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第4章「スライム文明開花」

 住民が増えた。


 ユウトくんの後、転生者は月に二、三人のペースで降ってきた。毎回パターンは同じだ。空から降ってくる。看板を読む。やる気を出す。スライムの壁に囲まれる。困る。私がスープを出す。食べる。残る。


 もはや様式美だった。


 元商人のおじさんは「この立地は商売に最適」と言って残った。何を売るのかは謎だ。元占い師のお姉さんは「ここの星は読みやすい」と言って残った。星に読みやすいも読みにくいもあるのか。元なんとかの姫は「庶民の暮らしを体験してみたかったの」と言って残った。これを庶民の暮らしと呼んでいいかは微妙だけど、突っ込むのはやめておいた。


 住民が増えると、集落は勝手に大きくなった。


 元商人が物々交換の仕組みを作った。元占い師が天気予報を始めた(よく当たる)。元姫は意外と力仕事が得意で、スライムと一緒に建物を建てていた。みんな前世や前の世界のスキルを、ここでの暮らしに使っている。


 それは私も同じだ。エクセルはないけど、在庫管理の考え方は使える。議事録は取れないけど、話し合いの進行はできる。前世のスキルが異世界で活きている。まさか「会議の仕切り」が冒険より先に役立つとは思わなかった。


 ——で。


 会議といえば。


「第三回スライム議会を開催します」


 ユウトくんが司会をしている。私が議長に祭り上げられそうになったのを全力で辞退して、代わりにユウトくんが司会になった。高校の学級委員をやったことがあるらしい。前世の経験が輝いている。


 議場は広場の焚き火の前。出席者は色つきスライム十二匹、形変わりスライム五匹、人間の住民六人、そして天使さん。天使さんはオブザーバー参加だ。議決権はない。


「本日の議題は——農業用水の引き込みルートについてです」


 ユウトくんが議題をあげると、四角い茶色のスライム——レンガが、地面にルートの図を描いた。器用だ。石を使って線を引いて、水溜めから畑までの最短距離を示している。


 青いスライム——シズクが、ぷるぷると異議を唱えた。


「とおい。つかれる」


 第2段階まで進化すると、カタコトだけど言葉を話せるようになる。語彙は少ないけど、意見ははっきりしている。


 色が変わるのが第1段階。同じ仕事を続けて体の形まで変わるのが第2段階——天使さんが「形変わり」と呼んでいた。


 四角くなったレンガも、手のような突起が生えた料理スライムも、この形変わりスライムだ。


「最短ルートだと勾配が急で、水を運ぶシズクたちの負担が大きいと。なるほど」とユウトくんがまとめる。


 赤いスライム——ホムラが、ぽっぽと光った。


「まわる。ゆるい。らく」


「迂回ルートのほうが傾斜が緩やかで楽だと。距離は伸びますが——」


 元商人が手を挙げた。


「迂回ルートなら途中に貯水池を作れます。渇水対策になりますよ」


 元占い師が頷いた。


「来月は雨が少ないと星が言ってるわ。貯水池、あったほうがいいと思う」


 星がそう言うなら仕方ない。


 議論は三十分ほどで結論が出た。迂回ルート採用、途中に貯水池を設置、工事はレンガの指揮でスライムたちが担当。人間は資材運搬を手伝う。


「議長、承認をお願いします」


「え、私?」


「議長ですから」


 だから議長は辞退したのに。なし崩しだ。


「……承認します」


 スライムたちがぽよんぽよん跳ねた。承認されると跳ねるのは議会のお約束になっている。かわいい。


 足元のぷるるだけが跳ねていない。議決にも参加せず、私の隣でぷるぷるしている。議会に興味がないらしい。まあ、それもいいか。


 天使さんがオブザーバー席——焚き火のちょっと後ろ——でお茶を飲みながら、複雑な顔をしていた。


「……チュートリアルエリアに議会制民主主義が生まれるとは思いませんでした」


「私も思ってなかったよ」


「今日の報告書、どう書きましょう」


「『進捗:民主化』」


「それは進捗というか、文明の話ですよね」


 天使さんの報告書は最近、枚数が二桁に突入したらしい。上司に呼び出される頻度も増えたらしい。申し訳ないとは思う。ちょっとだけ。


 議会の後、水路の建設が始まった。


 レンガの指揮で茶色いスライムたちが地面を掘る。青いスライムたちが水を流して勾配を確認する。元姫が「土木工事って楽しいわね」と言いながら土を運んでいた。姫とは。


 三日で水路が完成した。貯水池もできた。青いスライムたちが水溜めから水を運ばなくてよくなって、シズクが「らく。うれしい」と跳ねた。


 水路ができると、畑が変わった。


 今まではスライムが一匹ずつ水を運んでいたから、畑は焚き火の周りのほんの小さな一画だった。それが水路沿いにどんどん広がっていく。薬草だけじゃなくて、草原に自生していた野草の種を植えてみたら、ちゃんと育った。


「保存できたらいいのになぁ」


 呟いた。収穫が一度に来ると食べきれない。


 翌日、土スライムたちが蓋つきの壺を作っていた。料理スライムが干し野菜を作り始めた。誰に言われるでもなく。


 保存食ができると、備蓄ができた。備蓄ができると、元商人が目を輝かせた。


「これは交易できますよ。——相手がいればの話ですが」


 相手はいない。ここはチュートリアルだ。でも仕組みだけは整っていく。


 天使さんが報告書を書きながらぼやいた。


「外の世界の小さな町より、ここのほうが備蓄が充実しているんですよ。チュートリアルがですよ。5分で通過する場所がですよ。報告書にどう書けばいいんですか」


「『進捗:備蓄』」


「もう何が進捗なのかわかりません」


 住民が増えて、スライムが増えて、天使さんの報告書だけが日に日に厚くなっていく。前世の私より書類仕事が大変かもしれない。


 天使さんがお茶を飲みながら、ぽつりと言った。


「……先日、勇者が三人がかりで魔王に挑んだそうです。手も足も出なかったと」


「三人で?」


「ええ。束になってもどうにもならない相手なんです」


 いつもの愚痴とは少し違うトーンだった。


 天使さんが翼を広げかけて、ふと止まった。何か言いかけた口が、閉じた。


「——なに?」


「いえ。……明日も来ます」


 飛んでいった。いつもは「スライムを倒してください」か愚痴で締めるのに、今日は何もなしだ。珍しい。


 まあ、天使にも調子の悪い日くらいあるだろう。


 チュートリアル生活、二ヶ月目。仕組みが回り始めた。


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