七つ夢
ーーポチャ…落ちた雫から波紋が広がる。白い霞で辺りがけぶっている。ぼんやりと目に映る、色。赤、白、ピンク…水面に浮かぶ鮮やかな薔薇の群れ。終わりが見えないくらいに広い浴場で一糸纏わぬ私の身体が湯に浸かっている。
あれ?と思って首を傾げた。風呂はとっくに上がったはず。結局若菜とは一言たりと言葉を交わさないままだったけれど夕食も終えてちゃんと床に就いたはずだ。
と、いうことはあっちの世界か?
いや、まさか風呂場で眠ってそのまま更に遠くの世へ?それだけは勘弁願いたい。
ーーへぇ、本当に平野だなーー
ふと、耳に届いた声と確かな気配に振り向いた。一体いつから居たのだろう。白い湯気の中から見下ろす白い顔が確かになる。
うっ…
うわああぁぁぁああ!!!
バシャバシャと湯を掻き鳴らしながら私は大きく後ずさった。手応えのまるでない慎ましい胸元を両腕で覆いながら少し離れた位置の彼を睨みつける。
ななな何見てんだよッ!!
変態スケベナルシスト…!!
こんなにも動揺している私に反して向こう側の彼は表情ひとつ変えずしれっと言ってのける。自分だってありのままの姿だと言うのに。
ーー俺は【レオ】じゃなかったのか?ーー
ああ、そうだよ、変態スケベレオ!!
ーー変態スケベは外してくれねぇんだなーー
負けじと言い返すもなおも平然としている奴の態度に怒りがつのる。更に嘲笑うような笑みでこんなことまで…
ーー安心しろーー
ーーアンタの身体を見たところで特に何も芽生えはしないーー
そういう問題ではない。というか、余計なお世話だ。平野だろうが何だろうがこれでも今年で16歳、絶賛思春期真っ盛りなのだ。こんなこと許されるはずがない。私には抗議する権利はもちろん、訴訟を起こす権利だって十分にある。
ふざけんな!女風呂に入ってくるなんて…!!
ーーあっちでは男女別に入るのか?ーー
当たり前だろ!!
ーーあっちの常識をこっちに持ち込むなーー
ーーこっちは精神世界だぞ?ーー
ーー魂など皆平等に丸裸だと言うのに何を抜かす?ーー
ああ…うんざりした私は額を押さえながら白が埋め尽くす天を仰いだ。よく見ると湯気の隙間からわずかな藍色と星明かりが見える。どうやら露天らしい。
状況に似つかわしくないくらい幻想的な光景に目を奪われつつも思った。明らかにあっちとは異なる世界だと思ってはいたけれどまさかここまで埒が明かないとは…と。
ーーなぁ、アンタ…ーー
ふとレオの声がした。再び濃さを増した湯気のせいで表情はよく見えない。声はなおも言う。
ーー頼みがあるんだ。協力してくれねぇか?ーー
私は訝しげに眉をひそめる。遅れてあの妖精の二人の姿が脳裏をかすめた。
あの女の子もよくわからないことを言っていた。この世界の者は揃いも揃って一体何を望むと言うのか。よりによって私などに。
頼み事をするならまず内容から話すのが筋じゃないの?
私が低く言うと、ああ、とレオの小さな呟きが返ってきた。相変わらず姿のけぶった彼が言った。
ーー姫を助けてほしい…一緒にーー
姫…?
私は更に顔をしかめる。そして記憶を辿っていく。
遠い遠い場所にあったその欠片を見つけるまでには時間がかかった。むしろ見つけられたことが凄い、と自画自賛してしまう。
この世界へ渡った最初の日以来、彼女の姿は一度たりとも見ていないのだから。
助けるって…
何を、するの?
私は問う。レオの声が答える。
ーー魔法の力で導いてほしいーー
私、魔法とか…使えないよ?
ーーあるはずだーー
いや、ないって!
かぶりを振って拒否を示す。ますます霞んでいく彼に見えているかはわからないが。
あの森の奥の教会でも私はやけにファンタジックな格好をしていた。その姿を見てなのか妖精の少女は“魔法使い”と言った。
間違いなくそんなものに覚えはないはずだった。だけど何か胸の奥で疼いている。じんわりと恐怖を覚えるくらい。
ーーあの絵はまだ俺の手元にある…取り戻さなくていいのか?目をそらしていいのか?アンタ…ーー
ーー今に、自分を失くすぞ…?ーー
協力を求めているはずの彼から紡がれる言葉を不思議に思った。何故私のことを案じているの?
白い霞に完全に隠されてしまったレオ。不安さえ覚えた。
まるで、警告のように思えて。




