第二十五話 変わらないもの④
ハァトが我に言った言葉が思い出される。
今目の前にいるハァトではなく、最初に出会った、既にスキルを覚醒した時のハァトだ。
好きなだけやってみろ。
我がハァトに対し、奴が使用したスキルをかいくぐる方法を探す、と言った時に放たれた言葉だった。
恐らく、最初のハァトはこのことを予測していたのだろう。スキルが覚醒していようが、していなかろうが、どのタイミングの自分であっても我に対して同じ基準で量ることを。
「……なるほど……。印象で変わるものと……そうでないものがある……そういうことか……」
「……?」
我の呟きに、ハァトは怪訝な顔をした。我の納得は、今目の前にいるハァトには分からないだろう。オートセーブ・クイックロード、コンティニュー・グラインド、この二つの知識を知りえないハァトには、我が最初に出会ったハァトについて思い出していることなど想像もできまい。
「よくわからないけれど、ダトヒさんは本当の目的を俺に教えてくれることはないのかな。街に入るのは明らかに手段だろう。その先に、何があるのか」
「人恋しいから……人々の生活を身近に感じたい……ということで納得してくれないか……」
「それは無理だ。俺と一緒にいて、人恋しさをダトヒさんから感じなかったからね。ダトヒさんが口下手だから、俺に伝わっていないんじゃない。そもそも望んでいないから、俺に伝わっていないんだ」
ハァトの言うことは事実であった。長らく人に出会っていない者であれば、ハァトに出会った際の反応としてはもっと違ったものになるのだろう。その微弱な違いは、我は認識することが出来なかった。
では、今回のハァトを攻略することは諦めて、もう一度やり直せばどうだろうか。再度オートセーブ・クイックロードを使い、また我に出会ったばかりのハァトに対して、大仰な反応をすれば反応は変わるだろうか。
「ハァトよ……我に……何かしらの違和感を感じたのはどの瞬間だ……?」
我は静かな口調で問いかけた。もう一度、スキルを発動する前に、それが聞き出せるのであれば聞いておこうと思った。
「全体的に、かな。特にどこがってわけでもなく、話していてそう感じたんだ」
「……そうか……。それは恐らく……我が我であるが故に……お前に感じ取られてしまう違和感なのだろうな……」
しかし、それならばそれでやりようはある。
我は我であることはやめられない。そしてそうであるが故に、ハァトはそれを感じ取ってしまう。敵対すればいずれスキルの覚醒まで到達してしまうだろう。ハァトにスキルを覚醒されてしまえば、我はそれによって道を阻まれてしまう。そしてスキル覚醒前にはエステルがしっかりとハァトの命を守っているし、覚醒してしまえばそのスキルによって我からの干渉は全て遮断されてしまう。
ただ、分かったことがある。
ハァトは、信頼というものに重きを置いている。そして、人探しに街を出てきたと言っていた。そこから推測するに、この人物は人助けをすることにそこまで抵抗が無い人物なのではないか。
「……ハァトよ……」
「……? なんですか?」
「我は我のまま……お前をどうにかすることは……不可能だと悟った……。ただ……我には別の目的がある……」
「……」
我の語り口に、ハァトは戸惑いを隠せない表情で、沈黙で答えた。しかし、我はそれでも構わなかった。
「それをそのまま伝えるのは……お前の怒りを買ってしまうだろう……我はそれは既によく知っている」
「何……?」
我が話しているのは、目の前のハァトにではなかった。一番最初に出会った、我と敵対し、スキルの覚醒まで辿り着いたハァトに話しかけているつもりだった。
「……我が我であるように……お前はお前だ……。それは変わらないもの……。だが……我はお前の想定を超えることができる」
「一体……?」
「さらばだ……もう二度と会うことはあるまい……」
我は再び、スキルを発動した。
今度は自信があった。思えば、三度目に出会ったハァトとのやり取りは、我に対して随分と情報をもたらしてくれたような気がする。四度目に出会うハァトは、我のことを最早認識することは無いだろう。
