第109話 王都の静寂――終極の完成形
副団長レオニスを退けた一行は、ついに王都の巨大な城門を潜った。
だが、国家の中枢であるはずの巨大都市は、異様なほどの静寂に包まれていた。
大通りにも、路地裏にも、市民の姿が一切ない。生活の痕跡だけが、まるで時間が止まったかのように放置されている。
学園長コルセアによる支配。すべての人間が、すでに城の奥へと誘導され、何らかの意図のために資源化されているのだ。
王城へと続く、真っ直ぐな大通り。
その中央に、たった一人の男が静かに立っていた。
騎士団長、終極のゼルハ。
大剣を構えるわけでも、魔力を練り上げるわけでもない。
ただ、そこにいるだけ。
一見すると普通の人間と変わらない。だが、その存在はどこかひどく歪んでおり、生命体としての生気や感情が一切感じられなかった。
「……嘘」
ミレアが、震える両手で口元を覆う。
彼女の探知が、かつてないほどの激しい警鐘を鳴らしていた。
「あの人の中身、大結晶の要塞で破壊したデミウルゴスの心臓と、全く同じ構造です」
その言葉に、全員の顔色が変わる。
魔器を人体に直接埋め込んだ、同化型。
分析型の思考を持つクラウスが、眼鏡の奥の瞳を見開き、戦慄の推測を口にした。
「あの巨大な動力炉は、こいつを模倣して作られた量産型に過ぎないということか。こいつ自身が、無数の異能を埋め込まれたデミウルゴスの完成形でありプロトタイプ」
ただの一人の人間に、あの巨大要塞の動力源と同じ機能が圧縮されている。
ディオルが大剣を構え、かつての同胞を鋭く睨みつけた。
「ゼルハ。貴様、己の肉体をただの動力炉に作り変えたのか」
「肉体などという不確定な器に、意味はない」
ゼルハの口が、機械のように正確に開閉する。感情の起伏が一切ない、底冷えのする音声。
「私はただ、機能しているだけだ」
直後。
危険を察知したアルトとイリスが、左右から同時に最速の踏み込みを見せた。
近接特化の雷の連撃と、一撃離脱を狙う短剣。
だが、ゼルハは指一本動かさない。
魔法の発動プロセスである、魔力から属性変換、そして現象化。
ゼルハは、その一切の手順を踏まなかった。
彼の存在そのものが、体内に埋め込まれた複数の異能を同時に現象化させる。
アルトとイリスの肉体が、ゼルハの数メートル手前で不可視の壁に激突した。
破壊音はない。ただ、圧倒的な圧力だけが空間を支配し、二人の体が為す術もなく後方へと吹き飛ばされる。
「展開、『ハイヒール』」
地面に叩きつけられた二人に、リュシアが慌てて光の回復魔法を降り注ぐ。
クラウスが、冷汗を流しながら歯噛みした。
「魔法陣もない。動作の予兆すらない。奴自身が、意思を持った究極の魔器そのものだ」
国家の最高戦力が、もはや人間の枠組みすら捨て去った怪物であることを突きつけられ、仲間たちが息を呑む。
だが。
その極度の緊張感の中で、周囲の出来事にやや無関心なレインだけが気怠げに息を吐き、静かに前へと歩み出た。
「生きた人間やめて、ただの便利な機械になったか」
レインは首を鳴らし、一切の感情を持たない終極の怪物を見据える。
「なら、壊しても文句は言えねぇな」
世界の理から外れた分類外の少年が、絶対の絶望へと真っ直ぐに向かっていく。




