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第79話 こんな俺でもなんとか頑張っております…そして新たな変化

高校を卒業し、翔と同棲を始めてから……あっという間に3年の月日が流れていた。


それぞれが未来に向けて歩み出したこの3年間

社会人としての月日は、高校時代のそれとは比べ物にならないくらい、本当にあっという間だった

みんな、あの頃より大きく変化し、立派に大人になっている。


まずは、桐谷さんと飯田くんカップル……というか、『夫婦』だ。

桐谷さんはスポーツジムの敏腕トレーナーになり、持ち前の明るさとコミュ力で、入社半年でお客様の契約数を倍増させたという伝説を作ったらしい。


飯田くんはなんと、サッカー日本代表に選出!

ワールドカップのブラジル戦で意地の1点をもぎ取った時は、テレビの前で俺も翔も大興奮で叫んだっけ…


しかも2人は、卒業から1年でスピード結婚……!

そして2年目には……なんと、なんと、なんと!!

待望の第一子を出産したのだ!!桐谷さん、頑張った!!


いやぁ、本当にめでたい。今はもう1歳近くになる元気な男の子で、たまに見せてもらうけど、天使みたいで本当に可愛い。


次に、白石さんと久我さんカップル。

こちらは同棲はしているものの、まだ結婚はしていない…が結婚の予定はある…!!サプライズをしたからな!


白石さんはピアノの才能がさらに開花し、日本どころか世界を股にかけてコンサートツアーをしている。

久我さんも同じく世界でコンサートを開きつつ、久しぶりに音楽プロデュース業も再開。


楽曲提供をしたアニメの主題歌は軒並み大ヒットを記録して賞を総なめし、年末の紅白歌合戦で久我さんの曲が流れた時は鳥肌が立ったなぁ。


今や世間も公認の、美男美女スーパーミュージックカップルである…!


そして、神崎さん

彼女は卒業後、予定通りフランスへ渡り、プロバスケットボールチームに入団した。


最初は言葉の壁や文化の違い、海外の厳しい環境に随分と苦労したらしい。

それでも、持ち前の負けず嫌いと圧倒的な努力で少しずつ頭角を現し今ではチームを引っ張る主力選手に成長。

日本代表にも選出されるほどの超有名選手になっている。


あんなに忙しいはずなのに、定期的に連絡をくれるのは結構嬉しい……!


しかも最近、「恋人ができたよ」と2ショットの写真を送ってくれたんだけど……

そのお相手がまぁ、息を呑むほど綺麗な白人の美人で、色んな意味では俺はスマホを落としそうになった。


様々な形があるけれど、みんなそれぞれの道で、最高の幸せを掴んでいるようだ。


最後に神宮寺製薬

俺の『全身再構築』という極秘実験を皮切りに、リサイクルタンパク質の技術は飛躍的な進化を遂げ、ついに確固たるものとして確立した。


なんと、不慮の事故などで欠損した腕や脚などの『完全再生』がほぼ確実に成功する段階へと至り、ついに世界に向けてその技術が発表されたのだ。


その経済効果たるや凄まじく、国のGDP?ってやつを大きく底上げし、「日本は失われた30年を完全に取り戻した」とまでニュースで連日騒がれている。


その常識を覆す研究に、翔が大きく貢献した。

翔の提案、補助、そして長年の研究データが実を結び、見事な成功に至ったのだ。


世間からは『医療界の若き救世主』と持て囃され、識者曰く「ノーベル生理学・医学賞、あるいは平和賞すら確実」らしいのだけど……本人は「面倒だ」という理由で、あっさりと父親である聖十郎さんに手柄を譲ってしまった。

相変わらずブレない男である…


一方の真桜さんは、相変わらず世界中を旅……しているわけではなく

なんと『極秘の特命外交官』のような立ち位置で、世界各国のお偉いさんを相手に秘密裏に技術提供の交渉や提案をして回っているらしい。


すごいよなぁ。21歳そこらで、世界のトップたち相手に一歩も引かず堂々と立ち向かえるなんて。

母親である紫苑さん譲りの圧倒的な美貌と、神宮寺の血を引く恐ろしい交渉術が遺憾なく発揮されているようだ。


そのおかげで、日本は確変的な超技術を持ちながらも、世界の列強に怯えることなく堂々と渡り合えている。


……真桜さん、一体裏でどんな交渉してるんだ……??