そして降り立ったのは、霧にまみれた街道の上。
もうすぐ、大声を上げながら霧を突っ切ろうとするハァトの声が聞こえるはずだ。そして街に戻ることを諦めて、こちらを振り返るだろう。そうなる前に、我はするべきことを済ませる。あとは任せればよい。
我は目を閉じると、街道に身を伏せた。そして、また別のスキルを発動した。
「うあああああああ!」
予想していた声が響き渡る。そして地を蹴る音、立ち止まる音が続いた。
「えっ!?」
先ほど大声を上げていた聞きなれた声が、驚愕を示した。全て、我の予想通りだった。
「どうしたんですか!? 大丈夫ですか!?」
駆け寄ってきた人物。それは紛れもなくハァトだった。四度目に出会った彼は、心配そうにこちらの傍に身を屈めると、倒れ伏した我を抱き起そうとした。
我の体重は軽くなっていた。そして、身に着けているものも、ごく普通の旅装束にしていた。何より、目や鼻もあるごく普通の男性の顔になっていた。そうして抱き起されながら、我は小さく、「う……水を……」と呟いた。
ハァトは一瞬だけ迷った様子だった。しかし、すぐに我を背中に担ぐと、来た道を引き返し始めた。道に我の脚が引きずられていく。そのことを気にしながら、ハァトは霧の中を歩んでいく。
会話をせずに、コンラッドの街まで運ばせる。
これが、我が考えた手段であった。
排除しようとしても、エステルが目を光らせている。敵対しても、スキルが覚醒してしまう。仲間になろうとしても、信頼されることが無い。それを知った時、我が思いついたのはハァトとの接触をできるだけ無くす、ということだった。我が我であることを、どの瞬間のハァトも気づき、そしてそこに何かしら懐疑的な考えを持ってしまうのであれば、そもそも知らせる材料を与えてしまわないようにすれば良い。そしてもう一つ、ハァトが相手の中にある、変わらないものを見定めようとするのなら、我もハァトに対して同じようにしてやれば良い。試行回数、収集した情報量。これらにおいては、我はハァトよりも確実に上なのだ。
そして、その目論見ははまった。
道すがら倒れている同胞を前にして、自分の探索を追求することを、ハァトは選ぶことは無い。それができるのは、ハァトではなく、我のような人物だ。
背負われながら進んでいくなかで、我は静かに状況が変わるのを待っていた。
しかし……我の目論見は甘かった。
ハァトが歩めども歩めども、霧が晴れることは無かった。
「おかしい……もう30分ぐらいは歩いているはずなのに。全然コンラッドの街に戻れそうにない」
ハァトの呟きが、我の耳に届く。そして、ついにハァトは立ち止まると、我を地面に一旦寝かせた。
「すみません……少しだけ待ってください……」
我に聞こえているのかどうかはさておいて、ハァトはそう言いながら辺りを見回していた。ハァトの目線が我から外れた時に、少しだけ首を傾げて辺りを見た時、街道の先で緑色の樹木の壁が見えた。その距離は、我がハァトと最初に出会った時に見えていた距離と変わっていなかった。つまり、この霧の中での歩みは、全くの無駄になっているというわけだ。
「……うーむ……」
ハァトは地面に座りこむと、なにやら考え始めた。我の見立てでは、このまま街道に倒れた我を放っておくような人物ではないはずだ。しかし、ハァトがどのようなつもりであっても、この霧は今のハァトにはどうしようもない。こやつの『道を作る』スキルでもなければ……。
その時、我は気づいた。エステルの作った仕組みに。
エステルの奴は……ハァトのスキル覚醒の引き金を、我との邂逅にしたのではないか。
そうだ……スキルの覚醒の条件に、我との会話を盛り込んだのだ。
我は歯ぎしりしていた。このような形で我を利用するとは。自身の遣いの覚醒まで保護し、そして、その覚醒自体はこの世界を脅かしている先に派遣していた遣いである我との接触を引き金とする。ハァトが通れない霧を我が抜けられることはないだろう。つまり、我は、自分の目的をこやつに話すしか、この先に行けないのだ。
次回も月曜更新!




