第96話 反逆のパトロン――例外の証明
王都郊外に広がる、広大な貴族の領地。
表向きは華やかな領主の館だが、その真の価値は地下にあった。
冷たい石造りの階段を下りた先。そこには、無数の武器や物資が整然と並ぶ、巨大な隠し工房が広がっていた。
「まさか、王都の地下牢獄を正面から破るとはな。相変わらず無茶をする、ディオル殿」
奥から現れたのは、仕立ての良い外套を羽織った壮年の男だった。
表向きは学園長コルセアの派閥に従順な貴族。だが裏では、異能者を資源化する国家の構造に反旗を翻し、ディオルの活動を密かに支援し続けてきたパトロン――ヴァレリウス伯爵。
「必要な物資は用意してある。これから向かう死地は、魔器を有する国家の最高戦力が相手だ。生半可な備えでは犬死にだろうからな」
ヴァレリウスの合図で、従者たちが重厚な木箱を開ける。
中に入っていたのは、極限まで物理的強度を高めた剣や槍、そして高度な魔法耐性を編み込んだ特殊な外套だった。
アルト、ユーク、クラウス、ラグがそれぞれの得物を手に取り、感触を確かめる。
これから向かうのは、国家の最重要機密である鉱山、大結晶。
そこに囚われた異能者たちを救うための、反逆の刃だ。
だが、ヴァレリウスの鋭い視線が、一行の最後尾で止まった。
「そこの少年。丸腰のようだが」
視線の先には、壁に背を預け、気怠げにポケットに手を突っ込んでいるレインの姿があった。
剣も杖も持っていない。その身から、歴戦の魔術師が放つような魔力の圧も感じられない。
「足手まといを連れて行く余裕はないはずだが」
ヴァレリウスの言葉は冷徹だが、命を懸けた支援者としての正当な懸念だった。
その言葉に呼応するように、ヴァレリウスの背後に控えていた護衛の一人が、無言で杖を向けた。
放たれたのは、風属性の中級魔法『ウィンドランス』。
直撃を避けた威嚇射撃。だが、常人なら反応すらできない速度の直線攻撃だ。
レインは、微かに瞳を細めただけだった。
避けない。防がない。
ただ、迫り来る風の槍の軌道という関係性を、視線で受け入れた。
直後。
レインの頬を掠めるはずだった不可視の槍が、不自然に直角に折れ曲がった。
空気を裂く鋭い風音が、明後日の方向にある分厚い石壁を穿つ。
弾いたのではない。軌道そのものが、初めからそこに向かっていたかのようにズレたのだ。
護衛が驚愕に目を見開く。
魔法の常識が、完全に崩壊した瞬間。
静まり返る地下工房で、レインは気怠げに首を鳴らした。
「俺は、そういうのは使わないんで。まあ、足手まといにはならないさ」
理屈も魔法陣の展開も一切ない、完全なる例外の証明。
ヴァレリウスの額を、一筋の冷や汗が伝い落ちる。
「ディオル殿。とんでもない化け物を引き入れたな」
「ああ。この理不尽な世界を壊すための、最高のジョーカーだ」
ヴァレリウスが深く息を吐き出し、口元に凶悪な笑みを浮かべた。
反逆者たちの装備は整った。
標的は、国家機密、大結晶。
世界を覆すための進軍が、いよいよ始まる。