かくして、神宮寺製薬は今や日本どころか世界を代表し、人類の常識をも変えたトンデモない会社となっている。


では、そんな最強企業の中心で、俺は一体何をしているのかというと……??



――神宮寺製薬、極秘研究室。


「お疲れ様です、斎藤さん。今日はダンベル20キロ、いってみましょうか……!」


「お疲れ様です……はい、お願いします」


俺の目の前で、真新しい少し細い右手でダンベルを持ち上げている男性、この人は斎藤さんだ。

もともと神宮寺製薬の優秀な職員だったが、不慮の事故により右腕を失ってしまった。

そこで去年、リサイクルタンパク質の実験に自ら志願し、表向きは『初の人体実験』の被験者となったのだ。


そして、結果は見事成功。失われた右腕は、ご覧の通り完全に再生された。


培養カプセルに右肩を固定して浸け込み、リサイクルタンパク質を投入……そして細胞が超スピードで活性化され……えっと……えーっと……!

なんか、もの凄くいい感じに腕が生えた!! …そんな感じ!


「すごい! 20キロ……しっかり持ち上げられましたね! リハビリは順調です……!」


「ありがとうございます……本当に、社長や……神宮寺さんには感謝しかありません……。

こうして再び右手が使えるようになったのも……ここの研究のおかげです……!」


「あはは……翔くん……で大丈夫だと思いますよ」


「いえいえ、右手の恩人なのでそんな馴れ馴れしい呼び方じゃ……しかし……まぁ……自分の身体に特殊な細胞を投与しているので……万が一の……重篤な拒絶反応なども……覚悟はしています」


目の前の斎藤さんは、「覚悟している」と気丈に言いつつも……その新しく生えた手が、身体が、微かに震えていた

そりゃ怖いよな、人類にとって未知の実験に関わって、自分の身体がどうなるか分からないんだから。その恐怖、俺には痛いほどよくわかる。


「……大丈夫ですよ!我が社の研究は、世界一です。

……翔を、お義父さんを……信じましょう……!」


だって、全身の細胞を丸ごと変換した存在が、

ピンピンしてここにいるんだから……!

拒絶反応なんて絶対にないさ……! 斎藤さん!


「ふふふ……力強い言葉を聞いたら、少し安心しました。ありがとうございます……!神宮寺さん。

まだまだリハビリ、よろしくお願いしますね」


「はい……!」


斎藤さんが笑顔で部屋を出ていき、俺もカルテを抱えて廊下へと歩き出す。


「斎藤さんのリハビリは順調、と。……この後、記録を入力して……あとは、早く帰ってご飯作らなきゃ」


俺は資料を胸に抱えながら、研究室の更に奥へと進む。

廊下の窓から差し込む光が、俺の左手の薬指をキラリと銀色に輝かせた。




俺は翔と結婚したのだ。



「『神宮寺さん』……か……まだまだ……言われ慣れないなぁ」


まぁ、それもそのはずだ

だって、俺が翔と結婚して『神宮寺裕香』になってから……まだ、たったの1年くらいしか経ってないんだから。




1年前もとい、高校を卒業してから2年が経った頃。

俺は翔と同棲を続けながら、恋人としてそれなりに愛を育み、絆を深め合っていった。


一応、『神宮寺家』の次期社長の恋人なのだ。

関係者の隣に並んでも恥ずかしくないように、身だしなみや所作には俺なりにすごく努力したつもりだ。


髪は切らずにより長く伸ばして、サラサラのロングヘアーに

メイクやファッションは、幸いにも身近に『美貌の擬人化』である真桜さんがいたおかげで、それなりに見れるレベルまで学べた……はず。


うん、まぁ……身長はほぼ変わらず小柄なままだし、胸もC〜Dカップくらいで成長が止まっちゃったんだけどね…うぅ。


それでも、俺が努力して少し可愛くなるたびに、翔はいちいち限界化してベタ褒めして喜んでくれた。


ちょっとうるさかったけど笑。



そして、同棲2年目の記念日。

まさか、あの高台の……俺に初めて告白してくれた夜景の綺麗な場所で、サプライズでプロポーズしてくれるなんて…!


