がらりと崩れた昼餐会
特別ランチの日。
学園中が少し浮き立っていて、私もその雰囲気に少しだけ救われていた。
(今日は……何も起きませんように)
そう願いながら、私は配膳係としてスープ鍋の前に立つ。
「アイリーン、緊張してる?」
イレーヌが笑いながら肘でつつく。
「う、うん……ちょっとだけ」
「大丈夫だよ。アイリーンはいつも通りでいいんだって」
その言葉に、少しだけ肩の力が抜けた。
だが――
その瞬間、背後から視線を感じた。
振り返ると、オリアナが微笑んでいた。
「アイリーンさん。今日のスープ、とても楽しみですわ」
「は、はい……ありがとうございます」
(なんだろう……この笑顔、怖い)
胸の奥がざわついた。
昼餐会が始まり、生徒たちが次々とスープを受け取っていく。
私は笑顔でお椀を渡しながらも、どこか落ち着かなかった。
(嫌な予感がする……)
そのとき――
「アイリーン、僕にも一杯もらえるかな」
振り向くと、クリストファー殿下が立っていた。
「殿下……! もちろんです!」
手が震えないように気をつけながら、スープをよそい、殿下に差し出す。
殿下は微笑んだ。
「ありがとう。君の手際は見ていて気持ちがいいよ」
「そ、そんな……!」
胸が熱くなる。
でも、その瞬間――
「アイリーン!」
鋭い声が飛んだ。
カールだ。
「その鍋、触るな!」
「えっ……?」
カールは私の手首を掴み、スープ鍋から引き離した。
「カール、どうしたの?」
「この匂い……おかしい。
アイリーン、これ……“魔法薬”の匂いだ」
「ま、魔法薬……?」
周囲がざわつく。
そこへ、キッドが駆け寄ってきた。
「カール、どいて。確認する」
キッドは鍋の縁に指を近づけ、魔力を流し込む。
次の瞬間、彼の表情が険しくなった。
「……これは、アレルギー誘発薬。
しかも、強力なやつだ」
「えっ……!」
「アイリーンが触れたら危なかった。
殿下が飲んでたら……もっと危なかった」
殿下は驚き、手に持ったスープを見つめる。
「これは……僕が飲んでいたら……?」
「殿下は軽いアレルギー持ちだろ。
最悪、呼吸が止まってた」
空気が凍りついた。
その沈黙を破ったのは、オリアナだった。
「あらあら……大変なことになりましたわね」
その声は、まるで他人事。
「オリアナ……あなた、何か知っているの?」
私が問うと、彼女は優雅に首を傾げた。
「わたくしが? まさか。
ただ……平民の方が扱う鍋ですもの。
何か混入していても不思議ではありませんわ」
「っ……!」
胸が締めつけられる。
その言葉は、私を“疑うように仕向ける”ためのものだ。
ケビンが一歩前に出た。
「オリアナ嬢。
その発言は、アイリーンを貶める意図があると受け取っていいのかな」
「まあ、ケビン様。
わたくしは事実を申し上げただけですわ」
その笑顔は、氷のように冷たかった。
クリストファー殿下が、静かに口を開いた。
「……誰かが、意図的に混入した。
それだけは確かだ」
殿下の声は震えていた。
怒りを押し殺しているのが分かる。
「アイリーンを傷つけようとした者を……僕は絶対に許さない」
その言葉に、胸が熱くなる。
でも同時に――
オリアナの瞳が、ほんの一瞬だけ揺れたのを私は見逃さなかった。
(やっぱり……この人が……)
確信に近いものが胸に芽生える。
「アイリーン、大丈夫か?」
カールが私の肩に手を置く。
「うん……ありがとう、カール。
あなたが気づいてくれなかったら……」
「当たり前だろ。
お前のこと、ずっと見てるんだから」
その言葉に、胸が跳ねた。
殿下も私を見つめていた。
「アイリーン。
君を守ると決めたのに……危険に晒してしまった」
「殿下のせいじゃありません……!」
私は首を振る。
(守られてばかりじゃ、だめだ)
そう思った瞬間、胸の奥で何かが決意に変わった。
(私……逃げない。
黒幕が誰であっても、向き合う)
その決意は、静かに、しかし確かに私の中で燃え始めていた。




