第二十四話 変わらないもの③
ハァトが目を見開いた様子が、我にははっきりと分かった。
「いや……。彼らと過ごした時間は、それほど長くはない……」
そう言いながらも、ハァトは自分で自分の言葉に戸惑っているようだった。
「では……我を信頼できず……対してコンラッドの者を信頼できるのは……何故なのだ?」
純粋な興味を持って、我は質問していた。
「……」
ハァトはしばらくの間無言になっていた。そして、我の表情を探ろうとするかのように、静かに見つめていた。ただ、我の頭巾の下にある顔には、最早表情というものは無い。それ故に、いつまで眺めていても何かが分かるはずはない。
そして、ハァトは遂に口を開いた。
「どう伝えようか、迷ったんだけれど……ダトヒさんにはそのまま伝えることにするよ」
「ほう……」
しばらく思案していたのは、我に対しての伝え方を考えていたらしい。しかし、遠慮はもうしないようだった。我にとっても、それがありがたい。
しかし、続いて聞こえてきた言葉は我を驚かせるものだった。
「俺は、相手が俺のことを騙そうとしているかどうかが分かるんだ」
ハァトは淀みなく言った。
ばかな。ありえない。
我は驚愕していた。エステルが授けるスキルは最初は一つのはずだ。オートセーブ・クイックロードのように、二つの効果で一つのスキルとなっている場合はあるが、ハァトのもそれだというのだろうか。しかし、まだ奴のスキルは覚醒していないはずだ。そして、どれだけ我がやり直しを行おうとしても、ハァトがエステルから授かったスキルが変わることはない。ハァトがスキルを入手した後のタイミングまでしか、我は遡ることはしていないのだから。
我の存在を意識して、エステルがハァトに取得スキルの内容を示唆したということは、考えられなくはなかった。オートセーブ・クイックロードはエステルから授かったスキルであり、我がその後で自力で取得したコンティニュー・グラインドなどとは違って、彼女側には記録が残っている。そして、どのタイミングでのエステルも、我がハァトに対して接触を試みていることが伝わっているとしたら、今目の前にいるハァトはエステルの入れ知恵が行われているという可能性は、ありえない話ではない。
しかし、エステルがそれをするだろうか……?
我は、この世界で行ってきたあらゆる可能性を失くすという行為を、エステルの創造した世界への破壊行為だと認識している。それにも関わらず、彼女が我の前に現れないというのは、我を排除する手段がないか、もしくはエステルがそれを望んではいないかだ。そして、我は後者だと思っていた。自らの作った世界の可能性が無くなっていくということを、彼女自身がどう思っているかは別にして、直接手を出して止める気はないのだろう。とはいえ、まるっきり我を放置してしまえば、それもまた彼女の思惑から外れてしまうことになる。そういった事情の折衷案として、定期的に、別の世界から自身の遣いを呼び寄せて派遣しているのだろう。
ただ、恐らくではあるが、我に対しての対策を授ける、といったことまではエステルは行っていない気がした。あくまでも、スキルが覚醒するまでの手助けをするまでに留まっているのではないか。今まで何度か相対した、これまでのエステルの遣い達のことを振り返っても、事前に我のことを知っている者は一人もいなかった。そのことから考えても、派遣した遣い達に、我のことを意識させてしまうのは、エステルが見たい彼らの動きではないのだろう。
では、今ハァトが言ったことはなんなのだろうか。
我に対して、虚勢を張ったのか。しかし、それをする理由はないはずだ。今は、敵対していないのだから。
「我が……お前を騙そうと……している……だと?」
「そうだよ」
我の問いかけに、ハァトは落ち着いた声でそう言った。
「騙す……とは……随分と人聞きが悪い言い方だが……一体どうしてそのように思ったのだ……?」
聞くしかなかった。我は本心を隠していたことは事実ではある。しかし、悪意を持ってハァトに接したつもりは無かった。どの部分が、そのように受け取られたのだろうか。
「ダトヒさんは、俺とそこまで仲良くする気がないんだなっていうのは、結構最初の時からわかっていたんだ。ただ、嫌われようともしているわけでもない」
ぽつり、ぽつり、とハァトは語りだした。我は静かにその言葉に耳を傾けた。
「嫌われようとも、必要以上に好かれようともしないっていうのは、そんなに珍しいことでもない。人付き合いでの面倒ごとが避けやすくなるしね。それに自分が自然体でいられるから、そういった意味でも、ストレスが軽減される。俺もそういった姿勢で誰かと接することがあるから、わからないことじゃない」
ハァトはそう言って少しだけ言葉を切り、我のことを見つめてから、ただ、と前置きをして再び口を開いた。
「ダトヒさんは、俺と行動したいからそうやっているわけじゃない。俺と行動する必要があると考えているから、行動しているだけだ。まるで仕事みたいにね。いや、仕事なら仕事でいいんだ。ただ、それですらない。さっき、ダトヒさんは俺と一緒に街に入りたいって言っていたよね。だけど、それは俺がいなければ入れないからそう言っているだけで、俺と一緒に行動して街歩きがしたいから、そう言っているわけじゃない。……俺がどうしてそう思うのか。ダトヒさんと過ごしたこの短い間で、俺は俺のことをわかってもらったって実感がないんだ。だから、俺のことをよくわかっていないはずのダトヒさんが、俺と一緒に時間を過ごす選択をとる理由が無いのさ。……まあ、俺が可愛い女の子で、ダトヒさんが下心を持って接してきているなら、その場合は分からなくもないけれど、そんな感じじゃないしね」
最後の言葉は冗談めかした口調だった。しかし、ハァトの目は笑ってはいない。我が沈黙していると、更にハァトは続けた。
「コンラッドの街の人たちと、どうして短い間しか過ごしていなくても、彼らを信頼できるのか。それは、彼らが俺のやることに興味を持ってくれて、色々と質問をしてきて、俺の答えを聞いてくれたからだよ。俺の答えに対しての、反応を見て、ちゃんと俺のことが分かってくれたみたいだなって、実感できたからなんだ。……でも、ダトヒさん。貴方とはその実感が生まれていない。だから、信頼することはできない。……これは俺の中での都合だからね。ダトヒさんがいくら有能で能力が高かったとしても、俺の実感を受信するのは、俺の心、感覚器官の問題だ。だから、貴方がどうこうすることはできないよ」
「……なるほど……」
我は感心した。確かに、我が最も興味あることは、ハァトの意思や素性ではなく、コンラッドの街からエステルの所在に近づく何かを探すことだった。更に、ハァトのことは既に彼との闘いを通して、一旦知ったつもりでもあった。知っていることを、知らないふりをして、もう一度質問したり、初めて聞いたような反応を返すことを、我は手間だと感じてしまう。それは、オートセーブ・クイックロードとコンティニュー・グラインドを使用しているが故の弊害だった。
「そして、これまで一緒に行動していて、誰かの信頼を得ようとしたりしないダトヒさんは、そういったことよりも優先したいことがあるんだっていうのがわかる。でも、多分それを教えてくれることはないんだろうな。それは、俺がダトヒさんの信頼を得ていないからじゃなくて……」
ハァトは言葉を切って少しだけ考えた。我はここまでか、と思った。
「「教えたら自分にとって不都合になるから」」
夜の森に、二人の声が重なった。
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