第58話 軋む信念――分断の罠
階段を降りるごとに、空気は冷たく重くなっていった。
辿り着いたのは、広大な空間だった。
だが、そこは兵舎でも備蓄庫でもない。無機質な石造りの部屋。
中央には分厚い革の拘束具が備え付けられた椅子。床一面に複雑な人工魔法陣。部屋の隅には、魔力を失った透明な結晶の欠片が散らばっている。
「なんだ、ここは」
ラグが顔をしかめる。風が死んでいる。息が詰まるような嫌悪感が、その場を支配していた。
「合理性を欠いている。尋問や拷問用じゃない。何かを強制的に抽出するための設備だ」
クラウスが魔法陣と椅子を交互に見て、冷たく言う。
アルトは立ち尽くしていた。
騎士団の規程。国境防衛の在り方。幼い頃から信じてきた正義。目の前の光景は、そのどれとも結びつかない。
知らず知らず、拳が強く握り込まれていた。
「気をつけろ!」
ラグの声が響く。
施設全体が低く唸りを上げた。頭上の魔力灯が一斉に赤く染まる。前後を塞ぐように、天井から重厚な鉄の隔壁が降り始めた。
部屋の奥の暗がりから、複数の巨大な影が立ち上がる。岩と金属で構成された無機質な兵器。防衛用ゴーレム。赤い眼光を灯した巨兵たちが、無感情に殺到してくる。
「数が多すぎる。このままじゃ挟まれるぞ!」
ユークが叫ぶ。前方の隔壁が、床に到達するまであと僅かしかない。誰かが道をこじ開け、誰かが残らなければ全員が閉じ込められる。
思考するよりも早く、アルトが動いた。
『チャージ』
脚部に魔力を収束させる。石の床が砕けるほどの踏み込み。雷を纏ったアルトの蹴りが、先陣を切っていたゴーレムの胴体を深々と抉り、後方の機体ごと吹き飛ばす。
活路が開いた。
アルトはそのまま前へ進み、降りてくる隔壁の真下を通り抜け、敵側へと踏み止まった。
「アルト!」
「ここは俺が抑える!」
振り返ることなく、背中越しに叫ぶ。
「レイン、ミレアを頼む!」
レインは立ち止まらない。その覚悟を、ただ静かに受け取った。
ラグ、クラウス、ユーク、イリスが次々と隔壁の隙間を滑り抜ける。最後にレインが通り抜けた直後、重々しい衝突音とともに通路が完全に遮断された。
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赤く点滅する空間。
アルトの前に、十体近いゴーレムが陣形を整え直す。
アルトは深く息を吐き、両拳を構えた。
そのとき。意図的な拍手が、通路の奥から響いた。
ゴーレムたちが一斉に動きを止める。
「騎士家の坊ちゃんが、随分と張り切るじゃないか」
巨兵の間を縫って、一人の男が歩み出てきた。騎士の鎧は着ていない。腰のベルトには、専用のホルダーに収められた魔器。無骨な体格。その目に、感情らしい感情がない。
「底辺の異能者一匹のために、ご立派な正義感だ。お遊戯はここで終わりだぞ」
男から放たれる魔力の質が、先ほどの兵士たちとは次元が違う。
だが、アルトの瞳に揺らぎはなかった。
「……お前が、ミレアをここに連れてきたのか」
「そうだ。ガルグという。覚えなくていい、どうせすぐ死ぬ」
男は名乗りとも捨て台詞ともつかない言葉を吐いて、ゆっくりと距離を詰めてきた。
脳裏をよぎるのは、かつて守れなかった命。
(もう、二度と失わせない)
アルトは低く腰を落とす。全身の魔力回路を全開にし、己の全てを両拳へ流し込む。
『スパークコンプレッション』
黄金の雷光が、アルトの全身を包み込んだ。




