第69話 同級生で大人のお姉さんによる秘密のお勉強
桐谷さんと神崎さんをそれぞれの家へ送っていった後
車内には、翔と俺、ふたりっきりになっていた。
「な……なぁ、翔。さっき言ってたクリスマスの予定……って、なんなんだ?」
恐る恐る尋ねると、翔は前を向いたまま、ほんの少しだけ口角を上げた。
「ん? ……ああ、俺達2人でクリスマスを楽しむ……って予定だな」
「うぅ!勝手に決めて…!」
ドキッ……
こういうスマートな“できる男ムーブ”をされると、どうも…
スイッチが…入りかねる。
。
とはいえ……俺はこれまでの日々で、翔に返しきれないほどの恩がある。
今回だって、翔に任せっきりにしたら、神宮寺の財力をフル稼働させた規格外のクリスマスを用意されかねない。
しかし……!!
お……俺だって、これまでコツコツ貯めてきた貯金がまぁまぁある……!
だから、恋人として初めてのクリスマスくらい、俺から……俺の方から、最高のおもてなしをしてやりたい!
ぶっちゃけ、翔のステータスを考えたら4000万円あっても足りなさそうだけど……そこは気持ちだ、気持ち!
「翔……クリスマスなんだけどさ」
「ん?」
「良かったら、俺…に任せてくれないか?」
「ほぅ?」
翔が少し驚いたように横目でこちらを見る。
「翔には色々と……本当に助けてもらってるからさ。本気でお返しがしたいんだ……! 翔に比べたら貯金は全然少ないけど……精一杯やるから……翔、欲しいもの、なんでも言ってくれ!」
「なんでも……か」
さ……さぁこい!
高級フレンチか!? すごいアトラクションの貸し切りか!?
それとも、ゼロがいくつ並ぶか分からないような高級腕時計とかか!?
海外旅行……って言われたらどうしよう、俺パスポート持ってなかったわ……
身構える俺に対し、翔は少しだけ思案するように間を置き
優しく、どこか照れくさそうな声で言った。
「それじゃ……裕香の家で作った飯が食いたい」
「……え?」
「そして、ゆっくり裕香と……1日を過ごしたい。夜まで楽しく、な」
「え……? そ……そんだけ?」
「ははっ! これだから恋愛初心者は! 恋人に作ってもらう手料理に、どれだけ圧倒的な価値があるのか分かってないのかよ」
「そ……そうなのか……?」
「ああ、そうなんだよ」
……そっか
翔は、そういう普通の……俺とのありふれた時間を望んでくれてるのか。
「あ……! あと、プレゼント! それこそ何でも言ってくれ! 頑張って探すから!」
「ん〜……そうだな。よし、プレゼントはお互いに『サプライズ』として、当日まで内緒にしておくことにしよう」
「サプライズ?」
「試してやるよ。裕香が俺に何をプレゼントしてくれるのか」
「え……えぇぇぇ!! ……いじわる……」
――――
翔に社宅まで送ってもらい、自室のベッドにダイブする。
「俺の……手料理……? ほんとにそんだけでいいのか?」
天井を見上げながら呟く。
うーん……俺の料理って、そんなに美味いかな?
別に変わった高級調味料を使ってるわけでもないし、基本に忠実に作ってるだけなんだけど……。
「……でも、そっか。クリスマス丸1日、俺の部屋で2人で夜までゆっくり……」
想像しただけで、口元が緩んでしまう。
ふふふ……楽しみだなぁ……!!
「よし! こうなればベストを尽くすぞ! 気合入れてケーキも焼いてやろう!」
ベッドから跳ね起き、腕まくりをする。
チキンをこんがり焼いて……手作りケーキを食べて……そして、ドキドキのプレゼント交換……!
「あー、でもプレゼント、翔は何が欲しいんだろうか……」
神宮寺の跡取りとして、高級な貰い物なんて子どもの頃から飽き飽きしてるはずだ。
くそ……! 俺を試しやがって……!
クリスマスまで、あと10日そこら。
ここは、翔の趣味嗜好を徹底的に分析して、最高の一品を選び抜いてやる!
「プレゼント交換して……そんで、ゲームとかするのもいいかもな! 最近、翔も普通に強くなってきてるし……」
うんうん、最高のクリスマスになりそうだ!
美味しいご飯を食べて、ゲームを楽しんで、その後は……
その後 夜…ゆっくり………?
「…クリスマス……夜……一緒に……お泊まり……恋人同士で……」
つま……つまり……?
「あわわわわわわわわわっっっ!!!!」
ももももも……もし……かして……!?
え……えええ!? いや……
でも、これ……完全にフラグか!?フラグなのか!!?