あの時は流石の俺も、嬉しさと驚きでボロボロに泣いちゃったかな……。



「………結婚……してしまった……こんな……紙切れ一枚に記入して出すだけで……こんなにあっさりと……」


市役所での手続きを終え、帰り道。

俺は自分の手元にある受理証明書の控えを見つめながら、呆然と呟いた。


「入籍なんてのはそんなもんさ……これからも宜しくな、神宮寺裕香……!」


「はひぃ……っ。つ、ついに、元の名前が『裕』の文字しか残らなくなった……。俺も……ついに神宮寺になっちゃったんだな……」


前野裕介から、前川裕香へ。そして、神宮寺裕香へ

俺の波乱万丈な名前の変遷も、これでいよいよ終着点だ。


「いいじゃねぇか。裕介だった頃の名残っぽくて、俺は好きだぞ。……さ、帰るぞ。俺達の家に」


「うん……! これからも、俺、ずっと翔の横にいられるように頑張るから……!」


翔の大きな手に引かれ、俺たちは……夫と妻として、初めて自分たちの家へと帰った。


ガチャッ…


「ゆっか姉ぇ〜〜〜〜!! おかえりぃぃぃ!! わーい! ゆかっちが本当の私のお姉ちゃんになっちゃったぁぁ!!」


「わわっ!? ま、真桜さん!!?」


リビングのドアを開けた瞬間、開幕早々、クラッカーの音と共に真桜さんが凄まじい勢いで飛びついてきて、俺を力いっぱいハグした!


『ゆっか姉ぇ』って……いや、お姉ちゃんなのはぶっちゃけ

どっちが上か分かったもんじゃないけど…!


「お、おおい! 真桜! 俺の妻にあんまりベタベタとくっつくなといつも言っているだろうが!!」


「えー? いいじゃん、お姉ちゃんなんだから! 仲良し姉妹の尊いスキンシップだよ?」


「ぐっ……お前は昔から隙あらば裕香を狙うから、油断ならん……!」


背後で、翔が本気で威嚇し、真桜さんが舌を出して煽る。


「ま、まぁまぁ……翔……俺は……大丈夫だから……」


「ほーら! ゆか姉ぇもこう言って許してくれてるし! そうだ、今日はお祝いに久しぶりに一緒にお風呂はいろー!」


「ええぇぇ……!?」


「やめろォォォォォ!!!!」


……とまぁ、こんな感じだ。

世界を裏で動かす天才兄妹は、俺が結婚して家族になっても、家の中では相変わらずこんな子供みたいな争いをしている。


「あ〜……本当に、正式に神宮寺の人間になっちゃったんだな……。足を引っ張らないように……立派な妻として励ねば……!」


「あんまり気張るな、裕香。お前はこれまで通り、お前のままで過ごしてくれればそれでいい。うちの家族も会社の職員も、血筋や肩書なんかで人を判断するような愚か者は一人もいない。俺が保証する。だから安心してくれ」


「そうだよ〜、父さんも母さんも大歓迎してるし! ふっふっふ……私、ずっと可愛いお姉ちゃんが欲しかったんだよね! なにせ、ろくでもない兄しかいなかったから!」


「……おい……黙れ愚妹……」


「二人とも……まぁまぁ……」


なんだかんだ言いながらも、この賑やかで温かい空間が、俺はたまらなく好きだった。


「それより、裕香。少し話が遅れてしまって済まないが……そろそろ『結婚式』の段取りを本格的に決めたいんだがな……」


「え……? 結婚式……? いやいやいや、俺はいいよ! そういうの! お金もかかるし、色々と面倒だろ?」


「「………………え?」」


え……?

