第78話 さらば、私立白鳳学園よ
バレンタインを終え、それからの一ヶ月
俺と翔は、本当に沢山の場所へ出かけた。
動物園、水族館、テーマパーク
観光地巡り、オーケストラ、ライブ。
今までの人生で経験できなかったことを取り戻すように。
とにかく遊んだ。
本当に遊び倒した。
……ま、まぁ
コスプレプレイとか…ちょっと火遊びもしたけど…
お盛んな男女がいたら…だってね?
そして――
気付けば一ヶ月はあっという間に過ぎ去り。
今日、俺達は卒業式を迎えていた。
体育館、整然と並べられたパイプ椅子
胸元に飾られた花、壇上には校長先生。
いつも見慣れたはずの景色なのに、どこか違って見える
これが最後だからだろうか。
「これより卒業証書授与を行います」
厳かな声が体育館に響く。
そして。
「卒業生代表――神宮寺翔」
「はい」
静かな返事。
やはり代表は翔だった。
背筋を伸ばし、迷いなく壇上へ向かう
その姿は堂々としていて大人びて見えた。
卒業証書を受け取る翔
拍手が響く
パチパチパチパチ……
俺も自然と拍手を送った。
卒業式そのものは
思っていたよりあっけなかった。
在校生代表の送辞、卒業生代表の答辞
校長先生のありがたく、ながぁいお話。
小学校や中学校みたいな
みんなで泣きながら歌う合唱も
定番の掛け声もそういうものは無かった。
淡々としているが
だからこそ現実味があった、本当に終わるんだな。
最後のホームルーム、担任が前に立つ。
「お前達が入学した時はなぁ……」
先生はいつものように話し始めた。
最初は笑いもあった。
けれど
途中から声が震え始める。
「本当に……いいクラスだったよ……」
先生の目から涙が零れた。
それを見て
クラス中から笑い声が漏れるが
みんな少しだけ目が赤かった。
俺は、みんなより思い出が少なかったから
少し寂しかった…かな。
本当に終わった
俺達は卒業したのだ。
校庭は早咲きの桜が風に揺れていた
まるで卒業生を迎えるように咲いている
そこかしこで写真撮影が始まる。
「先輩ぃぃぃ!!卒業おめでとうございますううう!!」
「ありがと!また遊びに行くからね!」
「うわああああん!!」
別の場所では
「先輩! 今までありがとうございました!!」
「おう!お前らも頑張れよ!」
「はいっ!!」
あちらこちらで繰り広げられる別れの光景。
「卒業したんだな……」
前野裕介としては二年
前川裕香としては一年にも満たない。
思い返せば、この学校に入った理由なんて大したものじゃなかった。
両親に気に入られるため少しでも認めてもらうため。
ただそれだけだった。
夢も目標も無く何となく入学して
何となく過ごして
何となく卒業するはずだった。
……本来なら
「ははっ……」
思わず笑みが零れる。
本当にほっんとうに!!に色々あった
拉致られそうになって女になって、
生理やナンパに怯えつつ大変だったなぁ
でも楽しかった!
心からそう思えた。
「さてさて……」
俺は校庭を見渡す。
「これから……どうすれば……」
この後、一応ホテルを貸し切って
いつものメンバーで卒業パーティーが予定されている……が
今はみんな忙しそうだ。
まず翔と真桜さんは芸能人か何かか?
というレベルで人だかりが出来ている。
囲まれ方が尋常じゃない
流石神宮寺兄妹である。
桐谷さんは部活の後輩達に囲まれていた
白石さんも生徒会の後輩達から次々に声を掛けられている。
神崎さん、久我さん、飯田くん。
みんなそれぞれ後輩や友人達と別れを惜しんでいた。
そして…
俺はというと――
「うぅ……最後の最後でコミュ症ぼっち陰キャ発動するとは……」
一人である…!!
あ、いや別に孤独という訳ではないだけどね?
