第十三話 戦うということ。
普通に戦闘能力系のスキルを、女神エステルにお願いしておくべきだった。
そういった考えが一瞬だけ頭をよぎる。どの世界であっても、生物が自ら死を望むことは、基本的にはあり得ない。死してなお果たせる目的があるのなら、死ぬことは選択肢にあがるかもしれないが。もしくは、生きていることに絶望して、楽になりたくて死ぬということもあるだろう。しかし、俺みたいな奴は、死にたくなるほど色々なことを考えてしまうわけでも、死して果たされるような大義なども、持ち合わせていないのだ。持たざるものであり、そのことで悩み切ってしまうこともできず、それでいて死ぬ必要が無いのであれば、とりあえず今すぐには死なないで良いんじゃないかな、と思いながら生きてきた人間なのだ。だからこそ、本気で生存のことを考える頭は無かった。ただ、より良く生きたいと思っただけ。そう思ったからこそ、今のスキルを選んだのだ。(実際にそのスキルが効力を発揮しているのかどうかは、俺的には微妙だが)それ故に、戦闘で勝利する、すなわち自己の生存を脅かす外的要因を排除するスキルは、魅力的には思えなかったのだ。
しかし……。
そうであるのなら、俺はコンラッドの街から出るべきではなかった。街の外壁、鉄の扉、そして人々が集団で生活することによって行われる営みに守られた場所で、生きていくべきだった。生存という項目にそこまで力を割くことなく、その項目に必要なコストを集団の頭数で分担すれば、俺のより良く生きるためのスキルは輝いたはずだ。そのように使えば、今のような緊急事態に陥ることもなかっただろう。
謎の白い輩が俺に向かって腕を振るう。俺は数歩後ろに動いただけで、あっという間に追いつかれた。殴打する気だ。体を守らないと……!
俺は腕を交差させて相手の打撃を受けた。叩かれた俺の腕はそのまま、俺の胸板に激突し、体が宙に浮くのを感じた。
「……っっっっっぁっっ!!!」
息が漏れる。声にならない声が喉から絞り出る。
俺は数メートルほど吹っ飛ばされて、地面に横向きに体を打ち付けながら、ごろごろと転がった。頭がぐわんぐわんと揺れ、世界が流転するように見えた。
白い輩は、地面に伏しながら震える俺の元に、一歩一歩近づいてきた。追撃をするつもりなのだろうか。これ以上攻撃を受けたら、死んでしまう。だが、相手の意図が分からない。俺が禁則地にでも入ったのか。奴の何らかの逆鱗に触れたのか。……それとも、ただ、俺をいたぶるのが面白くて遊んでいるのか。
もし最後の理由だったなら、それは受け入れられない。理由によっては殴られてやっても良いが、理由によっては許さない、いや、正確に言えば、俺の気に入る理由だったら許すが、気に入らない理由なら許さない、だ。
「て……め……えぇ……っ……!!!」
俺は必死に声を出した。掠れて消えていきそうな小さな声だ。だがそれは相手に聞かせるためのものじゃない。俺自身に聞かせるためのものだ。体中に力を入れた。痛みに挫けそうになる心を、怒りの鎖で縛りあげ、繋ぎとめる。
「……なんで……殴ってきた……!」
相手が答えることは期待していなかった。答えれば良し、しかし、答えなくても、問いかけることが重要だ。
「俺の……気に入らない理由なら許さねえ……。だが、答えなくても……許さねえ……」
体の痛みが薄れていく。痛覚が麻痺したのだろうか。
「……」
白い輩は答えなかった。
「答えられないなら、大した理由じゃねえんだな。もしくは、特に理由なく殴っただけか。どちらにせよ、俺の気に入る理由じゃないってことだ」
「……」
それでも、白い輩は何も答えなかった。
俺は駆け出した。
相手に向かって。
より良く生きたい。それは、より効率的に生存したい、ということではない。
効率的に生存したいのなら、街を出なければよかったのだ。だが、俺はそれをしなかった。ジェリの助けとなってやりたかった。ルーシーにお金を返したかった。女の子の前で良い格好をしたかったっていうのも、もちろんあるだろう。でも、怯えながらも父親を捜しに行こうと決意を固めたジェリに、遅れをとる自分では居たくなかった。それが、俺にとって良く生きるということだった。
