抉られた真意
図書塔の階段。
オリアナが見下ろすその位置は、まるで“裁きの場”のようだった。
「アイリーンさん。
そろそろ――終わりにしましょう?」
その声は甘く、しかし底に冷たい刃が潜んでいた。
私は息を呑む。
ケビンがそっと私の前に立つ。
「オリアナ嬢。
君が何を企んでいるか……そろそろ話してもらおう」
「まあ、ケビン様。
わたくしが何を企むというのです?」
オリアナは微笑む。
だが、その笑みは昨日までの“取り巻きの顔”ではなかった。
(この人……本当に、別人みたい)
「昨日のスープの件。
混入したのは配膳直前。
その時間に鍋に近づけたのは……君だけだ」
ケビンの言葉に、オリアナは肩をすくめた。
「証拠は?」
「匂いだよ」
階段の下から、キッドが現れた。
「魔法薬の残り香……君のハンカチから微かにした。
普通の生徒じゃ気づかないけどね」
オリアナの笑みが、わずかに揺れた。
「……魔法師団長の息子は厄介ね」
「褒め言葉として受け取るよ」
キッドは軽く笑ったが、その目は鋭い。
私は震える声で言った。
「どうして……どうして私を……?」
オリアナはゆっくりと階段を降りてきた。
その瞳は、氷のように冷たかった。
「あなたが邪魔だからよ」
「邪魔……?」
「殿下の視線を奪った。
エミリア様を不安にさせた。
そして――わたくしの“未来”を狂わせた」
「未来……?」
オリアナは初めて、仮面を完全に外した。
「殿下の婚約者の座。
エミリア様が座れないなら、次はわたくし。
それが当然の“序列”でしょう?」
私は息を呑んだ。
(そんな理由で……?
そんな理由で、私を……)
オリアナは続ける。
「あなたが現れたせいで、殿下の心が揺れた。
それが許せなかったのよ」
胸の奥が熱くなる。
恐怖ではない。
怒りでもない。
(私は……ただ、普通に学園生活を送りたかっただけなのに)
「オリアナさん……
あなたがどんな未来を望んでいたとしても……
私を傷つけていい理由にはならない」
オリアナの瞳が細くなる。
「平民のあなたに、何が分かるの?」
「分からないよ。
でも……だからって、誰かを踏みにじっていい理由にはならない!」
声が震えた。
でも、逃げなかった。
ケビンが小さく頷く。
「その通りだ、アイリーン」
キッドも言う。
「君は悪くない。
悪いのは、力を間違った方向に使った彼女だ」
オリアナは唇を噛んだ。
「……あなたたち、全員でわたくしを責めるのね」
「責めているのは事実だよ」
ケビンが冷静に言う。
「君がしたことは、犯罪に近い」
「犯罪……?」
オリアナの顔が青ざめる。
「わ、わたくしは……ただ……
殿下の隣に立ちたかっただけ……!」
その声は震えていた。
怒りでも憎しみでもなく――悲しみだった。
「エミリア様は弱い。
殿下に相応しくない。
だから……わたくしが……!」
「オリアナ……」
階段の上から、別の声がした。
エミリアだった。
涙で濡れた瞳で、オリアナを見つめていた。
「どうして……どうしてそんなことを……?」
「エミリア様……わたくしは……あなたのために……!」
「違うわ」
エミリアは首を振った。
「あなたは……自分のためにやったのよ」
オリアナの表情が崩れた。
「わたくしは……あなたの友達だと思っていたのに……
あなたは……利用していただけ……?」
「オリアナ……」
エミリアの声は震えていた。
「わたくし……あなたにそんなこと、望んでいない……!」
オリアナは後ずさり、壁に手をついた。
「いや……いや……そんな……!」
その姿は、もう“取り巻き”でも“黒幕”でもなかった。
ただ、迷い、崩れ落ちる少女だった。