友達いるよ?でも別れを惜しむ後輩がいないだけだよ?
全然淋しくないからね!!!?
……校庭の端で一人桜を眺める生物が完成していた。
その時だった
「前川さーん!!記念に写真撮ろー!」
「え……?」
振り返る
「ん?………あ!!刈谷さん!三島さん!大島くん!」
ななななななんと!!
こんな俺に声を掛けてくれた!?
まじか!?
うわぁぁぁぁ……!!嬉しい!!
写真を撮り終えた後も少しだけ言葉を交わす。
「あんまり遊べなかったけど……また皆で会おうね!」
「前川さん元気でね!またメッセージ送るから!」
「調理メンバーのグループ抜けるなよ!前川!」
「う……うん!皆……!本当にありがとう!!また会おうね!!」
「もちろん!」
な、泣かせてくるぜ…ちくしょう!
もっと早く仲良くなれば良かったなぁ
そう思ってしまうくらいには
俺はこの学校の人達が好きになっていた。
友達なんてほとんどいなかった俺が
今はこんな風に別れを惜しんでくれる人達に囲まれている。
恵まれたな、恵まれすぎた。
この学校に入学して…良かった…!
「前川さん、この後どうするの?」
「え?あ、うーん……ちょっと人待ちかな?」
「ふーん……」
三人が顔を見合わせる。
「なるほどね」
「へ?」
「彼氏か!!」
「!?」
「えー!!!ねぇねぇ前川さん!」
三島さんが目を輝かせる。
「卒業記念に彼氏の正体教えてよ!」
「お願い!!」
「おっ!俺も気になるな!頼む!前川!」
刈谷さんや大島くんまで乗ってきた……
うーん……どうしよう…
卒業したし
一応、翔からも卒業後なら公表してもいいとは言われている。
でもなぁ……少しだけ悩む。
目の前の三人を見る
文化祭の調理班…
お世話になった思い出
本当に良くしてくれた人達。
……うん
この人達なら
「絶対に…対にこの四人だけの秘密にするって約束できるなら……」
「する!!」
「絶対する!!」
「墓まで持ってく!!」
へ…返事が早い
うむ、信じよう。
「じ、実はね……」
俺は少しだけ周囲を確認して。
小さな声で名前を告げた。
「「「…………………!?」」」
三人とも完全硬直し…次の瞬間。
「「「ええええええええええええええええ!?!?」」」
校庭中に響きそうな絶叫だった
あの時の三人の顔は一生忘れないと思う。
それから少し時間が経ち、俺達は全員合流した。
卒業祝いの会場
神宮寺家が貸し切ったホテルのレストラン。
「なははは!!卒業おめでとう!!皆の衆!!」
桐谷さんがグラスを掲げる。
「わー!!おめでとうー!!」
真桜さんも元気にグラスを揚げる。
「ふふ……あっという間だったわ…本当に楽しかった」
白石さんが微笑む。
「まぁね、ぼちぼち楽しめたわ」
神崎さんも肩を竦める。
「おい光、挨拶はいいから早く食おうぜ?俺もう腹減った」
い、飯田くんが既に料理を見ている……
「飯田くん……もう少し待とうよ……」
久我さんが苦笑した。
気付けばこのど派手でハイスペックで個性が強すぎる人達も
俺にとっては『いつものメンバー』になっていた。
「裕香、待たせてすまなかったな。時間は潰せたか?」
「うん、クラスメイト達と話してたし大丈夫だったよ」
「そうか」
翔も少しだけ安心したように笑う。
料理が運ばれ、談笑が始まる。
思い出話、失敗談、恋愛話、将来の話。
色んな会話が飛び交う
俺はその様子を見ながら
少しだけぼーっとしていた。
転校してきたばかりの俺に
女子としての生き方を教えてくれた真桜さん。
いつも引っ張ってくれた桐谷さん。
困った時は必ず声を掛けてくれた白石さん。
何度、何度救われただろう。
海、夏祭り、体育祭、修学旅行、文化祭、クリスマス、旅行。
こんな青春イベント
俺には縁がないと思っていた…のに
久我さん
最初は尊敬しすぎて近寄りがたいと思っていた
