第62話 必中の理屈――書き換わる関係
土煙が晴れる中、男は作業の手を止めなかった。
封印の台座に魔力を流し込みながら、冷ややかな視線を侵入者たちへ向ける。
「無属性の欠陥品と、その取り巻きか。分をわきまえない羽虫が湧く」
言葉に感情は乗っていない。絶対的な上位者としての傲慢さだけがそこにあった。
「その女は国家を回すための優秀な資源だ。お前たちが軽々しく触れていい存在ではない」
「寝言は寝て言え」
ユークが剣を構える。ラグが風を纏い、クラウスが敵の戦力を分析する。
男は鼻で笑い、腰の魔器に指を触れた。
空間が、粟立った。
処置室の空中に、青白い魔力の光点が無数に生まれる。瞬く間に鋭い針の形を成し、部屋全体を埋め尽くした。
「圧倒的な物量の前では、個人の足掻きなど無意味だと教えてやる」
指が鳴る。数千の針が、一斉にレインたちへ向けて射出された。
「俺の後ろに回れ!」
ユークが床を強く踏み込む。
「『クレイウォール』」
分厚い土の防壁が隆起し、盾となる。だが、針は壁に突き刺さらなかった。直前で不自然に軌道を曲げ、壁を迂回するように死角から殺到する。
「ユーク、防御を解け!」
クラウスの声が響く。
「あの針は魔力密度と熱を追尾している。魔法で防ごうとすれば、自ら標的を大きくするだけだ!」
「なら、避けるしかねえか!」
ラグが風の感知を極限まで広げ、仲間に指示を飛ばそうとする。だが、言葉が詰まった。
視界を埋め尽くすほどの光の雨。逃げ道がない。
闇に紛れて背後へ潜り込もうとしたイリスでさえ、足止めを余儀なくされていた。体温と微かな魔力に反応した数十本の針が、自動で反転して襲い掛かってきたのだ。
防げない。躱せない。近づけない。
一行を完全に死地へと追い詰める包囲網。
数千の針が全身を貫こうとした、その瞬間。
レインがチームの中心で静かに一歩踏み出した。
焦りはない。ただ、見えている。空間を埋め尽くす針の軌道。仲間たちへの距離。接触までの時間。そのすべての関係を認識し、受け入れる。
虚空に向けて、軽く手を払った。
大気が歪む。
ユークの眼球を貫くはずだった針が。クラウスの心臓を穿つはずだった針が。イリスとラグを串刺しにするはずだった無数の針が。
触れる数センチ手前で、まるで見えない壁に弾かれたように、真横へと直角に折れ曲がった。
凄まじい風圧だけを残し、すべての攻撃が床や壁へ突き刺さる。
誰一人、傷一つ負っていない。
男は動じなかった。
ただ、細く目を眇め、レインを観察する。感情ではなく、記録するような目だった。
「軌道干渉か。位置関係の書き換え、あるいは接触判定の無効化。どちらにせよ、既存の分類には当てはまらない」
独り言に近い声だった。
台座への魔力供給は止めていない。視線だけがレインへ向いている。
「珍しいな。だが、原理が分からないわけではない。そういう個体を、俺たちは何体も処理してきた」
淡々と言いながら、男は再び指を持ち上げた。
宙の針が、静かに向きを変える。
レインは右手を静かに持ち上げる。視線は、再び浮き上がりつつある無数の針を捉えていた。
「仲間に手を出すな」




