第二十二話 変わらないもの①
「そっか……。それなら……俺はもう少し歩いて、辺りの様子を探ってみようかな……」
ハァトがひょい、と我の後ろに続く道を覗き込んだ。
我はその様子を見て、彼の頭蓋に腕を……振り下ろさなかった。
そこからの展開はもう既に試した。ハァトへの攻撃は通らない。それならば、次に行うのは敵対ではない。
「この辺りは……もうずっとこのような風景が続く……。我も……人間に出会ったのは随分と……久しぶりだ……。お前に……興味が湧いた……。しばらく……同行させてもらっても……良いか……?」
「……同行……。あぁ、それは構わないが……人間がいない、だって?」
我の提案に、ハァトは一瞬考え込んだようだったが、断る理由も無いようだった。それに、今の時点では、我は敵対の意思は見せていない。唯一の懸念点は我の人間離れした姿だったが、ハァトはそれについても、警戒はすれど拒絶までには至らないようだった。そして何より、我から外の情報を聞きたがっていることがわかる。
「あぁ……我は長寿の生命で……もう何年も旅を続けているが……人間にはもう何年も出会っていなかった……。もちろん……我が歩んできた場所にはいなかっただけで……この辺りには……いるのかもしれないが」
「……そうか……。とりあえず、ダトヒさんがやってきた道の方向にはいなかったってことは分かったよ。だったら、道を逸れて探してみるとしよう」
ハァトはそう言うと、舗装された道から一歩踏み出し、横の森に足を踏み入れた。我も黙ってその後に続く。
森の中は道の傍は比較的木々がまばらに生えてはいたが、そのまま進んでいくにつれて、伸ばされた枝同士が空を覆い、昼間にも関わらず薄暗い空間を形成していた。時折風が吹くと、木の葉が微かにゆらぐ。また、地面に落ちていた木の葉を、ハァトと我が踏みしめる。そういった音だけが、しばらく続いた。
ハァトはきょろきょろと辺りを見回してはいたが、手当たり次第に進んでいるようだった。特にこれといって目標になるものもなく、気になることがあるわけでもないようだった。ただ、単純に、森の中を歩いてあたりの様子を見ているだけに見えた。ただ、来た方向を見失わないように、時折、脚を引きずって地面に線を描いていた。そういった工夫に影響しないようにして、我は静かに後に続いていた。
「はあ……だめだ。この森、ずっと続いているみたいだ。いったん休憩して、引き返すとしようか」
まだ夕暮れにはなってはいないが、太陽がある程度傾いた頃、ハァトはこちらを振り返ると、そう言った。
「我の体力を……気にしているのなら……その心配は無用だぞ……」
「いや、俺が疲れただけさ。それに、この森はずっと同じような景色だし、道もずっと平坦だ。歩いていて、一定の周期で同じところを歩いているんじゃないかって錯覚するほどなんだ。ここまで来るのにも、何か人間の残した痕跡などが無いかなって思っていたけれど、そういったものも見つからないし、一旦街道まで戻ろうと思う」
「そうか……それならば……我もそのようにしよう……」
なんてことの無い会話だ。我には時間はいくらでもある。ハァトが回復することがどれくらい時間がかかるかは分からないが、静かに待つのが良いだろう。そう思って、我は腕を組むと木にもたれかかった。
「そういや、ダトヒさんは、どうして旅をしているんだ?」
「……」
話しかけてくるというのは、意外だった。静かに休み、そしてまた道に戻る。それだけだと思っていた。しかし、沈黙のまま時間を過ごす、ということを選ぶタイプではないのかもしれない。……あるいは……。
我に対しての警戒心を、拭い去りたいのかもしれない。
「我の……旅をする理由か……」
さて、何と答えるか。あるいは、どこまで答えるか。
我の最初の選択は、全てを話すことだった。その結果、ハァトと対立し、そして奴のスキルの覚醒を助けることとなってしまった。となると、純粋に自分の目的を伝えることは良くないかもしれない。
「一つの場所に……留まっていても……特に面白いと思えることは……無かったからな……。こうして何かに……出会うために……旅をしている……。はっきりと……言葉にすることは難しいが……そんな気がする……」
我ながら、上手くぼかしつつ、それらしい内容にできた気がした。変に警戒されることなく、しかしながら面白さを追求していることは事実でもあるため、不自然な素振りもないはずだ。
「へえ、そうなのか。ダトヒさんは、長寿の生命って言っていたよな。正直、物事への感覚は人間である俺と結構違うのかな、なんて思っていたけれど、案外似ているのかもしれないな」
ハァトは地面に座り、脚を投げ出しながら、我を見上げて言った。我はその返答に肯定も、否定もせず、ただ静かに眺めていた。
「なら、今はどうだい? どれくらいぶりに、人間と行動したのかは知らないけれど、今は楽しかったりするか?」
我はじっとハァトの表情を見た。少し笑いながら、冗談めかした口調だった。我はどう答えても良かった。
「今のところは……特に……だな……。ただ森を歩くことしかしておらず……面白いと思うには……少々もの足りないといえるだろう……」
「ははは、そりゃ確かに。ここまで特に、何かを見つけたりもしなかったしな……。しかし、困ったな……ダトヒさんは人間を見たことが無い、と言っていたけれど、やっぱり街道に戻ったら、もう少し進んでみるかな」
「我の言葉に……偽りがあったとみなすか……?」
「いやいや、そうじゃないよ。だけど、せっかく街から出てきたわけだし、人づてに聞いた話で終わらせるんじゃなくて、自分で体験として確認したいだけさ」
「……そうか……」
正直、本当に何もないわけだが、ハァトは一旦は街道を進みたいようだった。我としては完全に時間の無駄であり、時を進めるスキルでも使用しようかと思った。ただ唯一、ハァトが最後に言った言葉、体験として確認したい、ということについては、我も頷ける内容だった。我のスキルである、オートセーブ・クイックロードとコンティニュー・グラインドはまさに、我のそういった欲求を叶えるためのものであったからだ。
しばらくして、ハァトは来た道を引き返し始めた。我もその後ろに続く。途中で地面につけた印はそこに残っており、帰り道の方向が正しいことを示している。そして、更に進んでいくと、うっそうとした森の雰囲気は徐々に変化していき、木の間から空が見え始め、やがて街道に到着した。
「よし」
ハァトはそう言うとこちらを振り返った。
「ダトヒさんはどうする? あなたにとっては、俺の今から進む方向は、既に来た道だろ? ここからは俺が単純に自分で確かめたい、と思って進むだけだから、面白いと思えることはないかもしれないぜ? それでも良いかい?」
我はハァトの提案に、少しだけ考える素振りをした。胸の内では既に返答の内容は決まっている。
「いや……同行させてくれ……。我には時間が無限にあるからな」
「わかった」
ハァトは頷くと、その後は同じ質問をすることは無かった。しかし、予想した通り、何も起こるはずが無かった。日が傾き、水平線に差し掛かり、辺りはオレンジ色に染まる。そうなった頃にやっと、道が二手に分かれた所にたどり着いた。
「ダトヒさんは、この両方の道のそれぞれの先も、見てきたのか?」
「あぁ……」
道の先を眺めると、どちらも行く末には緑の木々の壁が見える。
「あそこも分かれ道かな」
「そうだ……」
我の言葉を聞いて、ハァトはがっかりしたようだった。
「どうする……?」
「いや、行ってみよう」
「……そうか」
短いやり取りだった。我は止める気にはならなかった。気のすむまで、やれば良い。
次回も月曜更新!