「わ〜〜〜〜っ!!! まじか!? まじなのか!?」
やばいやばいやばい……!
胸のドキドキが、さっきの車の中とは違う意味で止まらない!
警鐘のようにバクバク鳴っている!
「す……する……のか……? 翔と……!!」
いや、早くないか!? 付き合ってまだ1ヶ月も経ってないし!
でも、世間のカップルにとってクリスマスってそういう日だし……!
ていうか、俺、元男だし! 準備とか、心の覚悟とか、全然――!!
「ど、どどどど、どうしよう……!!」
俺はベッドの上で、しばらくジタバタと悶え転がった。
落ち着け、落ち着くんだ。
俺は火照った身体を確かめるように、服の上からそっと手を当てた。
胸元……お腹…お尻へとゆっくり撫で下ろし、やがて太ももの間へと指先を這わせる。
「も……妄想なら、なんども……してたけど……っ」
自分の手を『翔の手』に見立てて、優しく、あちらこちらを確かめるように触れてみる。
ビクッと肩が跳ねた。自分の手なのに、どこか別の誰かに触れられているような錯覚に陥る。
「あふっ…!……あー……やばい…………求めてる俺が……いるな……」
熱い吐息が漏れる。
「……ん?いやまて…それまでの流れってどうするんだ?
それに準備しておく物ってあるのか…??」
同人誌やAVの知識はあっても、女の子としての『実践』の知識や感覚なんて全くないのに……
いざその時になったら、ど……どうすればいいんだ……?
当たり前のようにヤッたヤッた皆言ってるけど
あまりにも…未知数!!
一方、裕香を無事に社宅へ送り届けた翔
「はは……」
「ははは……っ! い……い……言質とって……やったぞ!! お泊まりだ!! おおおおおおっ!!」
「裕香と!! クリスマスに!! 手作り料理!! プレゼント交換!! オールで過ごす!! ……そして……っ!」
「いや、いかん、想像しただけでムラムラしてきた。
待て、落ち着け……俺……」
深呼吸を繰り返し、暴走しかける理性を必死に手綱で縛り付ける。
「大丈夫だ……俺と……裕香は、ちゃんと恋人同士なんだ。順序を踏めば何も問題はない……。それに、そういう目的だけでガッツくような性欲モンスターじゃねぇ、俺は……」
言い聞かせるように呟きながらも、どうしても口元が緩んでしまう。
「ふふ…まぁ、それはさておき……おぉ……こんなに待ち遠しい気持ちになるなんて……初めてだな。ああ……クリスマスか……最高だな」
神宮寺翔は、生まれて初めて訪れる『本物の聖夜』に向けて、一人車内で歓喜の余韻に浸っていた。
――――
そして次の日。学校の昼休み。
「なはは! ということで、土日はゆかっちと天音とボルダリングとプールへ行ってきたぞー!」
いつものメンバーでテーブルを囲んでお弁当を広げる中、桐谷さんが元気いっぱいに報告した
お昼はむしろこれがないとな。
「ヒカ、相変わらず元気だねぇ〜」
「ええぇ……うそ……冬にプールに行ったの……?」
「あ……意外と温水でぽかぽかしてて、よかったですよ……! すごく楽しかったかな……!」
日常のわいわい話で終わる筈もなく早速本題を切り込む桐谷さん。
「ふふふ……みなのもの……もうすぐ、何が始まるのか……わかるかな?」
「ん〜、クリスマス?」
「そう! クリスマスなのだ!! さて、皆の衆は聖なる夜に何をするのだ!?」
この流れは……一人ずつ『聖なる夜に何をするのか』を白状させられる、公開処刑のターン……!!
