とどろく声、揺れる心
図書塔の静寂を破るように、エミリア様の怒声が響いた。
「アイリーン! あなた、殿下に何をしたの!」
その瞬間、胸がぎゅっと縮む。
怒りというより、恐怖に近い感情が喉を塞いだ。
「え、エミリア様……私は、何も……」
「嘘おっしゃい! 殿下があなたのことを気にかけているのは、学園中の噂よ!」
(噂……? そんな……)
私はただ転びかけただけ。
助けてもらっただけ。
それなのに――どうしてこんなことに。
エミリア様は階段を降り、私の目の前に立つ。
その瞳は、氷のように冷たかった。
「平民のあなたが殿下に近づくなんて、身の程知らずにもほどがあるわ」
「ち、近づいてなんて……!」
声が震える。
否定したいのに、言葉がうまく出てこない。
そこへ、鋭い声が割り込んだ。
「エミリア様。その言い方は、あまりに一方的ではありませんか」
ケビンだった。
彼は静かに、しかし確固たる態度でエミリア様の前に立つ。
「アイリーンは、殿下に助けられただけです。
それを“近づいた”と断じるのは、推測にすぎません」
「ケビン、あなたは宰相の息子でしょう?
平民を庇うなんて、どういうつもり?」
「事実を述べているだけです」
ケビンの声は冷静で、揺らぎがなかった。
その落ち着きが、私の心を少しだけ支えてくれる。
だが、エミリア様は引き下がらない。
「殿下が彼女を気にしているのは事実よ!
それがどれほど私を困らせているか、あなたに分かる?」
「困らせているのは、殿下の意思では?」
「……っ!」
エミリア様の顔が怒りで赤く染まる。
私は、ただ立ち尽くすしかなかった。
(どうして……どうしてこんなことに……)
胸の奥が痛い。
息が苦しい。
私は殿下に何かを求めたわけじゃない。
ただ、転びそうになっただけなのに。
「アイリーン、あなたは殿下に何か言われたの?
“守る”とか、“気にしている”とか……!」
「そ、そんなこと……」
言いかけた瞬間、別の声が重なった。
「――言ったよ」
図書塔の入口に、クリストファー殿下が立っていた。
「殿下……!」
エミリア様の顔が一瞬で青ざめる。
殿下はゆっくりと歩み寄り、私の前に立った。
「アイリーンは、何も悪くない。
困っていたから助けただけだ。
それ以上でも、それ以下でもない」
「で、でも殿下……! わたくしは……!」
「エミリア。君が不安になる気持ちは分かる。
だが、彼女を責めるのは筋違いだ」
殿下の声は優しいが、揺るぎない。
その言葉が、私の胸に温かく染み込む。
(殿下……どうして、そこまで……)
エミリア様は唇を噛み、震える声で言った。
「……殿下は、わたくしよりその平民の子を庇うのですか」
「庇うべき相手を庇っているだけだよ」
その瞬間、エミリア様の瞳に涙が浮かんだ。
「……もう、知りません!」
スカートを翻し、彼女は走り去っていった。
オリアナも慌てて後を追う。
図書塔には、静寂だけが残った。
私は殿下を見上げる。
「で、殿下……あの……」
「怖かっただろう。すまない、巻き込んでしまって」
「ち、違います……殿下のせいじゃ……」
「君が傷つくのは、僕が嫌なんだ」
その言葉に、胸が熱くなる。
(どうして……どうして殿下は、こんなにも……)
言葉にできない感情が、胸の奥で渦を巻く。
カールがそっと近づいてきた。
「アイリーン……大丈夫か?」
その声は優しくて、どこか切なかった。
私は、二人の視線の間で揺れていた。




