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人類敗北間近の世界で俺がこみゅりょく♡で無双する件。  作者: バニハ


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第十一話 出発。自分は何をしたいのか。

 大きな暖炉の前で眠っていた俺は、静かに目を覚ました。

 ベッド以外で目覚める経験なんて、今まで無かったかもしれない。顔を上げると暖炉の中の薪は、そのほとんどが燃えて無くなっており、灰の中に小さな赤色の線を持つのみとなっている。広すぎる食堂の一角で身を起こした俺は、いかに火の傍だったとしても寒さで凝った体をゆっくりと伸ばした。

 窓から入ってくる光は無いが、空が黒ではなく群青色になっている。もう少しで夜明けになるのだろう。ルーシーが朝どのような動きをするのかは、わからないが、食堂が暖かい方が良いだろうな、と思ったので暖炉の脇に積んである薪を取って、燃料として追加しておいた。それから厨房を少しだけ借りて、顔を洗うと、俺の準備は終わった。

 それは死ぬ前の世界でやっていた、毎朝の行動と変わらない。結局のところ、俺という人間はどこにいても同じことをするだけの人間のようだ。女神エステルからもらった力があったとしても、無かったとしても、俺という人間の性根が変質するわけではない。もし変わってしまったのなら、それは女神エステルの祝福などではなく、改造だろう。

 俺はしばらく食堂をうろついた。そうしてから、暖炉に一番近い椅子に腰かけて、膝に毛布を掛けてしばらく静かに時を過ごしていた。

 まだ、俺は生きている。街の外に出たらどうなるかは、わからないが。出たら死んでしまうのだろうか。ジェリの父親はやはり、死んでしまっているのだろうか。……俺も……街の外に出たら死んでしまうのだろうか。

 そんなことを考えながら、暗闇の中で頬杖をついていると、階段を降りてくる足音が聞こえた。

「おはよう。うわ、暗っ……」

ルーシーが俺を見ながらそう言った。照明はつけていなかったが、彼女は部屋の明るさに言及したわけではないだろう。

「おはようルーシー。うわって、なんだよ」

「だって暗いんだもん」

ルーシーが厨房のカウンター付近に設置してあるランプに光を入れる。そのおかげで、俺の心の中にある闇も少しだけ、支配域を減少させたような気がした。

 ルーシーは厨房を行ったり来たりしながら、朝の準備をし始めた。朝からギルドを開けるらしい。俺は毛布を丁寧にたたむと、見えやすいところに置いた後、再びそっとルーシーを見た。

 彼女はずっとこうして生きてきたのだろう。それと比較すれば、俺は全く何もせずに生きてきたように思える。前の世界でも、この場所でも。

「……」

俺はこの世界に来てから、ルーシー以外にであった人たちのことを思い返した。

 街の安全を守る警備員のケビン、父親を探そうとする少女ジェリ、そして路地裏で誰かと不安を共有したがっていたパック。彼らは彼らなりに、生きている。彼らと自分を比べれば、俺はまだこの世界に馴染めていない。……でも、それは前の世界でもそうだったんじゃないか? 俺は馴染めていた側だっただろうか。……いや、そんなことはない。馴染めていないから、死んでしまったのだ。この世界に来て、名前をハァトにしてみたところで、何も変わっていない。

「はあ……」

思わずため息が出た。すると、それを聞いていたらしいルーシーが若干イラついたように声をかけてきた。

「ハァト。あんたねえ、暗すぎて気が滅入るから、ちょっと手伝ってよ」

「……ありがとう」

ルーシーの言う通りではある。別に彼女の元気を奪うつもりはない。何もしていないならまだしも、他人に実害まで与えては、流石に申し訳ない。……しかし、彼女の手伝いをしながら行動をしていても、俺はますます考えをめぐらしていった。

