第103話 捕食する闇――繋がれた空間
圧倒的な闇が、要塞の深部を侵食していく。
七騎士、影喰いのノクスから溢れ出す漆黒の領域は、光すらも逃さない絶対の壁として立ち塞がっていた。
「展開しろ、『ホーリーバースト』」
ルクスが白銀の剣を掲げ、極大の光の爆発を生み出す上級魔法を刃から放つ。
空間を白く染め上げるほどの純粋な魔力の塊。それが、ノクスを覆う闇の壁に直撃した。
だが、爆発は起きなかった。
「……何」
ルクスが息を呑む。
光の魔力は、闇の壁に触れた瞬間に泥沼へ沈むように引きずり込まれ、音もなく完全に消失したのだ。
「相殺や防御陣じゃない」
後方から、クラウスが眼鏡の奥の瞳を鋭く細める。
「物理的な運動エネルギーも、魔法の魔力も、文字通り吸収して自身の魔器の動力源に変換しているんだ。力押しは通用しない」
その分析を裏付けるように、イリスがノクスの死角から音もなく踏み込んだ。
急所を狙う短剣の一撃。しかし、刃先が闇の領域に触れた瞬間、凄まじい引力がイリスの腕ごと飲み込もうと牙を剥く。
「っ……!」
イリスは咄嗟に短剣から手を離し、後方へと跳躍した。
手放した短剣は、闇の中に落ちて二度と戻ってこなかった。
「無駄だ」
暗黒の中心で、ノクスが不気味な笑みを浮かべる。
「攻撃しなければ、私が領域を広げてお前たちを呑み込むだけ。攻撃すれば、私の糧となる。どちらにせよ、お前たちに勝機はない」
攻撃すればするほど敵が強くなる、攻略不可能な絶対防御。
ルクスが歯噛みし、クラウスすらも打開策を見出せずに沈黙する。
正攻法が完全に封じられた状況。
誰もが息を呑む中、レインが面倒くさそうに首を鳴らして前に出た。
「おい」
レインは気怠げな視線をノクスへ向ける。
「お前、あの黒い壁に当たったモノは全部飲み込むんだな」
「いかにも。あらゆるエネルギーは私の――」
「ルクス。一番デカい魔法を、あいつの真正面から撃ち込め」
ノクスの言葉を遮り、レインは背後のルクスに指示を出した。
ルクスは一瞬戸惑った。先程、自身の剣から放った上級魔法が完全に吸収されたのを見た直後だ。
だが、シオンを自滅に追いやったこの少年の異常性を思い出し、即座に剣の柄を強く握り直す。
「後悔するなよ。展開、『ディバインジャッジメント』!」
最上級の光属性魔法。
大気を震わせる重低音と共に、神罰の如き極太の光線が剣先から一直線にノクスへと放たれた。
「学習能力がないのか」
ノクスが嘲笑う。
巨大な光線が闇の壁に激突し、凄まじい勢いで飲み込まれていく。
だが、レインは構えすら取らなかった。
ただ、ノクスが光線を飲み込んだその先を認識する。
ノクスの能力が魔力を吸収し、自身の内側へ取り込む現象。ならば、その内側と、ノクスの背後の空間を直接繋げばどうなるか。
(空間接続)
レインは、結果を書き換えたわけではない。ただ、関係性に干渉しただけだ。
闇の壁に飲み込まれた光線の「ズラした先」を、ノクスの背後の空間へ強制的に接続した。
直後。
闇に吸収されて消えたはずの極太の光線が、ノクスの背後の何もない空間から唐突に噴出した。
「なっ――!?」
回避など不可能だった。
放たれた『ディバインジャッジメント』が、ゼロ距離からノクスの無防備な背中を貫いた。
閃光が弾け、要塞の深部が真昼のように照らされる。
自らが吸収したはずの最上級魔法を背後から浴び、ノクスの体が悲鳴と共に宙を舞った。魔器の許容量を遥かに超えたダメージにより、絶対防御の闇が霧散していく。
「な、ぜだ。私が、吸収したはずの魔法が、なぜ、背後から……ッ」
地面に叩きつけられ、血を吐きながらノクスが呻く。
その眼差しは、未知の恐怖に震えていた。
土煙が晴れる中、レインがゆっくりと歩み寄り、冷たく見下ろす。
「入り口があるなら、出口もある。飲み込んだモンを、そのまま後ろの空間へ繋げただけだろ」
吸収して無効化するという絶対の前提。
それを、空間を繋いで素通りさせるという理屈でへし折ったのだ。
理解の及ばない怪物を前に、七騎士の意識は完全に刈り取られた。
「さて。邪魔者も消えたし、行くか」
レインは振り返り、呆然と立ち尽くす仲間たちを一瞥して、大結晶の中枢へと足を踏み入れた。




