第108話 例外の槍
迫り来る巨大な岩壁。
そして、三百六十度、逃げ場のない全方位から突き出される数百の槍。
誰もが死を覚悟した絶対の死地において、レインの気怠げな声が響いた。
「お前、俺が全部ズラす前提で計算組んだだろ」
その言葉の意味を、岩柱の上のレオニスが理解するより先だった。
最前列の幻影兵が放った長槍が、レインの肉体そのものをすり抜けた。
「……何」
冷徹な現場支配者の顔に、初めて明確な動揺が走る。
幻影魔法ではない。フェイクでもない。
分厚い岩壁も、鋭い刃も。レインという存在に一切干渉することなく、まるで彼がそこに存在しないかのように通り過ぎていく。
反転覚醒した能力の本質。
それは、対象との関係の拒絶。
物理的な接触判定そのものを拒絶し、あらゆる物体をすり抜ける絶対不可侵の現象だった。
「軌道をズラして、その先に罠を置く。見事な理屈だ。俺が、そのルールに乗ってやる義理があればな」
レインは歩みを止めない。
無数の槍も、圧縮される岩の牢獄も、今の彼にとってはただの景色に過ぎなかった。
「あり得ない。物理法則そのものを無視しているというのか」
レオニスの合理が、音を立てて崩れ去っていく。
だが、レインの理不尽は防御だけでは終わらない。
「これで終わりだ」
レインはすり抜けるのをやめ、再び空間の関係性を受け入れた。
そして、己の目の前にある虚空を、無造作に掴む。
(空間接続)
ズラした先を、どこかに繋ぐ応用技術。
レインが繋いだのは、分厚い岩壁と数百の幻影兵を飛び越えた先――レオニスが立つ岩柱の上の空間だった。
「なっ――」
レオニスの目の前の空間が、唐突に歪む。
防御魔法を編む時間など存在しない。
レインは、繋いだ空間を思い切り殴りつけた。
大気を震わせる鋭い破裂音。
空間を殴ることで生じた衝撃波が、接続された空間を通ってゼロ距離でレオニスを強襲する。
防御や陣形など意味を成さない、理外の一撃。
見えない大槌で打ち抜かれたように、レオニスの体が大きく吹き飛ばされた。
彼の手から零れ落ちた魔器が、乾いた音を立てて粉々に砕け散る。
主と動力源を失った瞬間、闘技場を埋め尽くしていた幻影兵たちが砂のように崩れ去っていく。
圧縮を続けていた岩壁もまた、魔力を失ってただの土塊へと還っていった。
「バカ、な。私の、完璧な演算が」
地面に叩きつけられたレオニスが、血を吐きながら呻く。
「完璧な計算式でも、代入する数字がデタラメなら答えは狂う」
レインは土煙を払いながら、見下ろすように言い放つ。
「次からは、例外も計算に入れておけよ」
冷徹なる合理を、完全な理不尽で叩き潰した瞬間だった。




