第101話 神速の抜刀――積み重ねた雷
大結晶の最下層。
赤黒く脈打つ巨大なエネルギーの塊、デミウルゴスの心臓の前に、死神は立っていた。
七騎士、雷迅のライガ。
殺気も、抜刀の予兆もない。
ただ、圧倒的な雷の暴力が空間を薙いだ。
「前だ、防げ!」
ラグの風による感知が、不可視の斬撃をすんでのところで捉える。
咄嗟にユークが『クレイウォール』を展開するが、岩の壁は瞬時に両断された。
砕け散る破片ごと切り裂きにくる凶刃を、ディオルの大剣が辛うじて受け止める。
金属が軋む悲鳴が響き、元最強の騎士であるディオルの巨体が数歩後ずさった。
「ほう。元王剣とはいえ、この神速に反応するか。だが」
雷を纏った刀を片手に、ライガが冷酷に口角を上げる。
「特級異能者も束になってこの程度とは。落胆させないでくれよ」
その挑発に、カインが苛立たしげに舌打ちをした。
「クソが。速すぎて刀の魔器を視認できねぇ。対象を認識できなきゃ、俺の無効化も間に合わねぇぞ」
予兆なし。一撃高火力。
圧倒的な天賦の才と魔器の性能差が、一行を防戦一方へと追い込んでいた。
再び、ライガの姿が雷光と共にブレる。
その時だった。
「……なら、俺が動きを止める」
前に出たのは、アルトだった。
両の拳を構え、オリジナル魔法『スパークコンプレッション』を起動する。
全身に青白い雷を這わせ、アルトは神速の騎士へと真っ直ぐに踏み込んだ。
「同じ雷属性か。だが、泥臭い連撃など私には届かんぞ」
アルトが放った渾身の右ストレート。
ライガはそれを、欠伸が出るほどの余裕で首を傾けて躱す。すれ違いざま、不可視の刃がアルトの肩口を浅く切り裂いた。
「展開、『ハイヒール』」
即座に、後方からリュシアの光属性魔法が降り注ぐ。
温かな光がアルトの傷を瞬時に塞いだ。
「遅い、遅すぎる。亀の歩みだ」
ライガの嘲笑を浴びながら、アルトは歩みを止めず、ただひたすらに拳を振り続ける。
左、右、大振りなフック。
そのすべてが、神速の歩法の前に空を切る。
「無駄なことを。何度撃とうが私には――ん」
ライガが微かに眉をひそめた。
アルトの攻撃が空を切るたび。自分がそれを回避するたび。
アルトの体に纏う雷の密度が、異常なほどに膨れ上がっていることに気づいたのだ。
「一つ、二つ、まだだ、足りない」
アルトが血を吐きながら呟く。
彼の魔法、『スパークコンプレッション』の真の特性。
それは、自身の攻撃が相手に回避されればされるほど、次の一撃に向けて雷が莫大に蓄積されていくという理不尽な代物だった。
「貴様ッ!」
己の回避行動そのものが、アルトの致死の刃を研ぎ澄ませていると理解したライガの顔から、余裕が消え去る。
これ以上の連撃は危険だ。ライガがアルトの首を刎ねようと、最高速で踏み込んだ。
「遅延、『ブリーズ』」
その一瞬の踏み込みに合わせ、ラグが放った風の魔法が、強烈な空気抵抗を生み出した。
ほんの僅かに、神速が鈍る。
「逃がさんぞ」
「そこだ!」
ディオルとユークが左右から同時に牽制し、ライガの退路と太刀筋を物理的に限定する。
仲間たちが命懸けで作り出した、単調な軌道。
その隙を、特級異能者の眼が見逃すはずがなかった。
「見えたぜ。お前の魔器」
カインの瞳がライガの刀を明確に認識し、その能力を強制的に低下させる。
雷の輝きが、唐突に翳った。
「なっ――」
驚愕するライガ。
完璧な連携によって、神速の騎士の動きが完全に止まった一瞬。
「これで、百発目だ」
かつて、自分の力不足で大切な命を守れなかった少年は、もういない。
アルトが深く腰を落とし、回避され続け、極限まで圧縮された雷を右拳へと収束させた。
「才能がないなら、信じ合って、積み重ねるだけだ!」
王道を行くインファイターと、神速の七騎士。
極大の雷が、今、正面から激突する。




