第75話 暴かれた設計図――反抗の種火
地下施設を脱出し、昼夜を問わず険しい獣道を駆け抜けた一行は、王国の追跡網から外れた深い森の奥、朽ちかけた岩穴の中でようやく足を止めた。
クラウスが入り口に幾重もの隠蔽と警戒の結界を張り終えると、張り詰めていた糸が切れたように、全員が冷たい地面へとへたり込む。
薄暗い空間の中、リュシアの両手が淡い光を放ち、アルトやユークの身体に刻まれた深い傷を順番に塞いでいく。だが、肉体の損傷が癒えても、彼らの心に落ちた重苦しい影までを拭い去ることはできなかった。
「あの中に、私も」
膝を抱えたミレアが、震える声でぽつりとこぼす。
濁った液体の中で、生きたまま肉体を結晶へと変えられていた若者たち。もし自分が捕まっていれば、間違いなくあの場所に並べられていた。その生々しい恐怖が、彼女の肩を小さく震わせていた。
レインは何も言わず、ただミレアの隣に腰を下ろした。
気の利いた慰めの言葉など、彼は持ち合わせていない。だが、静かにそこにとどまる彼の存在そのものが、何よりの証明だった。
「クラウス。例のデータは読み解けそうか」
ユークの問いかけに、壁際で携帯型の魔道具を操作していたクラウスが、重々しく頷いた。
指先から魔力が注がれ、岩穴の空中に複雑な図面や文字の羅列が投影される。
「結論から言うと、僕たちが見たあの地下施設は、氷山の一角に過ぎない。この国には、あれと同規模の養殖施設がまだいくつも稼働している」
「何だって。どんだけ人を犠牲にすりゃ気が済むんだよ」
アルトが拳を強く握りしめる。
「問題は、なぜ国がこれほどまで膨大な異能の結晶を必要としているかだ。深層データに、あるプロジェクトの名称が記されていた。コードネーム『デミウルゴス』」
「デミウルゴス」
「ああ。設計図の断片を見る限り、それは特製の魔導ゴーレムを素体とした国家規模の巨大兵器だ。複数の特殊な魔器を中核に埋め込み、ありとあらゆる異能を単体で行使する。いわば、人工の神を造り出そうとしている」
あらゆる異能を行使する巨大兵器。
その途方もない狂気に、全員が息を呑んだ。
「そして、そのデミウルゴスの動力システムと、異能の多重統合に関する基礎理論。それを構築したのが、学園長コルセアだ」
自分たちが身を置いていた学園のトップの名に、アルトが弾かれたように顔を上げた。
「待ってくれ。いくらなんでも、学園長が自らそんなことを望むはずがない。きっと、国の上層部に無理やり利用されてるんだ」
「僕もそうであってほしいと願っている」
クラウスは冷徹に、しかし僅かに声のトーンを落として告げた。
「だが、彼の理論がこの狂気の中核を担っているのは揺るぎない事実だ。彼が被害者なのか、共犯者なのか。今の僕たちには、彼を手放しで信用することはできない」
沈黙が落ちる。
逃げているだけでは、いずれデミウルゴスの完成と共に、この国そのものに押し潰される。
「だが、絶望するような情報ばかりでもない」
クラウスが空中のパネルを切り替える。そこに映し出されたのは、無数の名前と座標のリストだった。
「国がまだ捕捉できていない異能者たちのリストだ。当初はただ迫害から逃げ惑っているだけかと思ったが、動きの痕跡を辿ると、ある法則性が見えてくる。彼らは散り散りに逃げているんじゃない。特定の指揮系統のもとで、水面下で集結しつつある」
「集結。誰かが、異能者を匿ってるってことか」
「おそらくね。リストには異能者だけでなく、軍の腐敗に反発して脱走した元高官たちの名前も散見される。つまり、弱者の集まりじゃない。高度な訓練と戦術を持った元軍人が主導する、明確な反体制組織がすでにこの国内に存在している」
クラウスが、地図上にある国境付近の険しい山岳地帯を指差した。
「彼らの拠点は、おそらくこの境界地帯のどこかだ。僕たちだけで国の中枢を叩くのは不可能に近い。だが、彼らと情報や戦力を共有できれば――」
「向かおう」
クラウスの言葉を遮り、ずっと黙っていたレインが短く応じた。
壁に寄りかかっていた背を離し、迷いのない平坦な瞳で仲間たちを見渡す。
「国の大義だの、人工の神だの、そんなものはどうでもいい。だが、そいつらが俺たちの命を狙い続けるなら、叩き潰す必要がある。利用できるものは全部使う。俺たちが生き残るためにな」
誰の下につくつもりもない。あくまで自分たちの生存のために、反逆の軍勢を利用する。
レインのエゴイスティックな決断に、仲間たちの顔に微かな生気が戻る。
彼らの次なる目的地は、反抗の種火がくすぶる境界地帯へと定まった。




