気にしても仕方ないか。えーっと、貴方名前なんだったかしら。とりあえずここに記入してよ」
ルーシーはあまり興味のない風に言ったあと、紙の一番上を指さしながら、俺に光る羽ペンを押し付けてきた。羽ペンはぼんやりとした光を放ち、手に持つとまるで重さを感じさせないぐらいに軽い。しかし、ルーシーは何故か俺に、早く名前を記入させたいようだった。何故だ?
「あー……名前か。どうせなら新しい名前にしようかな」
俺はわざと名前を書くのを悩むふりをした。
「どうでもいいけど早くしてよ」
「……少しぐらい悩ませてくれても」
「じゃああたしが勝手に適当に名前を付けてあげるわ」
「いえ、今書きますから」
俺は紙を見つめて、名前を記入するのであろう枠組みに注視した。俺の本名は羽畑和人。しかし、どうもこの世界らしからぬ名前だ。そして、女神エステルの使いに対しての周囲の人々の偏見もある。俺がこのまま元の名前を使うということは、この世界の生まれではないことを喧伝してしまうようなものだった。それならば、いっそこの世界で生きていくための名前を、新しくつけるのも良いかもしれない。
「あの、ルーシーさん。俺、新しく名前を自分でつけたいのですが」
「そうなの? いいんじゃない? でも、この書類って公文書でもあるから、一度つけた名前はもう変えられないから、そのつもりでね」
「なるほど。そうですね……前の名前は、羽畑和人、ですが、それだとあまりにもここには馴染まない感じなのが気になって」
「はばたかずと、そう、そうだったわね。うーん……。確かに長ったらしいわ。もう少し短く……そうだ。発音の雰囲気を一部残して、ばぁか、とかはどう?」
「いえ、それだけは勘弁してください」
ルーシーの表情は、心底良い名前を思いついた、というような屈託のない笑顔だった。おそらく言葉の意味は考えていないのだろう。しかし、その発音は俺にとっては苦しいものだ。これからずっとそう呼ばれ続けて生きていくのは無理そうだ。
「では、はぁと、はどうだろうか。最初と最後の発音をつなげただけのものだが」
横で話を聞いていたケビンが提案してきた。はぁと……ハァト……ハートか……。
俺は手に持った紙に記載されているスキル欄の文字をもう一度みた。
スキル:こみゅりょく♡
自然と微笑みが浮かぶ。エステルは、俺を応援してくれていたことは間違いない。そして、最後に書かれた記号を見ていると、不思議と心の中に暖かいものが湧いてくるような気がした。
「ハァトは気に入りました。それにします」
「えー。ばぁかの方がよくない? なんか親しみが持てる気がするんだけど」
口をとがらせているルーシーを尻目に、俺は素早く羽ペンを走らせた。
そうして新たな名前が紙に記載された時、紙からパチパチと火花が散った。同時に俺の体も白い光に包み込まれる。驚いていると、ルーシーが俺の手から紙を取り上げて内容を確認した。
「うん、うん。冒険者ハァト、ね。ちゃんと登録されているわ。この書類は大事なものなの。複製はこで保管して、あなたには原本を返すわ。身分証としても使用されているから、きちんと保管してね。そして……」
ルーシーはそこまで説明して、やっと本題に入れるといったように、息をつくとにっこりと笑った。
「これであなたは、うちのギルドで登録した冒険者になるわけだけど、登録料やテーブルで寝そべった分のお代をいただかなくちゃならないわね」
「え、登録とかは無料じゃないのですか」
「そんなわけないでしょう。こうやってあなたに説明したり、登録薬を調合したり、うちのテーブルに寝かせたあと、そこをまた掃除するのも、全部費用がかかっているんだから。ちなみに、こういった費用を踏み倒すと犯罪者になるから。またケビンとやりあうのなら今度は助けてあげないからね」
ルーシーはニヤリと笑みを浮かべた。この笑みは先ほどの屈託のないものとは違い、計算高さが垣間見えるものだった。俺は咄嗟にケビンの方を見たが、彼は苦笑するように眉尻を下げている。
「わかりました。踏み倒す気はありませんが……しかし、僕はこちらのお金を持っていないのです。どうすれば良いでしょうか。皿洗いでもしますか?」
ルーシーはにこにことしながら、壁に掛けられたボードを指さした。もうその笑顔を、初めの頃と同じ気持ちで見ることはできくなっていた。俺は世知辛さを感じつつも立ち上がると、そのボードに近づく。そこには様々な内容の依頼が書かれた紙が貼ってあった。どうやら、この街で冒険者に依頼したい人が出す、求人広告のようなものらしい。しかし、内容を見ているとほとんどが街の外から物資を調達することを依頼するようなものだった。
「これは……ほとんどこの街の中には仕事がないってことなんでしょうか」
「んー、ないわけじゃないけれど、初心者にはおすすめしないかもね。ここに貼りだされている仕事は、こうしてケビンのような警備担当者の目につくものでもある。つまり、比較的真っ当なものばかり。報酬がきちんと支払われるのかとか、何かあったときにギルドが保護してくれるとかね。ここに現れない仕事は、賃金が極端に低いか……非合法なものってことになるわ」
俺がその言葉を聞いて眉をひそめていると、ケビンが口をはさんできた。
「ルーシー、聞き捨てならないが、このコンラッドでそういった仕事に詳しいのか?」
「あくまで一般論を言っただけよ、ケビン。ここじゃなくても、どこの街でも、ギルドを通さない仕事なんて子供のお使いか、そうじゃなかったら碌なものじゃないってことを、この新人さんに教えてあげているだけ」
二人が話し合いを始めた横で、俺はじっくりとボードの内容を見ることにした。細かく見れば、俺でもできそうなものがあるかもしれない。正直、俺はスキル欄にはそれっぽいものがあるが、実際にこの、こみゅりょく♡とやらで何ができるのかはわかっていない。だったらまずは、スキル適正云々を考えることよりも、この世界に存在している情報、今は目の前にある依頼たちについて、時間をかけて検討してみることから始めてみよう、と思った。
次回も来週月曜日に更新します!