 そして、ふと気が付いた時には、目の前に朝食が出来上がっていた。俺がしたことは、昨日と同じように野菜を切ったり、ゴミを捨てたりといった簡単なことだ。だが、俺の目の前にあるものは、簡単だろうがなんだろうが、そういった作業によって生み出されたものだ。しかも、俺だけで作ったものではない。むしろ、ほとんどルーシーが作ったものと言っても差し支えないだろう。

「ねえ、なんでそんなに難しい顔をしているのよ。そんな顔だったらご飯あげないわよ」

「悪かった、悪かった」

俺はそういいながら、手を合わせると匙を口に運んだ。

 口に入った野菜は瑞々しさを湛え、奥歯でかみしめれば脳が目覚めてくる。舌の上では、軽く振られた塩によって食事の楽しい刺激を提供してくれる。……これは良いものだ。どんなことを考えていたとしても、食事というものは……。

 そう思った時、俺は気づいた。

 「あ、そうか。俺は、良いと思える自分になりたいんだ」

自然と口から、言葉が漏れていた。

「え、なに?」

ルーシーはきょとん、とした顔でこちらを見ていた。しかし、俺は彼女の反応を無視して口を開いた。

「朝食、ありがとうルーシー。この分の経費が掛かっていることも、ちゃんと理解しているから。最初のギルド登録の手続き諸々の費用から始まって、飲み物、夕食、寝床、そしてこの朝食。全部君の厚意によって、費用請求を待って貰っていること、忘れていないよ。今は、お金が出来たら返す、としか言えなくて申し訳ないけれどね」

「え、あ、うん。まあ、覚えているのなら良いんだけれど。というか、なによ。急に元気になったわね」

少し引いたような表情をルーシーはしていたが、俺は気にせず、食事を平らげた。

 すぐにでも出発したい気持ちになっていた。自分の体の隅々にまで、神経が通った感覚だった。

 そうだ。俺は、良いと思える自分になるために、生きているのだ。ご飯を食べて水を飲んで、暖かくして、お風呂に入って、運動して、トイレにいく、という六つの生存インフラを行っているのは、その目標に対しての手段でしかない。

 自分にとって、何が良いと思えることなのか、については、ぱっとは思いつかない。しかし、実際にそれを目の前にすれば、俺は選択できるはずだ。だって、感じる心があるのだから。そして、ジェリの依頼を受けようと思ったこと。それはまさに、この良いと思えることに該当する。


 「おはよう、ルーシー! ハァトお兄ちゃん!」

ギルドの扉が開き、甲高い少女の声が聞こえてきた。振り向かなくても、誰かは分かる。俺に良いと思えること、をもたらした人物がやってきた。

「おはよう、ジェリ。ちゃんと出発せずに待っていたぞ」

「……おはようジェリ。……あら、鍵、開いていたの?」

 俺より遅れてジェリに返事をしたルーシーは不思議そうに首を傾げた。その後、はっとして、俺の方に顔を向ける。俺は居心地悪い咳払いをするしかなかった。


 実は、朝起きて、食堂内をうろついていた際に、こっそり出発することを考えて、ギルドの扉の鍵を開くところまでいったのだ。しかし、ジェリとルーシーに黙って出発することは、できなかった。ジェリとは約束をしていたし、ルーシーには世話になっているからだ。その二つを無視して、行動してしまうことは、後ろ髪を引かれる気持ちになったのだ。……今から思えば、そこで足を止めたのも、勝手に出発してしまうことが、自分の良いと思えることではなかったから、だったのだろう。


 太陽が昇り、人の少なくなったコンラッドの街にも、僅かながらの活気が出始めてくる。そんな中、いつもは朝から開いているギルドの扉は、今日は珍しく閉まったままだった。その代わりに、二人の人影がコンラッドの街の入り口の門の傍に並んでいた。

 門の脇に設置されている警備兵の詰め所から出てきた俺に、その二人は声をかけてくれた。俺は頷くと、「戻ってくるよ」とだけ言って、両側に開いていく鉄の門を通り過ぎると、振り返らずに歩いて行った。


来週月曜更新!

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