第95話 元騎士団長の告白――不可視の座標
王都の地下水路を抜け、冷たい夜風が吹き抜ける郊外の廃教会。
張り詰めていた死線の空気が解け、リュシアの光属性魔法による治療が一段落した堂内で、重苦しい沈黙が落ちていた。
「ルクスの言う通りだ。この国は、異能者を資源として消費している」
静寂を破ったのは、壁際に座り込んでいたディオルだった。
かつて王国最強と謳われた先々代騎士団長。その声には、拭いきれない後悔と重い疲労が滲んでいた。
「捕らえられた異能者たちが、どこへ送られるか知っているか」
ディオルの問いに、アルトが息を呑む。
守れなかった命。理不尽に奪われた者たちの行方。
「国の上層部しか知らない、国家機密の鉱山がある。名を、大結晶という」
その言葉が、冷たい刃のように一行の胸に突き刺さる。
「そこは、異能者を素材に変えるための巨大な工場だ。特殊な魔法陣を用いた儀式によって、生きた異能者たちが鉱石――魔器の核へと結晶化させられる」
「……狂っている」
クラウスが戦慄と共に呟く。
それが、コルセアの作り上げた魔法社会の本当の姿だった。
「コルセアの歪んだ支配を終わらせ、囚われた者たちを救うには、その大結晶を根絶やしにするしかない。だが」
ディオルはそこで言葉を区切り、重く首を振った。
「大結晶の場所は、最高位の隠蔽結界によって地図から完全に消し去られている。コルセア直属の部隊でなければ、座標を知ることは不可能だ」
絶望的な事実。
いくら覚悟を決めようとも、目的地が存在しないのでは戦いようがない。
堂内に再び重い空気が満ちかけた、その時だった。
「……探せます」
凛とした声が響いた。
立ち上がったのは、ミレアだった。薄紫色の瞳に、強い決意の光が宿っている。
「どんなに結界で隠そうと、そこに多くの命が集められ、巨大な魔力が動いているのなら、私が見つけ出します」
ミレアは堂内の中央に進み出ると、静かに目を閉じ、自身の意識を限界の深さまで沈めていった。
観測範囲を王都から外へ、極限まで押し広げる。
額に、じわりと汗が滲む。広範囲の観測は、彼女の思考に莫大な負荷をかけていた。膨大な世界の情報量が脳内に流れ込み、処理が追いつかなくなりかける。
(隠された魔力。命の、不自然な流れ)
情報の奔流を掻き分け、さらに深く、遠くへ。
やがて、ミレアの意識が一つの強烈な違和感を捉えた。
「見つけました」
ゆっくりと目を開いた彼女が、確信を持った声で告げる。
「王都から北西、険しい山脈の奥深く。そこだけ、世界の魔力が不自然に吸い込まれています。その内側には、数え切れないほどの異能者の気配が」
見えない座標が、ついに暴かれた。
「北西の山脈。あそこは確か、国の立ち入り禁止区域だ。なるほど、倫理は破綻しているが、地理的な辻褄は合う」
クラウスが分析するように顎を撫でる。
「上出来だ」
壁に背を預けていたレインが、気怠げに首を鳴らした。
手ぶらのまま、彼は自身の力を誇示するわけでも、大義を掲げるわけでもない。ただ飄々と、次なる不条理を壊すための前提を受け入れていた。
「目的地が分かったんなら、話は早い。さっさとその大結晶とやら、壊しに行くぞ」
例外たる少年の不敵な言葉に、一行の顔に確かな闘志が戻る。
反逆者たちの次なる標的が、定まった。




