第二十話 こみゅりょく♡
輝く光の道。それを異形はじっと見つめていた。そして手を真横に伸ばす。すると、地面が盛り上がり、小さな土の人形が地面から生えるように出現した。それは、ちょこちょこと小さな歩幅で前進し、突如現れた光の道に差し掛かる。そして、その道に足を踏み入れることはできなかった。
俺は左右に伸びる道の端を見つけようと目を凝らした。しかし、道の端は俺たちから離れるにつれて薄くなり、しばらくすると虚空に消えている。
異形は今度は翼の生えた土人形を作り出すと、空中でまっすぐ道を飛び越えさせようとした。しかし、これも道に差し掛かった時に、そこから前に進めなくなった。すると、今度は翼のある土人形は道に沿って飛び、薄れた道の端をぐるりと回りこもうとした。だがそれも不可能だった。土人形が空中を移動し、回り込もうとする寸前に、光の道が薄れている部分であっても、それ以上は進めなくなったのだ。続いて、異形は頭上に手をかざした。すると、異形の周りの地面がひび割れ、頭上にかざした手の先に、何かが集まっていく。それは水だった。そして、地面がひび割れるだけでなく、異形の背後にある緑の植物まで枯れ始めている。しかし、異形の足元から伸びる地面のひび割れは、光の道に差し掛かった際に、そこから進まなくなった。そして、もちろん俺の方に向かってくることもなかった。
「……」
異形の頭上に集まった水はかなりの大きさになっていた。直径は俺の身長を越えている。そして、異形はそれを少しだけ後ろに下げてから、俺の方に放った。
「うっ……!?」
一瞬、俺は身構えた。しかし、身をかわす余裕すら与えない速度だった。顔の前で腕を交差させて、庇うぐらいしかできなかった。
しかし、その直後には、水圧による痛みも、濡れたことによる冷たさも感じない。やはり、光の道に差し掛かった瞬間に、全てが霧散していた。
「……なるほど……。その力……我の発した……全てのものに……作用するようだな……」
「……」
俺は返事をしなかった。
異形は少しだけ顎を上に向けた。
「ならば……我自身が進もうとすればどうだ……?」
少しの躊躇もなく、異形は光の道に足を踏み入れた。いや、正確には、踏み入れようとした。しかし、やはり光の道に踏み込むことはできなかった。
「……ふむ……。お前の……スキルがやっと覚醒した……というところか……。確かに……我から身を守る程度の効果はあるようだな……。それで……どうする気だ……。このままずっと……我とにらみ合いをする気か……? それも構わないが……体力的にも先に音を上げるのがどちらなのかは……明白だが」
「……」
俺の目には、異形と俺の間に境界線のように、存在している光の道の他に、もう一つ見えているものがあった。それは、波紋一つない、水面のような黒々とした地面だった。それは異形を中心として半径1メートルほどに広がっている。その縁の一部が、少しだけ突出して俺の方に向いている。
「別にどうもしないさ。俺に、お前をどうにかする力はないんだから。でも、お前のやろうとしていることに賛同せず、お前の利になることをしないように動くことはできる。そして、お前はそんな俺を止めることはできない。それも明白なことだ」
目の前に横切る光の道。そして、異形の足元に見える黒い地面。突如現れたこれらは、間違いなく俺がエステルから授かった、『こみゅりょく♡』によるものだ。そこには確信があった。
「お前はコンラッドの街に手出しはできない。ここから先には、お前は進むことができない」
「……どうかな……我の力の一端しか……まだお前には見せていないぞ……」
「いいや。俺の力をどうにかするには、お前が既に失ったものが必要だ。経験は加算や乗算だけではないってことが良く分かった」
俺の言葉に、異形はぴくり、と身じろぎをして反応した。
「我が……失ったもの……だと……?」
俺は、肩の力を抜いた。もう、目の前の異形を恐れることは無かった。
「十万九千五百……何の数字か、わかるか?」
「……」
「一日三食食べる人間が、百年間生きて食事を取ったと仮定した時に、生涯で食べることのできる食事の回数だ。当然間食もするだろうし、百年きっかり生きる人間ばかりじゃない。食べない日だってある。目安しかないけれど、それでも、大体人間の食事の回数っていうのは、ある程度の上限値がある。まあ、日常生活でこの数字を意識して、生活をしている人は少ないと思うけどな」
「……何が言いたい?」
「じゃあ生涯で知り合う人間の数は? 俺の高校は一学年で400人だった。仮に、死ぬまで一年毎に新しい場所で、新しい400人と知り合えたとしても、40000人が上限だ」
「……」
「普通の人間は、お前みたいに、スキルを組み合わせながら、記憶を引き継いだり、何度もやり直しをすることなんかできない。だから、自分のできる範囲で慎重に、他人と接するんだ。その結果、上手くいったり、相性が良かったりすれば、良好な関係性を築くことができる。もちろん、労力を割いても、結果的に悪い関係性になってしまうこともある。それは仕方がないことだし、自然なことでもあるけれど、どんな間柄であろうと、出会って、分かれるたびにその40000人という枠は減っていく。食事と一緒で、この数を、日常的に意識している人は少ないかもしれないけれど、それでも、普通の人は、この縛りの中で生きているんだ。縛りがあるからこそ、その中で合理的だとされる思考と手法が確立されていく」
「……限られたものの中にある尊さの話をしたいのか……先ほども言ったが……そういった類の説教は我にとって……」
「尊いとか、尊くないとかの話じゃない。お前が、何を優先していて、何を優先していないのか、の話だ」
「我の……優先度だと……?」
「お前の、様々な経験を積み、目標を達成するための研鑽ともとれる行動そのものは、お前からそういった縛りの中で成功率を上げる能力を育む機会を奪った。いつでも失敗しても、やり直せる、なんてスキルを持っているせいで、お前自身がその一期一会の機会を重要視することができなくなった。それはすなわち、知り合う誰かそのものを……重要に、丁寧に扱うことを失わせたんだ」
「……」
「お前のスキルが、俺に通用しないんじゃない。普通の人が生活している軛から抜け出してしまったせいで、変質したお前の性根が、俺に通用しないんだ。この俺の……ハァトのスキルは、『こみゅりょく♡』だ。『こみゅりょく♡』は、自分と誰かの世界の間に、『道を作る』ことができる。お前みたいに、知り合う誰かを重要に、丁寧に扱うってことが、できない性根の奴が、渡ることのできない道も作れるんだ」
俺は一息に言い切った。すると、異形は静かに頷いた。
「……長々とした説明だが……確かに我が失ったもの……という表現が当てはまらなくもない……。だが……お前は我のスキルを忘れていないか……。そうやって説明を受ければ……お前のスキルをかいくぐれる機会を探すことに……我は時間を費やせるのだぞ……」
冷静に、淡々と異形は語った。そこには、当たり前のことを確認するように、なんの感情の起伏も感じられなかった。
「じゃあ、やってみろ。オートセーブ・クイックロードだか、コンティニュー・グラインドだか、地面を割ったり乾かしたり、土人形をけしかけたり、水をぶつけたり、殴りつけたり、はたまた俺に善良な顔をして話しかけたりして、好きなだけやってみろ」
「いいだろう」
異形の姿が一瞬だけブレた気がした。
次回も月曜更新!!




