第107話 合理の牢獄――泥臭い抵抗
完璧な殺戮の陣形だった。
岩壁に囲まれた巨大な闘技場の中、実体を持った幻影兵たちが一糸乱れぬ連携で槍を突き出してくる。
「厄介極まりないな。幻影ゆえに同士討ちの恐れがなく、全兵士が単一の思考で動いている。理屈の上では、陣形に死角が存在しない」
クラウスが手帳を広げる間もなく、迫り来る敵兵の足元へ水の上級魔法『タイダルストリーム』を放つ。
激流が前列の兵士たちを押し流す。だが、空いた穴を埋めるように、後列の兵士が機械的な正確さで即座に踏み込んできた。
「右斜め前方から十! 上空からも来ます!」
ミレアの探知が、土塊の兵士たちの軌道をコンマ数秒早く読み取り、叫ぶ。
「了解だ!」
その警告に合わせ、ラグが槍を振るい、風の魔法『エアカッター』で上空からの奇襲を叩き落とす。
同時に、地上ではユークの片手剣と、ディオルの大剣が唸りを上げていた。
「押し込まれるな! 陣形を保て!」
元王剣の重い一撃が、幻影兵を三体まとめて粉砕する。
そこに、雷を纏ったアルトがオリジナル魔法『スパークコンプレッション』の連撃を叩き込み、分厚い岩の盾ごと敵陣を抉り開けた。
「ルクス、頼む!」
「ええ、任せてください」
アルトがこじ開けた一瞬の隙。
そこへ、ルクスが完璧な踏み込みで滑り込む。光の魔力を纏わせた白銀の刃が閃き、瞬く間に十体以上の幻影兵を両断した。
さらに、死角へ回り込んでいたイリスが、崩れた陣形の隙間から短剣を振るう。
前衛の突破力、遊撃の機動力、そして索敵。反逆者たちの連携もまた、極めて高い次元で完成されていた。
「展開、『リカバリーフロウ』。皆さんに光の加護を」
リュシアが絶え間なく光属性の回復魔法を展開し、前衛たちの疲労と微かな傷を瞬時に癒やしていく。
戦線は維持されている。
だが、カインが苛立たしげに舌打ちをした。
「クソが、キリがねぇぞ。俺の能力で端から術式を無効化して消し飛ばしてるが、あいつ、俺が見るより早く新しい兵士を生成しやがる!」
倒しても、倒しても、岩壁から新たな幻影兵が無尽蔵に這い出してくる。
ジリ貧だった。一行の泥臭い抵抗は、少しずつ、だが確実に削り取られていた。
高く隆起した岩柱の上。
盤上の支配者たるレオニスは、冷徹な瞳でその光景を見下ろしていた。
「個々の戦闘力は申し分ない。だが、その程度の演算は済んでいる」
レオニスが、無慈悲に魔器を発動させる。
「例外の少年が足を止めた時点で、勝敗は決している。チェックメイトだ。イレギュラーは、合理の砂に沈め」
土属性の上級魔法、『サンドプレッシャー』。
重低音が響き渡り、闘技場を形成していた巨大な四方の岩壁が、内側へ向かって急激に圧縮を始めた。
「壁が、迫ってくる……!」
ユークが声を上げる。
ただでさえ密集している幻影兵の群れに加え、空間そのものが押し潰されようとしていた。
逃げ場はない。回避するスペースすらも、物理的に削り取られていく。
「これも計算通りってわけか。性格悪いねえ、あの副団長様は」
ラグが額の汗を拭いながら、乾いた笑いを漏らす。
四方から迫る分厚い岩壁。
そして、逃げ場を失った一行に向けて、数百の幻影兵が一斉に長槍を突き出す。
回避も、防御も不可能な、完全なる死の圧縮。
その絶対的な絶望の只中で。
これまで足を止め、ただ盤面を眺めていたレインが、面倒くさそうに首を鳴らした。
「おい」
気怠げな声が、軋む岩の音を縫って響く。
「お前、俺が全部ズラす前提で計算組んだだろ」
極限まで圧縮された空間で、例外の瞳が冷たく細められた。