「ちなみに私は、剛と旅行だぞ!!」
「へ〜楽しそう! 私はフランス行ってきまーす!」
「あ……私は、奏くんと一緒かな……?」
桐谷さん、真桜さん、白石さんが、まるで『今日の晩ごはんはカレーだよ』くらいのテンションであっさりと答える。
そして…
「ゆかっち……シメは頼んだぞ〜!?」
なぜ俺がお約束のオチを担当せねばならんのだ…
全員の視線が、期待を込めて俺に突き刺さる。
「う……私……も……し、しし翔が家に来る感じ……らしい……です……」
「『らしい』! そこを濁しても意味ないぞなはは!」
「いいなぁ〜私も誰かとクリスマス過ごす相手欲しいなぁー」
「珍しいわね、真桜がそんなこと言うなんて。貴方ならすぐ見つかるでしょ?」
「えー、そこらの有象無象なんか捕まえたってしょうがないよ〜。もっと面白い人がいいな〜」
おぉ……そこらの有象無象……
学園の頂点に君臨する神宮寺の令嬢らしい、とんでもない強キャラのセリフだ。
「それよりゆかっち……ふふふ……お・と・ま・り……だね!」
「へぇ!? そ、そうですね!健全に!ゲームでオールとか……!」
俺の必死の抵抗も虚しく、桐谷さんはニヤリと笑みを浮かべた。
「なはは! もうそういう逃げ方は通用しないのだ! ……まぁ、我らはこれ以上は突っ込まないでおいてやるぞ! ただし、クリスマス後の女子会に詳細を持ち越してもらうからな!」
「ええぇ……!?」
「もうヒカ……はしたない……食事中よ……」
白石さんが苦笑いして嗜めるものの、やはり話題はもっぱらクスマスのディープな話へと流れてしまった。
――――
帰宅後。自室
「わわわわ……! クリスマス……いや、普通に過ごせばいいじゃないか……! 普通に……!」
「普通に家に呼んで……普通にご飯食べて……普通にプレゼント交換して……普通にゲームして……普通に……一夜を……へへ」
「いやいやいや!! いつの間に俺はこんな性欲まみれのエロ女になったんだ……! ……うぅ……」
頭を抱えてベッドに突っ伏す。
彼女いない歴=年齢の非モテ童貞だった俺でも……『クリスマス』と『恋人』というキーワードが揃えば、その後に何が起こるかくらい予想がついてしまう。
「か……仮に……そういう感じになったとして……何が必要なんだ……?」
とりあえず、スマホで検索してみる。
『初めて お泊まり 準備』
……ふむふむ……なるほど。可愛い下着……ムダ毛の処理……ボディクリーム……
ん準備多くないか?
そして……
……ゴムに……ローション……
スマホをひたすら見ると…
これは……もしかして……あれか!? おもちゃとやら!?
へぇ……最近は色々なタイプの……いやいや感心してる場合じゃない!
「とりあえず、一応……念のために……通販で購入……いや、待てよ」
嫌な記憶が頭をよぎる。
確か、この社宅……セキュリティの一環で、届け物の荷物に関しては一旦、管理室が預かって、簡単な外観や品目チェックが入るんだった……!
もし、そんな事になったら……。
(脳内シミュレーション)
『お届け物でーす。前川裕香さん宛……こちらで宜しいですか?』
『はい、ご苦労様。こちらで管理してます』
『わかりました』
『んーと、なになに……品名:化粧品……日用品……? 』
ペリペリ……
『あら……。ああー……なるほど……まぁ……お年頃だしねぇ……』
「ってなるに違いない!!! うわぁぁぁ!!! 絶対無理!!! 生きていけない!!!」
「じゃ、じゃあ……実店舗に買いに行かないと……いけないのか!? あの、いかにも『妙な雰囲気』を漂わせてる、18歳未満禁止の暖簾がかかった本屋さんとか、薬局の奥のコーナーに……!!」
今の俺の見た目は、どこからどう見ても普通の女子高生だ。
そんな子が一人で、そんなコーナーをウロウロして、レジにお会計に持っていく……!?
ハードルが高すぎる! !
「高校生って……みんな……こういう時どうしてるんだっ!?!?」
行き場のない叫びが、部屋の中に虚しく響く。
こうなったら……もう、誰かに相談するしかない。
しかし、誰に!?
こんな恥ずかしい悩みを相談できて……理解力があって……丁寧に、優しく教えてくれそうな人……。
「あの人しか……いない……!」
――――
次の日の夕方
俺の部屋。
「なななななななな……な……なるほど……」
「と……いうわけなのです……白石さん……」
俺の目の前で、白石さんが、顔を真っ赤にしてプルプルと震えていた。
「う……うーん……そ、それは……確かに……こ、困ったわね……」
「と……取り敢えず、ゴムとかローションの準備リスト、翔にメッセージで送って割り勘にするか聞こうと……」
「やめて!絶対やめてねそれは!! 流石の翔くんもキャパオーバーになるから!!」
……だ、駄目なのか。情報共有は大事だと思ったんだけど。
「……こ、コホン……! 裕香さん、大事な事を言っておくわ……!」
白石さんは顔を真っ赤にして、それでも真っ直ぐに俺の目を見つめてきた。
「だ……大事な……事?」
「そう……恋人同士であろうとも……必ずしも、その日に『そういう事』をしないといけない……なんてルールは、どこにもないの」
「な……なるほど」
「確かに、周りはそういう話を軽く言う人もいるわ。でも、心の距離感やペースは人それぞれ……だから、焦る必要は全くないのよ」
「そっか……」
顔を赤くしながらも、俺のために一生懸命、真面目に説いてくれる白石さん。
同い年なのに、なんだかすごく大人のお姉さんみたいで……俺まで恥ずかしくなってくる。
「ごめん、ありがとう……。ち……ちなみに……」
俺は、ごくりと生唾を飲み込んだ。
これから聞くことは、パンドラの箱を開けるようなものだ。
だが……この状況と、俺が『前川裕香』という女子のポジションにいるからこそ、初めて成立する……あまりにも攻めた質問!
