第77話 境界の指導者――死んだはずの男
バルガスに先導され、峡谷の岩肌に偽装された重厚なゲートを潜り抜けた一行は、思わず足を止めて息を呑んだ。
そこは、ただの野営地などではなかった。
地下深くに広がる巨大な空洞には、迫害から逃れてきた異能者たちの活気ある居住区と、元軍人たちが練り上げた堅牢な軍事施設が融合していた。規則正しく並ぶ防壁、効率的に配置された物資の数々。
「驚いたな。これほどの規模の地下都市を、国の監視網を躱して築き上げるとは」
クラウスがその組織力に舌を巻く。
彼らは厳重な警備をいくつか通り抜け、最奥に位置する作戦司令室へと通された。
広い部屋の中央にある大きな作戦机。そこには地図や大量の資料が広げられ、一人の男が背を向けて立っていた。
白髪交じりの髪を後ろで束ねた、初老の男。だが、その背中からは老いなど微塵も感じられない、歴戦の風格と底知れぬ威圧感が漂っていた。
「頭、例の学生たちを連れてきましたぜ。特務や七騎士を退けたってのは本当らしい。良い面構えをしてやがる」
バルガスが声をかけると、男は「そうか」と低く応じ、ゆっくりと振り返った。
皺の刻まれた顔に、歴戦の鋭さとどこか飄々とした空気を併せ持つ男。
彼が反逆者たちの顔を値踏みするように見渡した、その時だった。
常に平坦で、どんな危機を前にしても感情を揺らさなかったレインの瞳が、限界まで大きく見開かれた。
彼が小さく息を呑む音が、静かな部屋に響く。
「……じいちゃん?」
その言葉に、部屋の空気が一変した。
アルトが素っ頓狂な声を上げ、ユークが目を丸くしてレインと初老の男を交互に見る。
「は? じいちゃん?」
「えっ、知り合い!?」
初老の男もまた、レインの顔を見た瞬間に目を丸くし、作戦机に手をついて身を乗り出した。
「お前、レインか!? なんでこんな所にいる!?」
国を揺るがすレジスタンスの指導者と、冷徹な異能の少年。
緊迫した対面になるはずが、二人は互いに指を差し合い、まるで迷子センターで再会した身内のような間抜けな声を上げていた。
「なんでって、国に追われてるからだ。あんたこそ、急にいなくなるから、とっくに死んだものだとばかり思ってたぞ」
「馬鹿野郎、俺がそう簡単に死ぬか。お前がある程度一人で生きていけるようになったから、こっちの活動に集中しようと思ってな。後で落ち着いたら迎えに行くつもりだったんだ。それなのにお前、なんでよりによって国の軍学校なんかに入ってんだ」
「あんたが昔、学園の話をしてたからだ。行く当てもなかったし、どうせならと思って入っただけだ」
不満げに口を尖らせるレイン。その様子は、いつもの戦闘における冷たい姿ではなく、ただの年相応の少年に見えた。
思いがけない再会に、バルガスすらも呆気にとられ、アルトたちは完全に毒気を抜かれて肩から力を抜いていた。
「……たく、驚かせやがって。だが、そうか」
老人が大きなため息をつき、それから豪快に笑い出した。
「幼い頃から少しばかり奇妙な力を見せてはいたが、まさかあの七騎士を退けるほどに育つとはな。見事だ、レイン」
実の孫に対するような、誇らしげな眼差し。
彼は笑いを収めると、改めて姿勢を正し、指導者としての顔つきでアルトたちを見渡した。
「よく生きて俺のところまで辿り着いたな、レイン。それに、優秀な仲間たちも。俺はディオル・セイン。この境界の反乱軍を束ねている」
ディオルが力強く手を差し出す。
「お前たちが国から何を奪い、何を企んでいるのか。そして、俺たちが何を成そうとしているのか。腹を割って話そうじゃないか」
死んだと思っていた育ての親が、レジスタンスのトップだった。
運命的な合流を果たした反逆者たちは、ここに初めて、国家という巨大な敵に対抗しうる強固な足場を手に入れたのだった。




