第84話 追跡の刻印――双璧の急襲
奪取した巨大な結晶と共に、一行は境界の地下都市へと帰還を果たした。
レジスタンスの拠点には、かつてないほどの歓声が響き渡る。国家の野望たる人工神の心臓を奪い取ったという事実は、暗がりに生きる反逆者たちにとって最高の希望だった。
厳重な防壁の奥、保管エリアへと結晶が運び込まれる。
死線を潜り抜けたアルトやユークが壁際で息を吐き、ようやく肩の力を抜いた。
だが、ただ一人。ミレアだけは微かに眉をひそめ、薄紫色の瞳を結晶へ向けていた。
「おかしいです」
彼女の口から漏れた微かな声に、レインが視線を向ける。
「この結晶から、不自然な魔力の脈動を感じます。周囲の空間に、何かを規則的に発信しているような」
その言葉に、クラウスの表情が即座に険しくなった。
手にした杖を振るい、空中に幾重もの複雑な術式を展開する。人工的な魔法陣が結晶の周囲を取り囲み、その構造の最深部を暴き出していく。
青白かった魔法陣の光が、突如として禍々しい赤色に明滅した。
クラウスの顔から、完全に血の気が引く。
「まずい……! これは位置情報を送り続ける刻印だ!」
「発信機だと。すぐに解除しろ!」
バルガスが叫ぶが、クラウスは奥歯を強く噛み締めた。
「無理だ。術式が結晶の核と完全に同化して編み込まれている。強引に解除しようとすれば、結晶に刻まれた臨界状態のバランスが崩れて、この都市ごと吹き飛ぶ」
国は、万が一心臓が奪取された際の追跡手段と防衛機構を、最初から完全に仕込んでいたのだ。
「総員、即座に戦闘態勢をとれ。急いでここから離れ――」
ディオルが司令室に響き渡る声で指示を飛ばした、その時だった。
視界が、純白に染まった。
地下都市を囲む、何重にも施されたはずの堅牢な岩盤の防壁。それが外側から放たれた規格外の熱量によって、一瞬にして蒸発した。
鼓膜を破るほどの爆圧と、肌を焦がす超高熱の暴風が、閉鎖空間である地下都市を蹂躙する。
強固な岩石がドロドロの溶岩となって降り注ぎ、逃げ遅れたレジスタンスの兵士たちが熱波によって為す術もなく吹き飛ばされていく。
燃え盛る業火の壁。
融解した岩壁の向こうから、二つの影がゆっくりと歩み出てきた。
一人は、周囲の空気を焼き焦がす圧倒的な火力の象徴。
もう一人は、その業火の中でも一切の揺らぎを見せない、冷徹な静謐。
「鼠どもが。よくも俺たちの玩具を盗んでくれたな」
口元を歪め、手のひらで極大の熱源を弄ぶ男。炎獄ヴァルガ。
足元から広がる炎が、周囲の施設を無差別に舐め尽くし、兵士たちの退路を容赦なく燃やし尽くしていく。
「一つ残らず拘束しなさい。抵抗する者は、灰になっても構いません」
ヴァルガの生み出す動の暴力に対し、氷のように冷たい声が響く。
もう一人の七騎士、水牢セリス。
彼女の周囲から無数の水の鎖が蛇のように這い出し、炎から逃れようとする兵士たちの四肢を、寸分の狂いもなく的確に縛り上げていく。
すべてを焼き尽くす無差別の炎と、すべてを捕縛する完全な拘束。
国家が誇る最高戦力、その双璧による絶望の包囲網が、反逆者たちの拠点を完全に呑み込もうとしていた。