でも趣味が意外と合うし話していて面白かった。
飯田くん
めちゃくちゃデカくて迫力あったけど
思ったより悪い人じゃなかった。
神崎さん
最初は因縁つけられて怖かったけど
いつの間にか仲良くなっていた。
そして…翔。
どん底だった俺を救い上げてくれた人
友達になってくれて理解してくれて
支えてくれて…好きになってくれて
こんな人生をくれた人。
感謝…本当に
感謝しかなかない…!皆に…この人生に
この奇跡みたいな毎日に。
気付けば
視界が滲んでいた。
「あれ……?……」
止まらない。
「ぐす……ぐすっ……うぅ……」
みんながこちらを見る。
でももう止められなかった。
「もう……会えなく……なるのかな……」
声が震える
その言葉を口にした瞬間
卒業という実感が
ようやく胸に押し寄せてきたのだった。
「ありゃ〜、ゆかっち泣いちゃった〜!」
「なははは!そんなに寂しいか!ゆかっち!」
「うぅ……だ、だって……」
「もう、光ったら……また会えるよ、裕香さん」
(ううう……!構ってあげたい!!も、持ち帰りたい……!!)
「ゆ、ゆかっち!私はいつでも会えるからね!」
(か、可愛い……!あ、いや……こんな事思っちゃ駄目……でも……)
う
「そんな不安になるな、裕香。
卒業といっても、会おうと思えばいくらでも会えるさ」
「ぐすっ……う、うん……」
そうだ
永遠の別れじゃない
連絡先も知ってる。
SNSだってある
会いたくなったら会える。
分かっている
分かっているけど。
それでも
高校生活は今日で終わるのだ。
「ご、ごめん……つい……今まで楽しすぎて……」
「ふふふ〜!ゆかっち〜」
真桜さんがニヤニヤしながら近寄ってくる…?
「これからは社会人だよ?つまり!」
ビシッ
「もっと出来ることが増える!!」
「なはは!運転して旅行!バー!クラブ!
楽しいのはこれからだぞ!」
「そ、そうなの……?」
「という訳でゆかっち!二十歳になったら飲みに行こうね〜
良いお店知ってるんだ〜」
「はは…真桜さんは相変わらずアグレッシブだなぁ……」
「それでね〜朝まで――」
「や、やめろ!!洒落にならん!!」
「わはははは!!」
やっぱり神宮寺兄妹には敵わないや!
しんみりした空気を秒で吹き飛ばしてくる。
楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
料理も食べ終わり。
話も尽きて時計を見る
もうお開きの時間だった。
これで、本当に終わり。
高校生活という一つの物語に区切りがついてしまう。
「なはは!また会おうな!それじゃ!」
「翔、久我たまには連絡よこせよ?」
桐谷さんは春からトレーナー
飯田くんは実業団入り
スポーツカップルは去っていった。
「私達も行くね、今日はありがとね…!」
「これから忙しくなるけど……必ず会おう」
白石さんは難関大学へ。
久我さんは作曲家として独立、そして単独コンサート。
音楽カップルも…去っていった。
「それじゃ……またね、翔くん、真桜、ゆかっち…楽しかった」
神崎さんはフランスへ…
なにやら海外のプロチームから誘いを受けたとか。
一人、また一人
仲間達が帰っていく。
レストランは少しずつ静かになっていく。
皆が前へ進んでいる、だから俺も
前へ進かなきゃいけない。
そんな気持ちが
胸の奥で静かに芽生え始めていた。
「それじゃ、俺達も行くか」
「おっけ〜、兄ぃ」
「……うん!」
卒業パーティーを終えた俺達は、三人で車に乗り込んだ。
ホテルを離れ
夕暮れの街を走る。
しばらく走ったところで、真桜さんが口を開く。
「あ、私、本社で下ろして〜。荷物まとめてくるから」
「旅行か?」
「そうそう!」来週から半年くらいアメリカ行こうかなって!」
ら、来週から…半年?アメリカ?
