第88話 光の幽閉――反逆の正義
絶対の防壁をすり抜け、一行は王都地下牢獄の最下層へと足を踏み入れた。
冷たく湿った空気が肌を刺す。ディオルたちが囚われているはずの最奥へと続く薄暗い通路の途中で、ミレアがふと足を止めた。
「この先の独房に、ひどく強力な魔力が封じられています」
彼女の探知に従い、通路の横に設けられた一際厳重な檻へと視線を向ける。
特殊な魔力障壁に覆われたその中にいたのは、両手足を太い鎖で壁に縫い付けられた一人の男だった。
「お前は」
アルトが即座に身構え、拳に赤紫色の雷光を走らせる。
そこに繋がれていたのは、かつて彼らの前に立ちはだかった七騎士の一角。光刃ルクスだった。
「警戒する必要はない。今の私には、お前たちを捕縛する任務も、その意志もない」
ルクスは力なく顔を上げ、自嘲気味に笑った。
その眼差しに、かつて刃を交えた時にあったような、揺るぎない正義の光はない。
「私は知っていた。我々が振るう魔器が、同胞である異能者の命から作られているという事実を。それは国を守るための必要悪なのだと、自らに言い聞かせていた」
ルクスは血のにじむ唇を強く噛み締める。
「だが、この最下層に落とされ、私は見てしまったのだ。かつて私が、辺境の村で魔物の群れから命懸けで守り抜いた小さな子供が。生きたまま、魔器の素材としてすり潰されていく光景を」
ルクスの声には、深い絶望と怒りが滲んでいた。
彼が人生を懸けて守ろうとした正義は、国の兵器工場へ素材を送り届けるための、ただの欺瞞に過ぎなかった。
「お前たちは、何を信じて戦う。この絶望的に歪んだ国を相手に、いかなる大義を掲げるというのだ」
ルクスの問いに、アルトが静かに、だが力強く答えた。
「大義なんてない。ただ、もう二度と目の前で誰かが奪われるのを、指をくわえて見ているのは御免なだけだ」
守れなかった過去。その呪縛を断ち切るための、真っ直ぐな意志。
そして、レインが面倒くさそうに首を鳴らした。
「大層な理由なんてないさ。ただ、あいつらの勝手な理屈で、俺の周りが理不尽に奪われるのが、どうにも我慢できないだけだ」
世界を救う高尚な思想などない。だが、自らの手の届く範囲の人間が不条理に踏みにじられることだけは、絶対に許容しない。
理屈よりも感情と実利を優先する。それが、世界の理から外れた例外の在り方だった。
淀みのない二人の瞳を見て、ルクスは小さく息を吐いた。
「偽りの正義に縋り、完璧な駒としてここで朽ちるくらいなら。反逆の汚名を着てでも、私は私の光を見出したい」
ルクスが、かつての敵に真っ直ぐな視線を向ける。国家への反逆を決意した瞬間だった。
「助けてくれるか、例外の少年」
「いいぜ。あんたがいれば、色々と都合がいい」
レインは魔力障壁の前に立ち、無造作に手を伸ばした。
彼が干渉したのは、ルクスを戒める鎖と壁の繋がり。そして、障壁の接触判定だ。
重厚な金属音が響き、ルクスを縛っていた全ての理不尽が、空間から滑り落ちるように外れ去った。
「感謝する。私の剣は、お前たちのために振るおう」
かつての敵にして、国家最高戦力の一人。
頼もしい光の騎士を列に加えた一行は、ついに全ての目的が待つ最奥の檻へと歩みを進めた。




