第102話 神速の傲慢――積み重ねた一撃
大気が悲鳴を上げていた。
百回。
神速の七騎士、雷迅のライガが、アルトの拳を回避した回数だ。
オリジナル魔法『スパークコンプレッション』。
敵に攻撃を避けられれば避けられるほど、次の一撃に莫大な雷が圧縮・蓄積されていく。
その特性により、アルトの右拳は今、周囲の空間を焼き焦がすほどの青白いプラズマを宿していた。
「才能がないなら、信じ合って、積み重ねるだけだ!」
カインの無効化能力によって魔器の出力を落とされ、ディオルとユークに退路を塞がれ、ラグの風に機動力を殺されたライガ。
絶対の自信を持っていた神速が、仲間たちの完璧な連携によって完全に止まった一瞬。
「ば、馬鹿な。私が、こんな泥臭い連撃に……ッ」
驚愕と焦燥に顔を歪める天才へ向け、アルトは大地を砕くほどの踏み込みを見せた。
極限まで圧縮された百発分の雷が、拳の先から解き放たれる。
視界が真っ白に染まった。
鼓膜を破るような轟音と共に、暴虐な雷の奔流がライガの腹部を直撃する。
「ガ、アァァァァァァッ!?」
魔器の防御すら紙屑のように消し飛び、ライガの体が後方へと吹き飛ばされる。
その直線上にあるのは、巨大なエネルギーの塊、デミウルゴスの心臓。
激突。
要塞の最下層を揺るがす大爆発が巻き起こった。
国がレジスタンスから奪い、大結晶の儀式を加速させていた動力炉が、ライガの肉体ごと完全に粉砕される。
吹き荒れる熱風の中、アルトは荒い息を吐きながら膝をついた。
焼け焦げた手甲から、微かな煙が立ち昇っている。
「やったわね、アルト」
駆け寄ってきたリュシアが、即座に『ハイヒール』を展開して彼の肉体を癒していく。
瓦礫の山に埋もれ、完全に気を失っているライガを見下ろしながら、カインがニヤリと笑った。
「へっ。神速だか何だか知らねえが、王道のド根性には勝てなかったな」
要塞の魔力供給を担っていた心臓が破壊されたことで、周囲の照明が明滅し、空気に満ちていた重い圧力がふっと軽くなる。
「よし。これで中枢の結界も弱まったはずだ」
ディオルが剣を収め、頭上を見上げた。
あとは、大結晶破壊部隊が本命の魔法陣を叩き潰すだけだ。
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一方、要塞の深部、大結晶の中枢。
地響きと共に魔力供給が低下したのを、レインたちは肌で感じ取っていた。
「アルトたちがやったみたいだな」
クラウスが眼鏡を押し上げながら呟く。
彼らの目の前には、要塞の底に広がる巨大な人工魔法陣へ続く最後の通路が口を開けている。
だが、その空間は異常だった。
周囲の光が、まるでそこだけ吸い込まれているかのように暗い。
「止まって。嫌な気配がします」
ミレアが緊張した声で警告する。
通路の奥。濃密な闇が蠢き、一人の男の形を為した。
「心臓がやられたか。だが、遅かったな」
現れたのは、黒一色の外套を羽織った男。
七騎士、影喰いのノクス。
その姿を見た瞬間、ルクスが光の魔力を高めながら前に出た。
「ノクス」
「裏切り者のルクスか。お前の光ごときで、私の闇は照らせない」
クラウスが指先で素早く魔法陣を描き、『アクアランス』を放つ。
さらに死角へ移動したイリスが、闇の衝撃波『アビスブレイク』で強襲を仕掛けた。
水と闇、二つの強力な魔法がノクスの肉体を捉える――はずだった。
だが、魔法がノクスに触れた瞬間。
ブラックホールに飲み込まれるように、魔力そのものが音もなく消失した。
「吸収された」
イリスが珍しく目を見開く。
「無駄だ」
ノクスが不気味な笑みを浮かべ、両手を広げた。
「物理も、魔法も。あらゆるエネルギーは私の糧となる。お前たちの絶望ごと、すべて喰らい尽くしてやろう」
その言葉の通り、ノクスの足元から広がる闇が、周囲の空間そのものを侵食し始めていた。