「おおぉ……真桜さん元気だなぁ……」
「旅行もいいが家業はどうするんだよ」
「兄ぃ!そこんとこ頑張って!」
「はぁ……だろうと思った……」
やがて車は神宮寺製薬本社へ到着し
真桜さんが車を降りる。
「それじゃ!兄ぃ!ゆかっち!しばらくバイバーイ!」
「はいはい、うるさいのがいなくなって静かになるな」
「ひどっ!?」
真桜さんが抗議するが、すぐに俺の方を見る。
「……………」
「ゆかっち?」
「……真桜さん」
「ん?」
「また……会えるよね?」
少しだけ…やっぱり寂しくなって聞いてしまった。
真桜さんは即答した。
「もちろん!なんなら一緒に来る?」
「ぬわー!やめろ!!いいから行ってこい!」
「はーい!また帰ったら遊ぼうね!」
「……うん!また!」
そう言って
真桜さんは手を振りながら本社へ消えていった。
みんな、それぞれの未来へ進んでいく。
車は再び走り出す
今度の目的地は俺の社宅
車内には俺と翔だけ。
不思議と心地いい静けさだった。
「…………」
しばらくして
翔がぽつりと口を開く。
「どうだった?」
「ん?」
「高校生活」
俺は少し考える……自然と笑った。
「まぁ……色々大変だったけど」
「本当に…本当に楽しかったかな」
「ふっ…そりゃ良かった」
「翔」
「ん?」
「ありがとな…お前は……俺の人生の恩人だよ」
「お前がいたから…楽しめた
かけがえのない思い出になった…ありがとう」
車内に静寂が落ちる
少しだけ照れ臭い。
でも
言わずにはいられなかった。
すると、翔も少しだけ照れたように笑った。
「それはこちらこそだ」
「え?」
「俺の想いを受け止めてくれて
俺の熱意に正面から向き合ってくれて…友達になってくれて…恋人になってくれて………ありがとう」
その言葉に
胸の奥がじんわりと温かくなる。
少し沈黙…静寂のドライブは続く。
そして
翔が再び口を開いた。
「神宮寺製薬の横にな、新しい施設が建つ」
「へぇ」
「といってもほぼ家だ。俺が投資して、設計にも携わった新築だ」
「お、おぉ……」
投資…設計??高校生が言う台詞じゃない…
「……なぁ、裕香」
「ん?」
信号待ち車が止まる
翔はこちらを見ず、前だけを見ている。
でも、少しだけ緊張しているのが分かった。
「俺と……住まないか?」
「…………へ?」
「いや………俺と一緒に……同棲してくれ…!」
…………?
………………??
……………………???
ええええええええええええええええええええええっ!?
ま、まじか!?
このタイミングで!?卒業式の日に!?
最後の最後で!?なんてサプライズだ!!
だ…だけど…俺は即答だった。
「……うん!喜んで!!」
「…………まじ?」
「まじ!大マジ!!」
「うわぁぁぁ!!よっしゃああああああ!!!!
テンション上がってきたぞぉぉぉぉ!!」
「やったぁぁぁぁぁ!!おっしゃああああ!!
嬉しすぎるだろコンチクショウ!!」
「はははは!!そんなに嬉しいのか?」
「嬉しいに決まってるだろ!ずっと一緒に住みたかったんだからな!」
「じゃあ俺…ご飯作るよ。翔のために」
「ありがとよ、俺も時間ある時は作る。分担しようか」
「そうだな!」
同棲…一緒に住む
一緒にご飯を食べて一緒に笑う…
そんな未来を想像する
胸が高鳴る…!
