第104話 覚醒する拒絶――崩壊する大結晶
大結晶の最深部。
要塞の底に広がる超巨大な人工魔法陣の前に、二つの部隊が合流を果たした。
「遅かったわね、アルト」
「悪い、少し手こずった」
息を弾ませるアルトとユークの背後で、ディオルが大剣を肩に担ぐ。
動力炉たるデミウルゴスの心臓を破壊したことで、要塞全体の魔力供給は絶たれている。
だが、目の前の巨大な陣は、未だに自律的な駆動音を響かせ、不気味な脈動を続けていた。
「これだけ的がデカけりゃ、見失いようがねぇな」
カインが一歩前に出る。
彼の瞳が巨大な術式の構造を明確に認識し、その異常な魔力回路を強制的に無効化させた。
明滅していた魔法陣の光が、完全に沈黙する。
そして、要塞の底を覆っていた偽りの輝きが消え去ったことで、その真実が白日の下に晒された。
「……ひどい」
リュシアが顔を覆う。
陣の中央に山のように積み上げられていたのは、魔器の素材となる特殊な鉱石。
だが、その正体はただの石ではない。限界まで魔力を搾り取られ、結晶化させられた異能者たちの成れの果てだった。
探知を展開していたミレアが、ふらりとよろめく。
彼女の能力は、ただの気配だけでなく、その結晶にこびりついた無数の絶望と、すでに失われた命の悲鳴すらも感知していた。
「ミレア?」
「助けてって、言ってます。暗くて、痛くて、苦しいって……」
ミレアの瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。
その言葉を聞いた瞬間。
レインの瞳から、いつもの気怠げな光が完全に消え去った。
(国家は、異能者を資源化する)
コルセアが作り上げた、この世界の残酷な構造。
人間の命をただの素材としてすり潰し、防具や武器の形をした魔器として再利用してやがる。
そのあまりにも理不尽で非道な前提に対する、静かで底知れぬ激怒がレインの胸を満たしていく。
「……レイン?」
リュシアが戸惑うような声を上げる。
レインは無言のまま、ゆっくりと機能停止した巨大な魔法陣の中央へと歩み出た。
これまでの彼は、認識したものの関係性を受け入れ、干渉していた。
軌道をズラし、接触判定をズラす。
だが、今は違った。
(こんなふざけた場所、最初から無かったことにする)
静かな、しかし絶対的な宣言。
その瞬間、レインの能力の本質が、負の感情をトリガーとして完全に反転した。
関係の拒絶。
レインが右手を掲げる。
その手のひらの上に、光すらも逃れられない漆黒の球体――無の空間が生成された。
「消えろ」
レインがその暗黒の球体を、地面へと静かに落とす。
爆音は、なかった。
破壊の轟音も、衝撃波すらも存在しない。
ただ、空間そのものが削り取られるように、巨大な大結晶の要塞が無音で飲み込まれていく。
悲鳴を上げる間もなく、防衛機構も、巨大な魔法陣も、忌まわしい結晶の山も。
周囲のあらゆる物質が、ブラックホールのような圧倒的な引力によって、存在しなかったことにされていく。
数十秒後。
そこには、山脈の内部を抉り取ったような、完全なる虚無の空間だけが残されていた。
何一つ残っていない。この世の理から完全に外れた、規格外の破壊の跡。
「……嘘だろ」
アルトが呆然と呟き、イリスすらも言葉を失う。
-----
同時刻。王都の中枢。
観測用の魔器を通して、大結晶の完全消滅を示すデータを見つめながら、コルセアは狂喜に満ちた笑みを浮かべていた。
「素晴らしい。ついに覚醒したか」
すべてを無に帰す、究極の例外。
支配者の妖しい歓喜の声が、誰もいない執務室に響き渡った。




