第54話 強襲――歪んだ異形
熱が、空気を焼いた。
揺らめく陽炎の向こうから、一人の男が歩み寄ってくる。
深紅の重装甲。背に担いだ巨大な大剣。その姿を視認した瞬間、場が固まった。
「嘘だろ」
ラグの声が上ずっていた。軽槍を構える手が、微かに震えている。
「七騎士……炎獄の、ヴァルガ様……?」
ユークの言葉は、祈りに近かった。
騎士を目指す者にとって、七騎士は守護の象徴だ。そんな存在が、なぜ自分たちに殺気を向けているのか。その矛盾が、思考を止めていた。
「掃討任務と聞いていたが。学園の”お遊び”に付き合わされるとはな」
兜の奥で、傲岸な瞳が光る。そこに立つ少年たちを、道端の小石でも見るような目だった。
「ヴァルガ様、私たちは王立学園の休暇中で――」
ユークが一歩踏み出す。
ヴァルガは答えなかった。ただ掌を、無造作にこちらへ向けた。
衝撃が走る。
爆発でも炎でもない。熱量だけが物理的な質量になって空間を叩いた。ラグとユークの体が、抵抗する間もなく後方の樹木へと叩きつけられる。
「ラグ! ユーク!」
アルトが叫び、雷を纏う。
だがヴァルガが大剣の柄に手をかけた瞬間、空気が変質した。
抜剣。ただ一振り。
盾を構え直したユークの正面で、大気そのものが炸裂する。
「魔器か……!」
クラウスが血の気の引いた顔で呟く。魔力による火ではない。熱そのものが、不可視の槌のように叩きつけてくる。魔器の能力が掴めない。その未知が、絶望を加速させていた。
「脆いな。やはりガキはガキか」
ヴァルガの視線が、レインの後ろに隠れるミレアへと向いた。
「観測個体、ミレア・ルシェナ。貴様を連れて帰れば、この任務も終わりだ」
大剣が構え直される。剣先が赤黒く変色し、周囲の光が歪み始める。
逃げ場はない。あの剣が振るわれれば、この丘ごとすべてが消える。
「ミレア。指示を」
レインが静かに言った。
仲間たちが困惑する中で、彼だけが眼前の男を正確に敵と認識し、その動きを見ていた。
「来る」
ミレアが震える声で言う。
「三秒。そのあと、二つの熱が重なる。重なる瞬間を、外して」
「分かった」
ヴァルガが嗤う。
「焼き尽くせ」
大剣が振り下ろされた。
視界が白濁するほどの熱波。
(……ここか)
レインは、熱の奔流が衝突する中心点に意識を向けた。エネルギーが爆ぜるタイミングの”関係”を、わずかにズラす。
音が消えた。
周囲の草地は蒸発し、地面がえぐれるほどの破壊が走ったというのに。レインとミレアが立つ数メートルの範囲だけが、爆炎を避けて流れていった。
「何だと」
初めて、ヴァルガの顔から余裕が消えた。
相殺ではない。自分が放った絶対的な現象が、そこだけ存在していないかのように無視された。
「面白い」
口角が、吊り上がる。
「……例の固体か」
大剣が、さらに禍々しく赤熱していく。
本当の絶望は、まだ始まったばかりだった。
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