さっきまで卒業が寂しくて泣いていたのに
我ながら単純だ
でも、別れがあれば新しい始まりもある。
俺には翔との未来が待っている
きっとこれからも
新しい思い出が増えていく。
だから
俺は前を向ける
未来を楽しみに思える。
窓の外に流れていく夕焼けを眺めながら
俺は改めて思った。
――やっぱり
翔は世界一、素敵な恋人だな、と。
数日後――
「よいしょ……ふぅ……」
段ボールを床に置き、俺は額の汗を拭った。
「裕香、この段ボールここでいいか?」
「うん、ありがとう!」
俺と翔は絶賛引っ越し作業中だった。
新築三階建ての一軒家。
まぁ……想像通りというか
神宮寺クオリティ全開というか…
とにかく凄いセキュリティは万全
部屋数も無駄に多い
普通に買えば数億円はするらしい。
うーむ、高校を卒業したばかりの人間が住む家じゃない。
「はぁ〜……疲れた…汗ベトベトだ……」
俺はその場に座り込む。
春になったとはいえ、引っ越し作業は重労働だ。
翔もシャツの首元をパタパタさせる。
「裕香、先にシャワー浴びるか?」
「いいのか?」
「おう、記念すべき初風呂だ。行ってこい」
ありがたい……!
汗で身体がベタベタだったのだ。
浴室
「おおぉ……」
広い…広すぎる!
室内風呂、水風呂、露天風呂
さらにサウナ付き
なんで一軒家に風呂が三つあるんだろう?
入りたいのは山々だが
今日は時間もないのでシャワーだけにする。
ジャアアアア――
温かいお湯が全身を流れていく。
「あぁぁぁぁ〜……」
生き返るぅうぅ!
疲れた身体に染み渡る!
生活が落ち着いたら、一緒に露天風呂とかも入ってみたいな。
そんな事を考えながら汗を流し終えた。
脱衣所で身体を拭いて下着を履いて
さて着替えを…………あれ?
俺は周囲を見回した。
「ん?」
もう一度探す……ない
ゴソゴソ…
ゴソゴソ…!!
ない…ない…ない!!
「うわぁぁぁぁ!!」
パジャマの入った段ボールがない!!
「あわわわわ……!」
やってしまったー!
「し、翔!!」
俺は慌てて扉の向こうへ呼びかける。
「着替え忘れた!!」
翔の声が聞こえる。
「マジか!?……ん〜ひとまず俺の服着るか?」
「た、助かる!!」
パタン。
扉が少し開き、服が投げ込まれる…対応が早い!
俺は受け取った服を広げる。
パーカーだった。
「ズボン…ないが?…まぁいいか」
着てみる
ダボォ………
ブカブカなパーカー
袖は指先どころか手ごと隠れる
丈も長い、下手したらミニスカワンピースで通用する。
当たり前だが大きいな
俺と翔は二十センチ以上身長差がある。
女子になった俺はまぁまぁ小柄だからなぁ…
リビングへ戻る
「し……翔……これ……大丈夫か……?」
俺は、慣れない格好でふらふらと翔の前に立った。
「うぐぅっ……!!!! ……だ……大丈夫だ……問題……ない……」
「ほ……ほんとか……?」
本当に大丈夫か怪しくなり、俺は長すぎる袖をフリフリと揺らしてみた。
「うぉっほ……っ! ……ほ、本当だ!」
(ぶっちゃけ……裕香が荷物の中で、パジャマの入った箱だけを置きっぱなしにしていたのは……気づいていた……!!
しかし、あえて黙っていた……!
案の定、着るものがないと俺に頼り……今、俺のパーカーをダボダボに着ている……!)
(可愛い……!! 可愛すぎる!彼シャツならぬ彼パーカー!!!! おおお! 同棲すると、俺は……毎日こんな……光景を見れるのか??最高すぎるぜ!!)
目の前で、翔がなにやら一人でプルプルと震えながら悶絶している。
やっぱり、俺が着ると何かおかしいのだろうか?