それが俺にとって、やる価値のあることだ。何よりも価値のあること。俺の人生を価値あるもので満たすため、力を、思考を、命すら。持ちうるリソースを限界まで使って行いたいことだ。それに最も価値を見出しているのは、世界で俺だけしかいないだろう。なぜなら、俺の人生を良くするためのことだからだ。俺の人生を良くすることに、俺以上に価値を見出す奴がいたとすれば、そいつは自分の人生についてもう少し真面目に考えた方が良い。
だが、それは邪魔される。今回みたいに、意味不明な理由か、もしくは理由も無く。あるいは、その理由が説明されることもなく。そこに共通するのは、俺がそういった邪魔に対して、気に入らないという感情を抱いているという事実だけだ。
では、あとはどうするか、だ。俺自身がその問題に直面した時にどうするか、しか残っていない。
自分の人生を良くするための行動を邪魔され、我慢して生存をするか。
戦うか、だ。
「うおおおおおおおお!!!!」
人は好きな人のために、生存という選択肢を選ばずに、戦える。しかし、その好きな人は、誰かである必要はない。自分であることも可能だ。
ジェリのためでも、ルーシーのためでもない。
ジェリやルーシーに良い顔をしたい、俺自身のために、戦うのだ。
俺は拳を握りしめて、地面を蹴った。格闘の経験など、生まれてこの方一度もない。相手に勝てる見込みなど、微塵も無い。
しかし、逃げるという選択肢を選ぶことはできなかった。ここで逃げるということは、自分の人生を良くするということから逃げることだ。その先にある生存などに、割く力など無い。精いっぱい生きるのなら、今ここで戦うことこそ、自分の人生に真摯な向き合い方だ。
白い輩が眼前に迫った。俺は渾身の力を込めて、拳を突き立てる。しかし、相手はびくりともしない。寧ろ、殴った俺の手首の方が痛い。……だが、構うものか。
「うおおおおおおおお!!!」
腹に力を込め、叫びながら、痛みを誤魔化した。殴った手を引き戻し、逆側の手で殴る。殴り方など、知らない。体重が乗っているかどうかすらもわからない。しかし、せめて、できるだけ同じところを殴ってやって少しでもダメージが蓄積すればと思っていた。相手に痛覚があるのかどうかもわからなかったが、もしあるのだったら、そっちの方が痛いだろうし。
「ふむ……これは驚いたな……」
もうどれだけ殴ったのか、わからない。両拳の皮は剥け、血が滲んでいた。手首も痛めたようだ。それに、腕があがらない。呼吸は乱れ、突き出す拳に何の威力も無くなっていることは、俺自身が一番良く分かっていた。そんな俺の攻撃を、白い輩は特に何もせず、ただただ受けていた。人間でいう腹の部分に何度も俺の拳を受けても、微動だにすることなく、俺を見下ろしながら白い頭巾の中から声を発していた。
「まさか、何の術も力も使わず、ただただ素手で拳を振るうだけ、とは……。目に見えない加護を頼りにしているのかとも思ったが、その拳の状態から見て、被害を癒すどころか軽減すらできていないようだ。……エステルの奴が考えることは理解できぬ」
「……ッ……!!!」
ついに、俺の攻撃は止まった。地面に打ち付けた痛みと、殴りつけて逆にダメージを負った痛みが、ごちゃ混ぜになって、俺の痛覚を支配した。呼吸をするので精一杯だ。対して白い輩には、やはり俺の攻撃は効いていないことが見て取れる。
敗北だ。
俺の思考はそれで塗りつぶされた。この後どうなるのか、ぼんやりと考えた。もう攻撃する体力も、逃げ切る体力も残っていない。……死ぬのだろうか。死ぬのは二度目だ。だが、一度目よりもずっとマシな死に方かもしれないと思った。あてもなくただ生存して、訳も分からず事故死を迎えた一度目の人生と違って、俺は今度は、自分のための行動をした結果で死ねる人生だった。少なくとも、今はそう思える。最初の人生よりは、コンラッドの街で過ごした短い時間の方が、良かったものに思えた。
ただ、ジェリの父親を見つけることはできなかったし、ルーシーにお金を返すことはできなかった。それだけが、申し訳ないと思った。俺が、俺の人生をより良く生きるために、巻き込んだのは彼女たちだ。その彼女たちとの約束を果たせず、借りっぱなしで死んでいくことになるとは。
俺を死に至らしめるのは、相手にとって簡単だろう。先ほどやったみたいに、その剛腕を振り下ろせば良い。一度で死ななくても、2、3度やれば片はつく。
俺は静かに目を閉じると、最後の時を待った。
次回更新するかどうかはちょっと分かりません!
でも更新するなら、月曜日にしますね!
1/18追記
2/9まで更新を控えます。




