第83話 積載された劫火――心臓の奪取
壁に深くめり込み、完全に沈黙したガドラムの巨体を背に、一行は車両の中央へと歩み寄った。台座に固定された巨大な多角形の結晶が、不気味なほどの存在感を放ちながら鎮座している。
結晶の内部では、どす黒いまでの密度を持った魔力が、生き物の心臓のように一定の周期で明滅している。その場に立っているだけで、肌を刺すような魔圧と、精神を直接掻き乱されるような不快な波動が全身を襲う。
「これが、デミウルゴスの心臓か。どれだけの命を注ぎ込めば、こんな化け物ができるんだ」
アルトが忌々しげに吐き捨て、雷光を纏わせた拳を固める。だが、その拳が振り下ろされる前に、クラウスが鋭い声で制した。
「待て、アルト。それに触れるな」
クラウスは即座に幾重もの解析魔法を展開し、空中に浮かび上がる魔力の構造図を凝視する。その顔は、見る間に青ざめていく。
「壊せないのか」
ユークの問いに、クラウスは苦渋に満ちた表情で首を横に振った。
「壊せないんじゃない。今この場で衝撃を加えれば、僕たちは全員消し飛ぶ。この結晶は魔力を蓄積しているだけじゃない。極限の臨界状態で無理やり安定させているんだ。下手に外殻を傷つければ、内包された規格外の魔力が一気に暴走を始める。そうなれば、この列車はおろか、周囲数キロメートルを灰にするほどの大爆発が起きるぞ」
短時間での精密な魔力分解は不可能。かといって、このまま列車を走らせれば、結晶は間もなく王都へと届けられ、人工の神が完成してしまう。
「なら、奪うしかないな」
レインが静かに一歩前へ出た。
結晶は車両の強固な基部と魔力的な回路で連結されており、物理的な手段で引き剥がそうとすれば、致命的な衝撃を与えかねない。
レインは結晶を支える重厚な台座の接合部へ、無造作に手をかざした。
台座と床が繋がっているという事象の境界を見定め、そこへ自身の力を流し込む。物理的な切断ではなく、台座がその場所に固定されているという理そのものを、空間から切り離した。
直後、金属が擦れる音すら立てず、巨大な結晶は台座ごと床から数センチほど浮き上がった。重力や摩擦といった物理法則から一時的に切り離されたそれは、今や指先一つで動かせるほどの無重力の塊と化していた。
「信じられないな。あの質量の固定を、一瞬で無効化するとは」
クラウスが感嘆の声を漏らす余裕すら与えず、レインは後衛へ視線を投げた。
「ラグ、壁を。回収ポイントまで時間が無い」
了解、と短く応じたラグが、両手を前方へ突き出す。圧縮された凄まじい暴風の塊が放たれ、装甲列車の側壁を内側から強引に消し飛ばした。
吹き荒れる風と共に、夜の荒野の景色が露わになる。
「せーので押すぞ!」
アルトの合図に合わせ、全員が浮遊する巨大な結晶へと手をかけた。
走行する列車の慣性を無視するように、レインの力によって滑るように移動した結晶が、夜の闇へと放り出される。
荒野の地表に設置された、レジスタンス特製の巨大な衝撃緩衝材の上へと結晶が着弾する。即座に待機していたバルガスたちの運搬車両が群がり、手際よく結晶を回収していく光景が遠ざかっていく。
「俺たちも行くぞ!」
アルトの叫びと共に、一行は次々と疾走する列車から身を投げた。
リュシアの魔法で落下の衝撃を殺し、地面を転がって体勢を立て直す。
背後では、心臓を失ったままの装甲列車が、主を失った巨獣のように夜の向こう側へと虚しく走り去っていった。
国家の野望の核を、その手で奪い取った。
これが更なる激化の合図になることを予感しながらも、反逆者たちは暗闇に紛れ、レジスタンスの拠点へと引き返していった。