さっきまでギャーギャー言い争っていた神宮寺兄妹が、一瞬でピタリと動きを止め、全く同じ『驚愕の顔』をして俺を見た……??


「え……ちょ……ゆ……裕香?……お前、結婚式……しない……つもりだったのか……? え……? え? いや……その……だな……こういうのは、一生の記念というか……その……俺は裕香の純白の『ウェディングドレス姿』をだな……!」


「そ……そうだよ! ゆか姉ぇ!! 大事! こればかりは超大事!! 絶対だから!! 女子の憧れのウェディングドレス……絶対に絶対に着てもらうからね! 私がプロデュースするから!」


「え……で、でも……その……元男の俺が、ウェディングドレスなんて……は、恥ずかしいような……!」


ウェディングドレス!? お……俺が着るの!?

流石に……大勢の前でそれは恥ずかしすぎる!!

俺がブンブンと首を振って抵抗すると…



「………なるほどな……それは、非常に残念だ…

折角、剛や久我に無理を言って、何ヶ月も前から予定を合わせてもらったのにな……。あいつら、今や世界を跨いで活躍してるってのに……久我なんて『君たちの晴れ姿のためなら』って、喜んで大型の音楽イベントのオファーをキャンセルしてくれたくらいだぞ……?」


「え……っ、?」


「そうそう!! 私もヒカとレイとあまねっちに声かけたよ!? みーんな喜んで駆けつけるって言ってくれてるのに! でも……これだと……みんな悲しんで途方に暮れちゃうな……ショックで泣いちゃうかも……」


「え……えぇ……っ!?お……俺の知らない所で??……うぅ……っ……結婚式…します……」



――というわけで。

神宮寺兄妹の完璧な包囲網に敗北した俺は、盛大な結婚式を挙げることになりました……。



結婚式当日


「それじゃあ、最後に背中、締めますね」


「……はい……!」


ぎゅっ――


背中で交差したドレスの編み上げ紐が、ゆっくりと、けれど確かな力で締められていく。


「苦しくないですか?」


「は、はい……大丈夫、です……」


そう答えながらも、俺は思わず小さく深呼吸をした。


ウェディングドレス……

前撮りや試着の時にも着たけれど、やっぱり実際に着付けるとなると工程が多すぎる……!!


