第十六話 くだらない人生に対して、何をしてあげるか。
2/16の分が投稿できていなくて申し訳ありませんでした!
この第十六話は2/23の分です!
「ぐ……っ!? ううぉっ……」
俺は再び跪いていた。視界に入るのは、硬い土の地面であり、全身には打撲の痛みがある。両腕は上がらず、呼吸するのもやっとだ。エステルと一緒にいた時には感じていなかった痛みのせいで、俺は無意識にうめき声を出してしまった。
しかし、戻ってきた。俺は戻ってきたのだ。再び、自分に拳が振り下ろされるであろう、あの瞬間に。
エステルは俺の提案を渋っていた。
俺がエステルにお願いしたのは、俺をあの星々の空間に連れてくる直前の状態に戻すことだった。
勝算があるのかどうか、エステルは確認してきた。俺はそんなものは無い、と言った。しかし、どうしてもやりたいことがあった。まだ、やれそうなことがあったのだ。それを思いついてしまっては、試すまで、俺はそれに囚われてしまう。それを残して、逃げることなど、できない。
「これは……少々驚いたぞ……」
俺の頭上で、風が枯れ木の間を通り抜けるような声がした。
「お前、転移、したな? いや、お前の仕業ではない……か。恐らくエステルの力によるものなのだろう」
俺は顔を上げた。太陽は真上にあり、白い奴の顔はこれほど近くになっても、逆光のせいか影となっていて良く分からなかった。
「しかし、わざわざ戻ってくるとは。エステルの奴は何を考えているのか、全くわからん」
「はあ……はあ……は……」
俺は息を整えようとしていた。急激に体に蘇った痛みは、こうも思考を阻害するのか。
「だが、いずれにせよ無意味なことだ。エステルの加護は少々厄介ではあるが、お前にできることは無い。それに……お前に新たな力が授けられたわけではないことも、分かっている。この場所から去った時と、お前は何も変わっていない」
白い奴の言葉を聞きながらも、俺は懸命に息を整えた。もうすぐだ。もうすぐ声が出せる……。いや、それだけじゃもの足りない。跪いてなんか、いられない。俺は、俺がやりたいと思ったことのために、戻ってきたのだから。
脚に力を込める。手で地面を押し、上体を立て直す。深く息を吸う。体を自分の監督下に置いて、完全に制御する。痛みで乱れようとするそれらを、ただ一つの目的の元に、繋ぎとめる。
「お……れが……戻せと……言ったんだ……。この……場所に……。どうして……そうしたのか……教えてやる……」
白い奴は腕を振り上げていた。しかし、俺が切れ切れに発した言葉を聞いて、その腕をぴたりと空中で静止させた。まるで、俺の言葉を聞こうとしているかのように。
「お前を……」
思考が鮮明になってくる。胸いっぱいに息を吸い込む。この瞬間、体の痛みを忘れるぐらいの衝動が、心の底から湧いてきた。
「笑い飛ばしたくて、しょうがなかったからだ!!! あはは! はは!! あ
はははははははは!!!!!」
俺とこの白い奴以外には誰もいないこの空間。背後には白い靄がかかり、両側と行く先を森に囲まれた一本道。そこにあった静寂を、俺の笑い声が震わせていく。
それだけだった。俺のしたいことは、たったそれだけ。これはエステルにも言わなかった。しかし、俺は『必ずこいつを笑い飛ばさなければならない』とまで思っていた。
俺はこの白い奴の目的を知らない。目的があるのかどうかすら知らない。だが、こいつの行動は分かっている。俺の邪魔をした、ということだ。俺の邪魔をし、あろうことか肉弾戦で排除しにかかっている。そして、肉弾戦という手段をとることが出来るのは、奴自身が、それが有効だと認識しているためだ。それは言い換えると、自身が強いということをわかっているからだ。
しかし、俺は知っている。俺が何故ここにいるのか。何のためにここにいるのか。
俺は、俺の人生を良くするために、ここに立っている。
しかし、同時に、俺じゃない誰かの人生を良くするためにも動いている。
賛同が得られなかったのは、その手段のみだ。俺の行動自体を、止めることはしなかった。
そうでなければ、ジェリもルーシーも、俺を見送ってくれたりはしない。
「俺はどんな事情があるか、聞いてやろうとした。だが、お前が答えないなら知る由もない! そして、もしそういった事情が無いなら、俺の人生の方が、なおお前より良しとされるものだ! まあ事情があったとしても、俺が歩もうとしている人生の方が、良いものだろうがな! くだらない人生を、俺を殴り殺したあとで、せいぜい謳歌しろよ! お前に寿命があるのか無いのかは知らないが、くだらないお前がこの先存続し続けていくのなら、この世界にとっては害悪以外の何者でもないがな! あはははははは!!!」
くだらないものを、くだらないと言わないのは、それを生産した者に対しての敬意や、配慮があるからだ。しかし、それを向けようとするような相手でないのなら、『くだらなくない自分を損なわないため』にも、笑い飛ばすことをしなければならない。それが、自分の『くだらなくない人生』に真摯に向き合うということだ。
俺は、俺の人生を笑うことはしない。ここまで振り返ってみて、良いなと思えることがあったからだ。その光を潰そうとするものがあるならば、排除したい。しかし、その相対する障害の方が大きくて、排除しきれないのであれば、せめて笑い飛ばす。
俺は一気に言葉を放った。言い終えてから、全身の痛みを感じた。笑い声もその痛みによって、咳き込みに変わってしまった。しかし、俺は満足だった。できることは全てやった。羽畑和人は……いや、ハァトとして生きた俺ができることは、今度こそ無くなったと思えた。
エステルが今の俺を見ていたとしたら、どんな顔をしているだろうか。最初に出会った時、エステルは花が蕾のまま死んでいくのはもったいない、と言っていた。ジェリの依頼を果たすことが出来なかった今、自己評価としては、俺は結局咲くことはできなかったと思う。この白い奴に阻まれて、コンラッドの街に戻ることは叶いそうにないのだから。しかし、咲こうとして動いたのは事実だ。結果には満足できないが、そのように歩んだ人生には満足している。エステルには目的が達成できなかったということで、残念な想いをさせてしまうが、それはまあなんとかやり過ごして欲しい……。
俺は目を開けて相手を見返していた。心の中は、晴れ晴れとしていた。口元には自然と笑みが浮かんでいる。
「……」
しかし、いつまでたっても、俺の目の前にいる白い奴は、掲げた腕を振り下ろさなかった。
「……? なんだ。さっさとやれよ。俺を排除したいんだろ」
「……」
白い奴は無言で腕を下した。しかし、俺の頭上に、ではない。ゆっくりと、自分の体の隣に戻したのだ。
俺はぽかんとした顔になってしまった。もしかして、こいつ、俺に笑い飛ばされたことで意気消沈してしまったのだろうか。そのような繊細な心が、この異形にあるというのだろうか。
「……貴様のような奴は、初めて出会った。殺されるとわかっていて、戻ってきて何をするかと思えば、自分の抱いた想いをただ投げつけるためだけだったとはな」
「……俺はその投げつけることは、大切なことだと思っている。だから、そうしただけだ」
「……フ……フ……」
俺は耳を疑った。相変わらず聞いていて気持ちが良くなるような声ではなかったが、今の音は笑い声ではないのか?
「貴様の名を聞いてやろう。……いや、その前に我が名乗るべきだな」
次回も来週月曜日に投稿します!