「白石さんは、初めての時……って、どんな流れだったの……?」
「〜〜〜〜っっっ!!??」
白石さんが沸騰した。
「う……うーん……! お、お泊まりして……一緒に布団潜って……その、えと……色々……イチャイチャ……したら……いつの間にか……って、は、恥ずかしい!! 聞かないで!!」
両手で顔を覆い、身悶えする白石さん。
「はわわわ……凄い話……!」
俺は今……学内の男子、いや女子さえもが喉から手が出るほど欲しがる『白石麗華の初夜のリアル』という特級の情報を得てしまった。
「と……とにかく……!! そういうのは、計算してやるんじゃなくて、自然になっちゃうものなの……!! するもんじゃなくて、起きるもの……!」
「は……はいっ!」
「それと……万が一……万が一ね……! 裕香さんも……女の子なんだから……前日のお肌の手入れと……可愛い下着……くらいは準備しておいてもいいかも……」
ネット出てきた話だ!この情報は本当だったんだ!
「ゴムやらは……多分大丈夫かな。翔くんがちゃんとエスコートして準備してくれると思うから……裕香さんって、こういうの初めてよね?」
「えぇ……!! あ……はい……」
「それなら……翔くんに、全て身を委ねてみて……万が一ね!」
「万が一……ですね……!!」
取り敢えず、白石さんから『女子としてのマナーと心構え』…?をある程度教えてもらった。
「あ、それから裕香さん! 自分が読んできた『同人誌』の情報を鵜呑みにしちゃ駄目よ?」
「え? そうなんですか?」
「うっ……! なんて純粋な反応…」
「いい……? 同人誌はね、現実と違って読者を興奮させるために、できるだけハードで、オーバーに演出してるの……。体の反応も、セリフもね」
「そ、そうだったの……てっきり、作者の実体験がベースになってるのかと……」
「違うのよ…むしろ経験が少ない故の妄想というか…まぁ、それが逆にターゲットに刺さってしまってるのね」
「そ…それじゃあんなすぐに…始めないし、あんな効果音も出ない…ってこと…??」
「そうそう…!ちなみに普通は『お◯◯◯大好きになっちゃう〜♡♡!!』なんて……言わないからね…………っ!」
「はいぃっ!!??」
し……白石さんの口から、とんでもない発言が飛び出したァァァァ!?
「わ、わかったかしら!? ど……どうしても勉強したかったら……女性向けの……そういう動画……とかが……オススメ……かな……っ?」
「あ、ありがとう……ございます……」
こうして、白石さんによる『少しいや、だいぶ過激で実践的な性教育』が終了したのだった。
――――
帰り道
冬の冷たい風に当たりながら、白石は火照った頬を冷ましていた。
「……まぁ……そうだよね。裕香さんも恋する乙女……。それに、相手があんなに素敵な翔くんだし、初めてのクリスマスなら、尚更そういう雰囲気になるわよね……」
「………………」
「うぅっ!! なんというか……この、胸にぽっかり穴が空いたような感覚…喪失感!?」
白石は胸に手を当て、ぎゅっと服を握りしめた。
「溺愛する妹や娘に彼氏ができて、お嫁に行っちゃう時って……こんな……気持ちなのかしら……!!ううう……!! 翔くん……! どうか……どうか! 裕香さんを優しくして、絶対に幸せにしてあげてね……!! 」
―――
その頃。俺の部屋。
俺はというと……白石さんに勧められた通り、こっそりとスマホで『女性向けのそういう動画』を検索し、真剣な眼差しで視聴していた。
「なるほど……これが……前戯……」
画面の中で繰り広げられる、優しく、時間をかけた愛撫。
「……同人誌だったら、三コマくらいで終わってすぐ本番に入るのに……もう二十分は経ってるぞ……」
そして、やっとこさ本番
確かに…同人誌特有のドチャクソな効果音はない…
「おぉ…なんて…こんな。
声…こんな感じになるのかな…?」
そういう動画見てるはずなのに…全然ムラムラしてない
大人になるための……真剣な自主勉してるからかな…?
クリスマスの夜は、もうすぐそこまで迫っていた。