まず最初に、ブライダルインナー。普段使う下着とは全く違う、身体のラインを極限まで綺麗に整えるための専用の補正下着だ。


その上からガードルを履き、さらにストッキング、ガーターベルト、そして幾重にも重なるフワフワのペチコート……

気付けば、俺一人ではまともに一歩も歩けないような重装備になっていた。


「歩く時は、こうしてドレスの前部分を軽くつまんで……」


「あ、はい……こうですね」


「ふふっ……そうですよ。とってもお上手です」


メイクさんやスタイリストさんが、流れるような手付きで俺を仕上げていく。


デコルテを彩る輝くネックレス

耳元で揺れるイヤリング

綺麗に結い上げられた髪に添えられる、ティアラと髪飾り

背中まで届く透き通るようなロングベール

肘まである上品なレースの手袋

そして最後に、両手に持たされる華やかなブーケ。


次から次へと続く準備……

もう、式が始まる前から疲労困憊だ……

やがて、最後の微調整が終わる。


「――完成です」


スタッフさんたちが、ふわりと一歩下がった。


「……」


俺は、恐る恐る目の前の大きな姿見を見た。

言葉が出なかった。

幾重にも重なる、純白のドレス。

腰まで伸びた黒髪は、プロの手によって美しく華やかにまとめられている。

ほんのり色付いた頬と、艶やかな唇。薄く、けれど完璧に施されたメイク。

幻想的に垂れる長いベールと、胸元でキラキラと光を反射する小さな宝石たち。


真桜さんがオーダーメイドで全て作ってくれた

俺のこの日の為だけの……衣装。


そこに映っていたのは――

これから、愛する夫の元へ向かう、一人の美しい『花嫁』だった。


「……綺麗……」


無意識のうちに、ポツリと呟いていた。

どこか、物語の登場人物を見ているような、他人事のような不思議な感覚。

本当に、これが俺なのだろうか。


突然女の子になったあの日の朝ですら、こんな現実感は無かった。


でも、今はそれ以上だ。


今日俺は、本当の意味で翔の妻になる。


その事実が、ウェディングドレスの重みと共に、ようやく胸の奥へと深く染み込んでくる。


コンコン――


「失礼します」


控え室のドアがノックされ、進行スタッフさんが部屋へ入ってきた。


「新婦様、新郎様の準備も完了しております。扉の前でお待ちです」


「……はいっ」


心臓が、トクンと大きく跳ねた。

いよいよだ。

スタッフさん達に優しく案内され、ドレスの裾をつまみながら、ゆっくりと控室を出る。


扉の前…そこには、純白のタキシードに身を包んだ翔が立っていた。

背が高く、スタイルが良いから、タキシードが信じられないくらい似合っている。


かっこいい……今まで見てきた中で、一番……ビシッと決まってる。


「翔……お待たせ……」


俺が声をかけると、翔がゆっくりとこちらを振り向いた。


「…………裕香……」


その瞬間…

翔の端正な目元が、少しだけ赤く潤んでいるのが見えた。


「え……し……翔!? ちょ、始まる前から泣いてるの!?」


「……いや……。今日この日……この最高の瞬間を、拝む事ができて……色々と、胸の奥から感情が溢れてきてな……」


翔は、照れ隠しのように目元を指で拭い、それから、世界で一番優しい笑顔を浮かべた。


「……とても綺麗だよ……裕香。……ありがとう……俺と結婚してくれて」


「っ……!」


その真っ直ぐな言葉に、俺の視界も一瞬でぼやけてしまう。


「泣くのは……いっつも、お…私のほうが先なのに…!

ふふっ……全く同じ事……思ったよ」


私は、溢れそうになる涙を必死に堪えながら、最高の笑顔で微笑み返した。


「……ありがとう、翔。私を見つけてくれて」


翔がそっと右手を差し出し、俺がその手を取る。

温かく、力強く握られた手。

そして、光の溢れるチャペルの扉の前へと並び立った。


「新郎新婦の登場です! 皆様、盛大に花を舞い上げて下さい!!」


司会者の高らかな声と共に、重厚な扉がゆっくりと開かれる。

拍手と、歓声と、色とりどりのフラワーシャワーが舞う、最高の未来へ向かって――。


これまでの友人たち……

白石さんに桐谷さん、神崎さん。久我さんに飯田くん。


それに、新たな友人である刈谷さん、三島さん、大島くん。

みんなが、満面の笑みと涙で俺たちを祝福してくれていた。

そして……新郎である翔の挨拶。


「本日、私たちはご列席くださった皆様の前で、結婚の誓いをいたします。まだまだ未熟なふたりではありますが、これからはお互いに心を一つにし、周りの人に感謝しながら、笑顔あふれる家庭を築くことをここに誓います」


真っ直ぐな、少し震える声。

私の左手の薬指に、銀色の指輪がゆっくりとはめられる

そっとヴェールがたくし上げられ……誓いのキスを交わした。


拍手と歓声の中、ふと見ると……みんな、特に白石さんや神崎さんは顔をくしゃくしゃにして大号泣していたっけなぁ。


お義父さんとお義母さんも、裏方としてずっと手伝って、温かく見守ってくれていた。


披露宴も記念写真も無事に終わって、本当に一生のいい思い出になった。


そういえば、ブーケトスは事前に久我さんと事前に打ち合わせをして、白石さんへの『サプライズプロポーズ』の演出に使ったんだっけ。あれは最高に楽しくて、そして感動的だった。


