第76話 接触ーー境界の山猫たち
数日の過酷な移動の末、レインたちは王国の監視網が薄くなる国境付近、険しい岩肌が連なる峡谷地帯へと足を踏み入れた。
吹き抜ける乾いた風が、荒涼とした景色を撫でていく。
歩みを進める最中、目を閉じていたミレアが密かにレインとクラウスへ耳打ちをした。
「前方の岩陰と高台に、複数の伏兵がいます。私たちの動きを完全に捕捉していますね」
ミレアの探知が、息を殺して潜む部隊の配置を正確に暴き出していた。しかし、クラウスは足を止めず、小さく頷きを返す。
「分かっている。軍の追撃部隊ならとっくに仕掛けてきているはずだ。殺気もない」
「あえて罠に入り、向こうから接触させる」
レインの短い決断に、仲間たちは歩調を崩すことなく、伏兵の待つ峡谷の開けた場所へと無防備に足を踏み入れた。
その瞬間、地形を利用した包囲網が完成した。
岩陰から、そして見下ろす崖の上から、一切の音も立てずに複数の銃口や魔力の照準が一行に向けられる。
王国軍のような画一的な動きではない。徹底的に気配を殺した、ゲリラ戦に特化した立ち回りだ。
「そこから一歩でも動けば、急所を撃ち抜く」
岩の上から、くぐもった声が響いた。
その警告に対し、レインは武器を持たない両手を自然に下ろしたまま、ゆっくりと一歩前へ踏み出す。
直後、乾いた破裂音が峡谷に響いた。
警告を無視したレインの足元を狙い、牽制の魔力弾が放たれたのだ。
だが、レインの足元に弾着するはずだったその一撃は、彼に当たる数メートル手前で不自然に軌道を逸らし、明後日の方向の岩肌を虚しく穿った。
「……空間が歪んだぞ。魔法じゃない、なんだ今の能力は」
包囲網の中から、動揺のざわめきが漏れる。
レインは弾道をズラした事実を誇示することもなく、伏兵たちが潜む岩山を見上げて淡々と告げた。
「撃ち合いたいなら付き合うが、俺たちは国に追われている。あんたたちと同じだ。話が通じる奴を出せ」
張り詰めた沈黙が下りる。
やがて、包囲の正面にあたる岩陰から、一人の男が姿を現した。
歴戦の凄みを漂わせる、筋骨隆々の大柄な男だった。顔の左半分には獣に引き裂かれたような深い傷跡が走り、鋭い隻眼が値踏みするようにレインたちを見下ろしている。
どう見てもただの逃亡者ではない。かつて軍の第一線で修羅場を潜り抜けてきた、生粋の元将校の面構えだ。
男はレインの堂々とした態度と、背後で一切の動揺を見せないアルトたちを交互に見比べ、やがて喉の奥で低く笑った。
「なるほど。特務の猟犬部隊を壊滅させ、挙句の果てに七騎士とやり合って生き延びたという命知らずの学生どもか。まさか、こんなガキの集まりだったとはな」
彼らは独自の情報網を持ち、すでにレインたちの戦果を把握していた。
男が片手を上げると、周囲に展開していた兵士たちが一斉に銃口を下ろす。
「俺はバルガス。この境界地帯の忌まわしい反乱軍で、部隊長を任されている」
隻眼の男は不敵な笑みを浮かべたまま、レインたちに顎で合図をした。
「ついて来い、学生ども。お前らが国から何を盗み出し、何を求めてここへ来たのか。うちの頭が、直々に話を聞きたいそうだ」