気になって、俺は部屋の姿見を覗き込んだ。
そこには……ダボダボの大きなメンズパーカーを着て、手が完全に隠れた『萌え袖』状態になり、下は裾から太ももがミニスカート以上に露出している……どう見ても「彼氏の服を借りた小柄な彼女」という、あざとさ全開の少女の姿があった。
……ふーん……なるほどな。
翔の悶絶の理由を完全に理解した俺は、少しばかりのいたずら心を起こした。
「ふふふ……翔……、ほれほれ……!」
わざと翔の前に立ち、大きめのパーカーの裾を揺らすように、お尻を軽く振ってみる。
そして、ちょっと腰をくねっとさせて、上目遣いで誘惑してみた。
さらには…チラッとパーカーぎりぎりたくしあげたり…!
「うおおおっ!! ッて……や……やめろ! まだ真昼間だろ……っ! ……さ、最高すぎる……。
すまん、これ以上は俺の理性が耐えられんから……ちょっと、お前の荷物取りに行ってくる…ッ!」
「お……おお……そうか……わかった。いってらっしゃい……?」
バタン、とドアが閉まり、翔が部屋から出ていく。
一人になった俺は、洗面台へ向かって濡れた髪を乾かし始めた。
ブォォォォン……! と、ドライヤーの強い風と大きな音が洗面所に響き渡る。
ドライヤーを終え、保湿スキンケアも完璧に済ませて、リビングのソファで少し休憩……
ふぅ、と息を吐き出すと、ダボダボのパーカーから、翔の清潔感溢れる香りがふわりと漂ってきた。
「……いい……匂い……」
自分の身体より二回りも大きいパーカーのサイズ感のせいか。
それとも、この安心する翔の匂いのせいか。
まるで、翔の大きな腕にすっぽりと包み込まれて、優しくハグされているような気分になる。
ドキ…ドキ………
「…………ふふ……翔……好き♡」
「翔……大好き……!♡♡」
うわわわわわ!! は……恥ずかしい!!
で……でも……心臓のドキドキが心地よくて、止まらなくて……つ……つい、口に出して言っちゃう……!!
「大好き」なんて甘いセリフ……面と向かっては、まだ翔に言ったことないというか……流石に恥ずかしすぎて死んでしまう。
だから、これは俺一人の空間だけの……絶対にバレてはいけない、秘密の……
ガチャ……
「へ……? し、ししし……翔……? なんで?」
突然開いたリビングのドア。そこには、猛ダッシュで荷物を取りに行ったはずの翔が立っていた。
「いや……ちょっと、忘れもの……があってな」
「あ、あああ! あ! そ……そうなんだ!! 忘れもの、どれかな!? 俺も探すよ!?」
明らかに挙動不審になる俺を見て、翔はスッと目を細めた。
「裕香……お前、さっき俺の事……」
「き……聞こえて……た……?」
ズイッ……
「全部……な……! 裕香……」
し、し、翔が近い!! 近い近い近い!!
逃げ場を塞ぐように、翔が俺をソファの背もたれへと追い詰める。
「あ、あの〜……これは……その………!」
「ふふふ……安心しろ。……俺も、大好きだぞ」
「へっ!? あ……そうなの……」
耳元で低く甘い声で囁かれ、俺の顔は一気に沸騰したように真っ赤になった。
「『彼パーカー』からの『挑発と誘惑』そして極めつけに『大好き宣言』……もう、十分だろ?」
「えっ!? ま……まて! 俺シャワー浴びたばかり!! 綺麗にしたばかりだから! ちょっ!」
「裕香……ここまで煽っておいて逃げられると思うなよ。お前が悪いからな……!」
「ちょいちょいちょい!! ひゃぁぉあっ!!」
真昼間のリビングに、俺の情けない悲鳴が響き渡る
こうして……俺と翔の賑やかで…アツアツな同棲生活が幕を開けたのだった。
完結まであと2話