――そして、現在に戻る。


俺は神宮寺製薬の研究室へ続く廊下を、そんな温かい思い出に浸りながら歩いていた。


「あ〜……最初は恥ずかしかったけど……確かに、やってて良かったな。結婚式」


そんな思い出に思いを馳せながら、一番奥の部屋の前へ。


ウィーン……

自動ドアが開く。


「お、裕香。斎藤さんのリハビリ補助、お疲れ。これからデータの入力か?」


「うん。斎藤さん、今日は20キロ持ち上げたよ! 順調に回復してるみたい……流石は翔の研究の成果だね……!」


「そうか。だが、それを言うなら、お前のあの『決死の人体実験』が実を結んだ結果だ。……これはいわば、俺達の成果だよ」


「あはは……俺のことも含めてくれるなんて」


高校卒業後、俺はずっとこの神宮寺製薬で、データ入力の事務と、斎藤さんのような被験者のリハビリ補助を担当している。


まぁ、世界を変えるような翔の研究や、世界を股にかける真桜さんの仕事に比べたら、なんてことない小さな仕事なんだけどね。


ウィーン…


「やっほー! ゆか姉ぇ! お疲れ様! ……あ、あと兄ぃも」


突如、研究室の自動ドアが勢いよく開き、底抜けに明るい声が響き渡った。


「あ、真桜さん……! お疲れ様です!」


「チッ……鬱陶しいのが来たか。もう帰国したのか」



「えー、ひどっ! 折角この私が、世界を飛び回って優秀な外交をしてきてあげたってのに!」


「そんで? これからどこと組む腹積もりなんだ。確か、特にうちの技術を強く希望してたのは、アメリカと中国だったよな?」


「そだよー。私は中国推しかな? 買い手がめちゃくちゃ多いし、何より資源が豊富だしね」



「おーいおいおいおい……待て待て待て。

何が起こるか分からんぞ。俺はアメリカ推しだ。まずは日本という国を強い立場にする……アメリカに対して強く出るためのカードにするのが先決だ。資金回収なんてのはその次でいい」


「えー、大丈夫だよ多分。なんせ私が直接指揮をするんだし、あっちに変な研究なんかには絶対させないよ?アメリカこそ軍事利用されない? それに、今、資金的にどうなの?」


「いや、お前が裏で指揮するほうがよっぽど怖いわ……。いいか、アメリカの資金事情だがな……まずは――」




目の前で繰り広げられる、神宮寺兄妹のハイレベルすぎる議論。

俺はパソコンのキーボードの上で手を止めたまま、

顔を青ざめ引きつらせていた。


た、多分……俺は今……

下手に外に口を滑らせれば、会社どころか『国』のパワーバランスが傾きかねない、超絶ヤバい国家機密の会話を聞かされています……!!


残業ゼロ、福利厚生完璧。被験者の人権も最優先の超ホワイト企業だけど……

取り扱っている技術と、この兄妹が動かしている世界の規模がデカすぎて、一介の事務員としては正直めちゃくちゃ怖いです!!


