第十八話 異形の目的。
「なんだよ……それ」
俺は絶句したまま、目の前の異形を見つめていた。
先ほど聞いた異形の能力。それは全能と言えるものではないかもしれないが、それでも長い時間をかけて、その持ち主を強力な存在に仕立て上げている。それこそ、自分とは違って、できないことが無いくらいに。自分が抱く悩みは、この異形にとっては悩むほどのものでもなく、簡単に解決できるものなのだろう。少なくとも、自身の能力不足を悔やむ展開などには遭遇しなさそうだ。
「じゃあ、お前はここで何をしているんだ。それほどの力を持っているなら、大抵のことはできるはずだろう」
俺はつっけんどんに言葉を発していた。
「ふむ……。我がここにいる目的……か……」
異形は腕を組みながら、静かに呟いた。
「我は……この世界を壊して……作り変えようと思っている……」
「何? どういうことだ。破壊神になって、新たな秩序を作りたいってことか?」
「そうではない……。それに……一度世界を消滅させて……その更地に新たに建国することはすでに行った……。我が今行っていることは……そういうことではない……」
そういうと異形は空を見上げた。俺もつられて同じように上を見る。
雲一つない青い空が広がっており、太陽が遠くに浮かんでいる。それは俺がこの世界に来る前の、地球で見えるものと全く同じだった。
「恒星があり……重力があり……それらの相互作用により……天体は動いている。そして……その上で……特定の条件を満たした環境には……生命が生まれる。知能の高い生命は……その環境を利用し……文明を創造し……発展していく……。その中で……生命同士の戦いも起こりえるが……それはまあ普通のことだ……」
異形は言葉を続けた。俺は黙ってそれに耳を傾ける。
「だが……最初の環境の条件が違えばどうなるのか……。初めに降った雨の温度が1℃違えば……後の世界がどう変わる……? 重力加速度が今より早く……あるいは軽ければ……後の世界がどう変わる……? 我が気になるのはこういったものになった。それをこの目で確かめたいと思った。我は……長らく放浪する間に……世界を改変する権限が存在していることに気づいた……。その権限は……エステルが持っている……。同時に……この世界が……エステルの創造したものだということも理解した……。我は……その権限を求めて……この世界を隅々まで探した……。そして……ついに……最後の場所を見つけた……」
異形が笑った気がした。依然、顔はよくわからない。しかし、俺はそのように感じた。
「最後の場所を見つけた……? どういうことだ? 権限を持つエステルが滞在していそうな、探すべき最後の場所が分かったということか?」
俺は異形の微妙な言い回しに違和感を感じて聞き返した。エステルの居場所を見つけた、と言わなかったのが気になる。
「エステルは……我の前には姿を現さなかった。初めにスキルをもらった時以降……会ったことは無い。そして、我に直接会う気はないようだ……。これまでにも何度か呼びかけを行ったが……出会えたことはない……しかし……彼女の目的を阻害すれば……必ず現れるだろう……と我は考えた……」
俺はそれを聞いて、エステルが出会った頃に言っていた言葉を思い出した。花が開花せずに枯れていくのがもったいない、と。それはつまり、生き返らせた人間を観察して、鑑賞して楽しみたいということだろう。
「やはり……俺を殺す……と……?」
ゆったりと話を聞いていたが、この異形は俺よりもずっと強いのだ。ただ、俺も覚悟はできていた。今こうして会話できているのは、ちょっとしたアディショナルタイムのようなものなのかもしれない。しかし、異形は首を振った。
「お前を殺しても……エステルは次の人間を送り込んで来るだけだ……。それはすでに試したこと……。しかし……送り込まれた者が……何もできない環境であれば……どうなるか……」
異形はここで後ろを振り返った。相変わらず、道と森だけが見える。他には何もない。
「ここは……かつては行商人が集まる泉があった……。しかし……我がそれを失くした……。泉ができる要因を排除したのだ……。クツロークの時を遡る魔法は……非常に役に立つ……。ここだけではない……。我は……この世界のあらゆる場所に足を運び……そこで『何かが起こりえる可能性』を排除して回った……。その結果……この世界のほとんどは……もはや何も起こらない場所となっている……。風景も……ここと変わらぬ……」
「……な……まさか……」
こいつのやったことを、俺はやっと理解した。世界中を回り、生命も、環境も、『何かしらの変数』に左右されない状態……いわば、『初期状態』に戻したということだ。そして、何も起こらない場所では、エステルの望む、死にかけの花が咲くまでの環境ではなくなってしまう。……そしてもう一つ、それを為すためにこいつが『排除』したのは、無機物だけではないだろう。必要であれば……何だって……そして、誰であろうとも……。
俺は険しい顔で異形を睨みつけていた。そんな俺を気にも留めない様子で、異形は更に言葉を続けた。
「エステルは……我が世界の可能性を排除して回っても……自身の力の片鱗すら見せなかった……。しかし……その力が働いている場所を……我はあぶり出した……。お前もわかるだろう……」
「……!! コンラッドの街……!」
異形は頷いた。
「そうだ……。コンラッドの街は……我が最初に降り立った場所ではない……。我が降り立ったのは別の場所だった……。そして……我の後……お前の前に……降り立った5人の人物たちもまた……全く違う場所から始まった……。これまでの5人のエステルの遣いが降り立った頃は……その者たちの始まりの場所を特定することはできなかった……。まだ可能性を排除しきれていない土地がたくさんあったからな……。しかし……全ての土地を巡ったのちに、我は敢えてこの場所だけを残した……。そうすれば……エステルはこの場所に次の遣いを送りこむだろう……。そうやって……我はエステルの力が作用した……次の遣いにとっての……始まりの土地をやっと調べることができる……」
俺は異形の前に立ちふさがった。
「調べるって何をする気だ……」
「もちろん……思いつくこと全てだ……。住民全員と話し……存在する書物を全て読み……家屋の隅々から……必要であれば道の石畳の一つ一つまで……。住民との関係性が何かの変数になるのなら……彼らと新たな関係を結ぶこともする……。必要なら友情も……。敵対することも……。それに婚姻もしても良い……。師弟関係を結ぶこともできる……。オートセーブ・クイックロード……コンティニュー・グラインド……時の遡り……その他さまざまな秘術を駆使して……確認できるものを余すことなく確認する……」
「……」
俺は聞いていて気分が悪くなった。確かにこいつはそれを行うことができるだろう。そして俺はそれを止めることはできない。それだけの力は無い。そして止める理由も……ないはずだった……。
しかし、ルーシー、ジェリ、パック、ケビン……。少ないながらも、出会った人たちの顔を思い浮かべた時、それを看過したくない気持ちが湧いてきた。
どうしてなのだろうか。
彼らが、俺の大切な人になっていたのだろうか。……いや、ルーシーやジェリ……かなり譲ってケビンはともかく、パックはそこまでではない……。申し訳ないけれど……。
……。
申し訳ない……? パックに対して? どうして?
次回も来週月曜更新します!




