第63話 絶対の矛――流転する関係性
無数の魔力の針が、石の床に突き刺さり、光の粒子となって霧散していく。
誰も傷ついていない。その結果を前にしても、男の表情に変化はなかった。
(未知の異能。魔力の発生も、術式の構成も読み取れない)
冷徹な思考が回転する。異能者を管理してきた男にとって、理解できない力そのものは珍しくない。だが、分類できないことは別だ。
「なるほど。それがお前の異常か」
腰の魔器の核が、不気味な脈動を始めた。限界を超えた魔力が注ぎ込まれ、処置室の空気が青白く発光する。
「だが、どれほど優秀な防壁も、処理できる情報量には限界がある」
空間に展開された針の数が、数百から数万へと膨れ上がった。部屋の隅々までを埋め尽くす、致死の嵐。
その光景を背後から見つめながら、クラウスは微かに息を呑んだ。
(大会の時とは次元が違う)
以前のレインが干渉できたのは、自分の周囲のごく限られた範囲だけだった。だが今は違う。ユーク、イリス、ラグ、クラウス自身を含めた広範囲の空間。そのすべてにかかる接触という関係性を、レインは同時に認識し、干渉している。
(必要に駆られて、その領域に踏み込んだだけだ)
論理を重んじるクラウスにとって、それは魔法という学問の前提を根底から壊す現象だった。
だが男の狙いは、レインのその広げすぎた守りにあった。
「守るものが多すぎるな」
男が指を振り下ろす。数万の針のうちの数千本が、レインたちではなく頭上の天井と石柱に向けて一斉射出された。
岩盤が抉られる。処置室を支えていた構造が粉砕され、数トンにも及ぶ瓦礫の雨が頭上から降り注ぐ。
全方位から迫る針。頭上から降り注ぐ瓦礫。二つの異なる攻撃が同時にレインの処理を圧迫する。
「レイン!」
ユークの叫び。
だがレインは静かだった。
(全部をズラす必要はない)
上から落ちてくる岩。前後左右から迫る針。すべての関係性を同時に処理すれば限界を超える。だが、使えるものは使う。
レインが、虚空を撫でるように右手を動かした。
軌道をズラす。ズラした先に、新たな方向を乗せる。
空気が大きく歪んだ。
全方位から殺到していた数万の針が、空中で急カーブを描く。そのまま上空へと流され、落下してくる瓦礫の群れへと自ら激突した。
無数の光が弾ける。針が瓦礫を空中で粉砕し、無害な砂埃へと変えていく。
行き場を失った数万の針が、空中でピタリと静止した。
砂埃の向こうから、レインが歩み出る。
「その必中の理屈、そっくりそのままお前に返してやる」
静止していた針が、ぐるりと方向を反転させた。
レインは針の標的という関係性を、自分たちからヴェインへと書き換えた。魔力と体温を自動追尾するという機能が、この部屋で最も高い熱と魔力を放っているヴェイン自身を捕捉したのだ。
「ふざけるなッ!」
男が分厚い魔力の防壁を展開する。だが無意味だった。針は防壁を避けるように迂回し、背後から、足元から、あらゆる死角から殺到する。
肉を穿つ鈍い音が、処置室に連続して響いた。
男の四肢が、冷たい石の壁へと深く縫い付けられる。急所は外されている。だが身動き一つ取れない。
男の口から、もはや言葉は出なかった。
レインは男を一瞥することもなく、部屋の中央へと向かった。
処置台の上に、ミレアが横たわっている。何重もの拘束具と封印の魔法陣に縛られ、意識を失っていた。周囲には青白い術式が複雑な幾何学模様を描いて明滅している。
「遅くなった」
短く呟き、ミレアを縛る封印へと、静かに右手を伸ばした。
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