そして、夕方


「あ、データ入力も終わったし、そろそろ帰るね。翔」


定時きっかり。俺は帰り支度を済ませて、モニターに向かっている翔に声をかけた。


「今日の晩御飯、翔の好きなもの作って待ってるから、仕事もほどほどにね……!」


「お、ありがとう。俺も出来るだけ早めに切り上げる。……家で待っててくれ」



「ゆか姉ぇ〜またねー! あ、明日お昼、社員食堂で一緒にご飯でもどう!?」


「あ、真桜さんとなら是非!」


手を振る真桜さんに笑顔で返し、俺は研究室を後にした。

世界を裏から動かす天才の夫。

各国の要人と渡り合う美貌の義妹。


そして、元非リア男子から『神宮寺裕香』になり、そんな規格外の家族を温かい手料理で支える俺

これが今の俺の、最高に幸せな『日常』です。


一歩外に出れば、世界を変えた超巨大企業の次期トップと、その歴史的な被験者。

でも、神宮寺製薬から家に帰れば、俺も翔もただの『普通の夫婦』だ。


テレビのニュースでは、未だに連日「神宮寺製薬の新たな功績」の話題で持ちきりだけど、リビングにいる俺たちの会話といえば。


お醤油、新しいの買わないとそろそろ無くなるかも…とか

明日は少し寒くなるらしいから鍋にしないか?…とか

食後は久しぶりにあのゲーム進めよう…とか


そんな、拍子抜けするほど他愛のないものばかり

でも……それが、たまらなく心地いい。


こんな前例のなさすぎる環境と肩書を背負っているのに、家の中では昔からの悪友みたいに、恋人みたいに、年相応の会話をして笑い合える。それが何よりも幸せだった。



次の日……朝6時。


ピピピッ……


静かな寝室に、翔のスマホのアラームが鳴り響いた。


「ん……翔……」


「おっ……すまん。起こしたか」


ベッドの中で身をよじる俺に、下着と服を羽織り

着替えを済ませた翔が優しく頭を撫でてくる。


「これから……仕事……?」


「ああ、まだ少し立て込んでてな。裕香は今日休みだろ? まだ寝ててくれ。こっちの準備は適当に済ませて行くから」


「ん……ありがと……いってらっしゃい……」


翔がそっと額にキスを落とし、仕事へと向かっていく。

バタン、と玄関のドアが閉まる音がした。


ヒュー……


一人残された広いベッド。翔の体温が消えたシーツの隙間から、少しだけ肌寒い風が入り込んでくる。


「ん……寒っ……」


俺も下着と服を着て、翔の匂いが残る毛布にくるまって、再び深い眠りについた。



午前10時

会社のカフェスペースで、俺は真桜さんとお茶をしていた。


「それでさ! 私、来週からまたドイツに行くことになってさー!」


「ん〜……ドイツ……そっかぁ……」


「ゆか姉ぇ? おーい、聞いてる? なんか寝不足?」


真桜さんが、心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。


「ん……へっ! あっ、ごめん! ちょ……ちょっと最近、やけに眠たくて……。しっかり寝てるはずなんだけどね……それに、なんだか少し熱っぽい……かな?」


ちょっと体調崩したかな……?

このところ、ずっと健康そのものだったのに。

俺が自分の額に手を当てて首を傾げていると。


「ふーん………………ねぇ、ゆか姉ぇ」


「ん?」


真桜さんが、いつものおちゃらけた雰囲気をスッと消し、真剣な……いや、どこか確信めいた目で俺を見た。


「最近、生理きた?」


「へっ……? ……せ、生理……?」


唐突な質問に、俺は記憶を辿る……

そういえば……


「よ、予定日から……もう2週間……? くらい、来てないような……」


「うちの医療室にも検査薬あるから、試しに今すぐしてみたら?」


へ……?

に……妊娠……?



え? 嘘? まじまじまじまじ??

え? 俺が……妊娠?? いやいやいやいや!!

さ……流石に……いや、流石に……!

確かに「理論上は生殖機能も完全に再構築されているから可能だ」って、お義父さんも翔も言ってたけど……!


そ……そりゃまぁ……お互いに大人になって結婚もしたわけだし、まぁ……その、そういうより深く踏み込んだ事も…責任取る的な事も…なんなら昨日の夜も、それこそ……っ!

さ…流石に…被検体の俺が…妊娠なんて…




神宮寺製薬、女子トイレ


俺は……個室の中で、ガタガタと震える手で『それ』を見つめていた。


手の中にある、真桜さんから渡された妊娠検査薬

そこにある小さな窓には……

くっきりと、鮮やかな『赤い線』が浮かび上がっていた。


「え…………?」


息が止まる。

頭の奥で、お腹の下部で、カァァァッと熱いものが弾けた。


「えぇっ……え……嘘……」


俺のお腹に………俺と、翔の……

新しい命が……?


次回最終話

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