第三話 正体が明け。見られ方は変わり。
「助かりました。ありがとうございます、ルーシーさん」
俺は建物に入りながら、とりあえずそれだけを言った。
建物の中は、薄暗く、天井から吊り下げられたランプに蝋燭が入っていて、喫茶店のような薄暗い雰囲気だった。木でできた長テーブルと長椅子が並べられている。
「店の前で騒がれたら気分が悪いからね。それに、まだ助かってはいないみたいよ」
ルーシーはそう言うと、俺の後ろの方に顎をしゃくって見せた。振り返ると、先ほど俺に大きな声を投げかけてきた槍持つ警備員の男を筆頭に、ぞろぞろと何人かがついてきていた。
「とりあえずここなら座ってお話ができるでしょ」
俺が顔を顰めていると、ルーシーはそんなことを言いながら、一人で歩いていく。その先は厨房だった。それを見て、俺はこの場所が食堂か酒場だったのかと理解した。
ルーシーはガチャガチャと音を立てながら食器を用意したり、何かしらの作業に没頭し始めて、こちらの方を見向きもしなくなったので、俺は適当に腰を掛けた。すると、警備員の男が対面にドカッと、乱暴に着席した。俺の背後にも少しだけ遠巻きにずらりと人々が並ぶ。ほとんどさっきと変わらない状況になった。唯一変わっているとすれば、俺が椅子についているぐらいだ。まあ、それでもさっきよりはマシかもしれない。
「何でそんなに大声を出すのですか」
俺は気になったことを聞いてみた。この町の風習だったらどうしよう、と考えたが、そのような雰囲気ではなかったように思える。
「お前……この町……コンラッドの状況を知らないのか」
「ええ、そうなんです。実は先ほどついたばかりでして。右も左もわからない状況でして」
「この町はな、今誰も入れていないんだ。城壁には見張りをつけ、通行も制限し、物資のやり取りも厳格に管理している。よそ者なんかが入る隙などない」
警備員の男は鋭い目つきで説明した。俺はようやく合点がいった。俺は降って湧いたように現れた不審者だったというわけだ。そして俺がいくら何を言ったとしても、状況的に不信感が覆ることはなかったのだ。周囲の目が俺を睨んでいる。俺は乾いた笑いが出そうになるのを堪えながら口を開いた。
「……なるほど、よくわかりました。では、僕がどうしてあの干草の荷車の中にいたか、お話しましょう」
その言葉を聞いて、警備員の男が身じろぎをした。やっと知りたかったことが聞ける、というような表情をしていた。
「実は僕は、女神エステルによってこの世界に連れてきてもらったのです。ただ、気が付いたらあの場所にいたため、詳しいことはよくわかりません。すみませんね」
「エステルだと?」
再び、警備員の男は身じろぎした。しかし、今度はそれだけではなかった。
再び怒号が沸き起こった。周囲の人たちが俺に掴みかかってきた。無理やりテーブルの上に仰向けに寝かされて、全身を複数人に押さえつけられた。
「ちょっと、テーブルの上に寝かせないでよ!」
ルーシーの慌てたような声も聞こえたが、誰一人取り合う者はいなかった。
押し付けられた背中は痛み、後頭部も打ち付けてじんじんと熱を持った。頭上に吊るされたランプがぼんやりとした灯りを周囲に投げかけ、怒った表情で俺をのぞき込んでいる人々の顔がよく見えた。
「女神エステルは、もしかして、皆さんの間ではあまり人気のない女神なのでしょうか」
この予想だけは外れてほしい、と願いながら、俺はなんとか口を開いた。周りの人たちの興奮具合が伝わってきた。押さえつけられるだけでなかなかのストレスだったが、まだ死んではいない。その事実だけで、自分を保ちながら、皆の気をそらそうとしていた。
「違うのよ」
いつの間にかルーシーがそばに来ていた。唯一話ができそうな人物でありがたかったが、といっても先ほど彼女の意向は無視されていた。この場の主導権を、彼女が完全に握っているわけではない。ただ、彼女が口を開いたことで、俺を押さえている人は黙ったため、もう少し情報を集めることができる猶予が生まれたようだった。ルーシーと会話をする風を装って、あくまでも俺を押さえつけている人達全員に向けて、話をする必要があるようだ。
「私たち、コンラッドの町が封鎖状態になっているのは、街の外に魔物が増えてきてしまっているから。そして、その魔物が増えた原因というのは、100年前に、女神エステルによってこの地に来たという者が、魔物を強化したからなの」
「なっ……でも僕は関係ないですよね? まだここに来て何もしていませんし。その人とは切り離して考えてほしいんですけれど」
「お前、女神から何か力を授かったんじゃないか? 前の奴は、何か得体のしれない魔法を使っていた」
