第69話 偽装の廃墟――冷たい鉄の扉
猟犬の本体を仕留め、防衛線を瓦解させた一行は、増援が到着する前に険しい山林地帯を一気に駆け抜けた。
木々が途切れ、開けた山肌に出たところで、クラウスが足を止める。
「ここだ。座標は間違いない」
クラウスが指差した先には、岩壁に埋もれるようにして建つ石造りの砦があった。
だが、それはあまりにも古びていた。屋根は崩れ落ちて苔が生い茂り、周囲には動物の骨が転がっている。誰の目から見ても、数十年前に放棄されたただの廃墟だった。
見張りの姿も、人の気配すらない。
「おいおい、本当にここか。どう見てもただのボロ屋じゃねえか。国の極秘施設ってツラじゃねえぞ」
ラグが不満げに周囲を見回す。ユークも剣の柄に手をかけたまま、怪訝な顔で廃墟を睨んだ。
しかし、目を閉じていたミレアが、ゆっくりと首を横に振った。
「騙されないでください。この廃墟は、ただの蓋です」
地表の偽装を透過して、ミレアの探知が深淵を覗き込んでいた。
「この地下数十メートルの深さに、莫大な魔力が供給されている巨大な施設が広がっています」
「地下施設か。やはり、本局の物資輸送データは生きていたか」
クラウスが眼鏡を押し上げる。だが、ミレアの顔色は優れず、さらに言葉を続けた。
「奇妙です。施設は間違いなく稼働しているのに、歩き回っている人間の生体反応が極端に少ない。その代わりに、いくつもの部屋に分かれて、動かない生体反応が規則正しく無数に並んでいます」
動かない生体反応。その不気味な響きに、一行の間に冷たい緊張が走った。
「入り口を探そう」
アルトの声に、イリスが音もなく廃墟の中へと滑り込んだ。
崩れた瓦礫の配置や、僅かな空気の流れを的確に読み取り、数分も経たずに廃墟の奥まった壁面を指差す。
ユークとアルトが覆い被さっていた瓦礫を退けると、岩壁にカモフラージュされた重厚な鉄の扉が姿を現した。
「見事な偽装だ。だが、扉には物理ロックと魔力感知の警報陣が何重にも刻まれている。解除式を組むには、少し時間が――」
クラウスが術式を解析しようと前に出た瞬間、レインが無言で横を通り過ぎ、鉄の扉に直接手を触れた。
カチャリ、と。
鍵穴の内部構造と、魔力陣の接続経路だけが、空間的にわずかにズレる。
警報を鳴らすことすらなく、重厚なロックが一瞬で機能を停止した。
「よし、入るぞ」
レインがそのまま重い扉を押し開ける。
開かれた暗闇の奥から、冷たい風が這い出してきた。
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地下へと続く長い螺旋階段を降りていくにつれ、周囲の空気が変わっていく。
地上の苔や土の匂いは消え去り、無機質で冷たい鉄の匂いと、鼻を刺すような強い消毒液の匂いが満ちていく。そして、その奥底にこびりついている微かな血の匂い。
先ほどの戦闘の熱はとうに冷め、代わりに闇の底へ引きずり込まれるような静寂が一行を包み込む。
やがて階段が終わり、真っ暗な通路を抜けた先。
最初の開けた空間へと足を踏み入れた。
足音に反応し、天井の魔力灯が青白い光を放つ。
その瞬間、部屋の全貌が照らし出された。
「……なんだ、これは」
ユークが呆然と呟いた。
広大な部屋の壁一面に、巨大な円筒形のカプセルが、何十、何百と規則正しく並べられていた。
そのすべてが、太い魔力ケーブルと管で施設の動力部と繋がっている。
アルトが、最も近くにあったカプセルに歩み寄る。
濁った保存液で満たされたガラスの奥。そこに浮かんでいたのは、無数の管を身体中に繋がれた人間の若者だった。
「おい、嘘だろ」
アルトの喉から、絶望が混じったような声が漏れる。
液体の中で眠るように目を閉じている若者の肉体は、すでに人間のそれとは呼べない状態になっていた。
首から下の右半身が、完全に透き通った結晶へと変換されていたのだ。
皮膚も、筋肉も、骨格すらも。
彼らを襲った連中が持っていた魔器の核と全く同じ、悍ましくも美しい鉱石の姿へと。
「生きて、いるのか」
クラウスが歩み寄り、計器を確認する。
微弱な心音と、魔力の波長。彼らはまだ死んでいない。生かされたまま、強制的にその命を削り、結晶へと作り変えられているのだ。
異能者は、魔器の材料。
焚き火の前で語られた最悪の仮説が、揺るぎない現実として彼らの前に突きつけられた。




