第93話 反逆の狼煙――観測者の歓喜
七騎士の双璧が地を這い、通路を塞ぐ者はもう誰もいなかった。
地下牢獄の最上層。その突き当たりにある、王都の裏路地へと繋がる巨大な鋼鉄の扉。
「鍵は、内側からは開かない構造になっているな」
クラウスが忌々しげに扉を睨む。純粋な物理的強度と魔法耐性を誇る、最後の隔絶。
だが、レインは気怠げな足取りで扉の前に立つと、ポケットから片手を出した。
彼が干渉したのは、重厚な鋼鉄の扉と、それを支える壁との繋がり。蝶番とカンヌキの接触判定そのものを空間からズラし、消失させる。
重厚な金属音が響き、数十トンの重量を持つ鋼鉄の扉が、ただの鉄の板として外側へ倒れ込んだ。
開け放たれた四角い空間から、眩しいほどの外光と、冷たい夜風が流れ込んでくる。
「本当に出鱈目なヤツだ」
カインが呆れたように笑い、暗い地下から外へと歩み出す。
ルクスに肩を貸されたディオルも、眩しそうに目を細めて夜空を見上げた。
アルト、クラウス、ミレア。全員が、張り詰めていた死線の空気を吐き出し、深く息を吸い込む。
「これで終わりではない。むしろ、ここからが始まりだ」
ルクスが、静かに、だが確かな熱を帯びた声で告げた。
七騎士の離反。特級異能者の奪還。そして、国家の裏に隠された魔器の真実を暴く戦い。
それは、この歪んだ魔法社会に対する、明確な反逆の狼煙だった。
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同じ頃。王都にそびえる学園の、最上階に位置する学園長室。
豪奢な装飾が施された部屋には、芳醇な紅茶の香りが漂っていた。
「以上が、地下牢獄における報告のすべてです」
冷徹な声で状況を伝えたのは、騎士団副団長レオニス。
感情の読めない瞳で、一枚の羊皮紙を机に置いた。
「炎獄と水牢の両名が敗北。ディオル・セイン、および特級異能者が奪還されました。さらに、光刃の完全な離反を確認。特筆すべきは、対象である少年レイン・ヴェリスの能力です」
レオニスの報告は、常軌を逸していた。
高位の魔法結界を素手で引きちぎり、トラップの魔法陣を投擲し、相反する極大魔法の軌道をねじ曲げて同士討ちさせたという、一切の理屈が通らない物理と魔法の蹂躙。
だが。
アンティークのティーカップを傾けていたコルセア・フェルドは、怒るでも焦るでもなく、ただ静かに喉を鳴らした。
「……ふふ、素晴らしい」
その顔に浮かんでいたのは、極上の芸術品を見つけたかのような、歪で純粋な歓喜の笑みだった。
「私が作り上げたこの完璧な魔法社会において、魔器にすら変換できない完全な規格外。世界が定めた結果のすべてを拒絶する、愛おしいほどの例外」
コルセアはカップを置き、窓の下に広がる王都の夜景を見下ろした。
「再現できないものを理解し、そして支配する。それこそが、私の至上の喜びだ」
穏やかな微笑みの中に覗く、深淵のような支配欲。
絶対的な権力と魔器の創始者たる男は、反逆者たちの逃走を、ただただ優雅に楽しんでいた。