警備員の男が話に割り込んできた。なるほど、俺が女神の力で暴れて、自分たちに害を為すことを危惧しているというわけか。しかも前例がいるとくれば、この対応もわからないではない。わからないではないが、こうして扱われる身にもなってほしい……というのは難しいのだろう。
俺は自然とため息をついていた。その行動にすら、彼らは体をびくっと震わせて反応した。少々うんざりしながら、俺は口を開いた。
「もし僕が凄まじい魔法を使える力を授かっていたら、こうして押さえつけられていたことに気分を害して、魔法を使って大暴れするかもしれない、なんてことは思わなかったのですか」
「魔法を扱ってくる奴の対処法は、何かしようとした時に、それより早く殺すことだ。誰かが犠牲になってでもな」
「すみません冗談です。そんな力は授かっていません」
警備員の男が何か行動を起こす前に、俺は早口でかぶせるように言った。彼の職務に対しての覚悟は本物だ。下手に刺激して行動されたらまずいのは、俺の方なのだ。
「くく」
またしてもルーシーの声だった。どうやら面白がっているらしい。俺は戸惑ったが、それは警備員の男にとっても意外なことだったようだ。
「なんだ、ルーシー。何か言いたいことがあるのか」
「そいつがどんな女神の力を授かっているか、調べる方法があるじゃない。冒険者ギルドに登録させればいいんだから。能力もステータスも、登録すればまるわかりでしょ。発言が信じられなくても、やり方はあるわ」
そんな方法があるなら願ったりかなったりだ、と俺は思った。エステルとの最後のやりとりが思い起こされる。何か俺にスキルを授けたようだったが、エステルの様子を見ていると本当に有効だったのか、一抹の不安が拭いきれなかった。それを俺自身も、確かめてみたい。
周囲の人々はルーシーの提案に納得したようだった。すぐにルーシーはコップに入った何かを持ってきた。透明で湯気が立っている液体が入っている。しかし、お湯ではなく、粘り気のあるものだ。
「これ飲んで。そうしたら、この紙に手を置いて」
俺は素直にルーシーに従った。渡された飲み物は熱かったが、ふうふうと息を吹きかけて冷ましながら、少しずつ飲んだ。どろりとしたものが、喉奥から食道を伝って胃に落ちていくのがわかる。俺が飲み干したのを見ると、ルーシーは呟いた。
「変な呪いや、防御の魔法はかかっていないみたいね。もしそんなものがあったら、これを飲んだ時に大大変なことになっていたわ」
「大変なことって?」
「体中の孔から血がでて、痛みでのたうちまわるの。登録内容を魔法でごまかす者がでてこないようにね」
……。
なんの説明もなくそのようなものを飲ませてくるルーシーに寒気を覚えたが、細かなことは考えないように頭の隅に押しやった。
そうして紙に手を置くと、光の文字が浮き上がっていく。エステルも似たようなことをしていたことを思い出した。今はまた、あの浜辺でのんびりと余暇を楽しんでいるのだろうか。
「ええと、ふむふむ。身体能力関連のステータスは……まあ普通ね。でも冒険者としての前衛向きではないか。そして魔力は……あはははっ」
紙を眺めていたルーシーは突然笑い出した。俺はその笑いに不快感を感じた。どう考えても、この笑いのタイミングは自分にとって不名誉なものだと予想がついたからだ。
「ねえ、ケビン。心配しなくていいみたいよ。今見てみてみたら、この人、魔力ゼロだったわ。ついでに他のステータスもこれと言って戦闘向きではないし、そんなに怖がらなくて良いみたい」
警備員改め、ケビンはそれを聞くと、ほっとした表情を隠さずに、紙を覗き込んだ。そしてルーシーの言った項目を確認すると、嬉しそうに俺の肩を叩いた。
「よかったな、君! いやあ手荒に扱ってすまなかった。魔力ゼロで安心したよ。ついでに、戦闘能力もなくてよかった!」
「……そうですか」
何か腑に落ちないが、我慢することにした。別に魔力も戦闘能力も求めていなかったが、能力が無いことを喜ばれても、変な気持ちになるだけだった。
「……ん、ちょっと待った。これは、なんだ?」
ケビンは紙の一番下の文字を見ていた。そこには、謎の文字が並んでいて最後に♡と書いてある。文字は俺の知っているものではなかった。というか、この紙に書いてあるすべての文字が、俺の知らない文字だった。しかし、なぜか眺めていると、文字がうねうねと動き、紙に書いてあるすべての文字が日本語に変換されていた。他の人がそれに反応を示さないことから、どうやらこれは俺にだけ見えているものらしい。そして、もう一度ケビンが注視していた部分をみると、そこには、俺のよく知る印象的なかわいらしいくるくる文字が並んでいた。
次回も月曜更新です!




