第68話 壁を乗り越えるってやっぱり難しい
12月半ば
色々あった12月も、もう折り返し
15日そこらなのに起こった事は1年くらいの密度。
「本当に色々あったなぁ〜……」
俺は昼休み、自販機で飲み物を買ったついでに、外のベンチに腰を下ろしていた。
冬の空気はひんやりしてるけど、
その冷たさが逆に心地いい。
ぼーっとしていると――
「お、ゆかっち。お久」
「……あ!神崎さん!?」
「体調、もう大丈夫なの?」
「あ…うん。もう大丈夫……かな?」
「ふーん、それは良かった……でさ」
とん、と
自然な動きで隣に座ってくる
距離が…近い。
「…………翔くんと、どうなの?」
「へ!?……あ……じゅ、順調……です……」
「っっ〜〜〜〜〜!!!!」
ブンブンと手を変な動きで振り出した
なぜか神崎さんが一人でテンション爆上がりしている。
「いいじゃない!ちゃんとやりなさいよ!」
「は、はい!!」
一人で盛り上がってる……!
そしてそのまま、じりっと顔を寄せてきて――
「そ、それで……今、どこまでしたの……!?」
「えぇ!?」
「い、いいから!義務よ!」
義務……?一体何の義務だというのか
でも、この流れで黙るのも変だし……!
「……………………ス…」
「……へ?」
「……キ…………」
「……キ………………ス……まで……です……」
っっっつ………!
言った瞬間、死にたくなった。
「はわわわわ……」
神崎さんが固まる。
「ゆかっち……見かけによらず肉食なんだね……?」
「い、いや違うから!!む、向こうから!!」
「へ〜……翔くんから……ねぇ……」
「へぇ……なるほど……」
普段あんなに冷静なのに、
ここまで動揺してる神崎さん、ちょっと珍しい。
「……まぁでも、ちゃんと進んでるってことね」
「だと……いいかな……」
「相変わらず自己肯定感低いんだから……それと」
「ちゃんと、自分からも応えなさいよ?」
「う……うん……」
「もし翔くんを泣かせるようなことがあったら、私が許さないから」
「!? は、はい!」
……なんか、色々と立場が逆な気がするんだが…
そんなこんなで、神崎さんとも普通に話せるようになってきた頃――
「あ、ゆかっち。今週の土日空いてる?」
「え、土日?」
「うん。前々から言ってたけど、よかったらボルダリング一緒にどうかな?」
「ボルダリング……? ボルダリング……」
なんか、赤とか青とかの石を掴んで壁を登るやつ……
だったっけ?あれ? 俺にもできるやつ?
「ちょっと、聞いてみます!!」
ひとまず翔にメッセージを送る。
「うん、久しぶりにあの子も誘おうっかな」
(……即メッセ送るとこ、ほんと真面目でかわよ……)
土曜日。
「なははは! ボルダリングなんて久しぶりだぞ、天音!!」
「声大きい。もうすぐ高校卒業なんだから静かにしてよ、光」
神崎さん、桐谷さん、そして俺という、なんとも不思議な組み合わせで ボルダリングに来ていた。
壁一面に、赤や青の他に緑に茶色 色とりどりの突起が並んでいる。
……ひょえぇ…これ、登るの?
「わわわ……私でも……できるかな?」
「ゆかっちは運動音痴用の紫からだ!」
「初心者用って言いなさいよ……」
「紫……紫……え、どういうこと?」
「同じ色しか掴んじゃいけないの。レベルが上がるほど、小さくて高いところにある」
改めて壁を見上げる
特にオレンジ、俺の拳より小さい突起が並んでる
……これ、掴む前提のサイズじゃないだろ……。
ひとまず、俺は紫色のルートに挑戦することにした。
「よ……よいしょ……! とどけ……!」
一手、また一手
……あれ、意外と、いける……?
登る…登る
小さい頃の木登りを――思い出せ!!
「ゴール……これか!!」
なんとか最後のホールドに手をかける。
――よし、届いた!
「うおお……! 俺も……やればできる……!」
気づけば、地面から3メートルくらいの高さ。
ふと下を見ると――
「……っ、意外と……高いな……」
思わず、足元を見てしまう。
三メートル
数字で聞くと大したことないのに、実際に立ってみると全然違う。
おわわわ…!足が、すくむ!
すると下から――
「おおー!ゆかっち!よくぞ登った!成長したな!」
「まだ初めてでしょ……でも、その調子でいいわよ〜」
……あの運動の天才二人に褒められるの、普通に嬉しい…!
でも…
「き……桐谷さん……!」
「ん?どした?」
「お……降りられ……ない……」
「おお!まじか!!飛び降りろ!下マットだ!大丈夫だ!」
「むむむむ無理ですぅ!!」
ここは漫画で覚えた五接地転回法を…!
いや無理無理無理!!普通に怖い!
三メートル、思った以上に高いんだって!!
どうする……どうする俺……!
「はぁ……降りるときは色、気にしなくていいの」
「え?」
「足から。ちゃんと引っかかる場所を確認して、ゆっくり一個ずつ…落ち着いて降りなさい」
「……は、はい……!」
俺は言われた通り、慎重に足場を探す。
一つ、また一つ。
「よ……よし……」
焦らず、確実に…!
手も、足も、ちゃんと確認してから動かす。
落ち着け……落ち着け……
そして――
「ふぅ……!」
助かった…!神崎さんの指示が的確で…助かった。
地面に降り立った瞬間、全身の力が抜けた。
「ボルダリング……これがボルダリング……」
達成感と、妙な疲労感。
でも、それ以上に――
ちょっと、楽しい…な!
それからというもの
俺は、次の壁に挑戦していた。
ピンク
さっきより、明らかに難しいやつ
俺は…新たな壁に…挑戦する!!
かつての重い過去も……!竜鬼会も……!
あらゆる困難という“壁”を乗り越えてきた俺に……!
今更越えられない壁なんて……ない!!
「ぜぇ……ぜぇ……っ……」
「ゴール……ピンク……クリア……ぁぁ……」
ごめん……物理の壁は……普通にキツい……!!
壁から降りた瞬間、その場にへたり込む。
視線を上げると――
「なはは!!3級クリア!!」
「やっぱり光は軽やかね。体幹が違うのかしら」
「勢いでどうにかなるとこもあるぞ!」
桐谷さんが3級をクリアして、
神崎さんは4級に挑戦中。
……あー。
やっぱりこの二人、ちょっとおかしいな……
――そして、ひと通り終わり
俺たちは出入口付近に集まっていた。
「ふぅ……久しぶりに楽しかったわ。3級もいけたし」
「私は2級いきたかったなー!ゆかっちは?」
「わ、私は……ピンクで限界でした……!!」
手足がぷるぷる震える。
「き……筋肉が……もう……」
明日、絶対筋肉痛だ。
フラフラで歩くのもままならない…
「あわわ…」
「ゆかっち…私、かー」
「ゆかっち!大丈夫か!肩持つぞ〜!」
「あ、ありがとうございます……!」
桐谷さんがフラフラな俺を支えてくれた
「………チッ!」
(ゆかっち…ムニムニ…光に取られた!)
「ん?どうした天音??」
「いや、なんでもない…」
いい汗かいたし、今日はぐっすり寝れそうだ。
……なんて思っていた、その時。
「汗かいたし、プール行くか!」
「!?…いいわね。ここ広いし、ジャグジーもあるし」
「へ……?」
今、なんて?
「プール……?」
「そう!1階にあるぞ!」
「ま、真冬だよ……?」
ちょっと待ってくれ。
季節感、どうなってる?
「温水だから大丈夫よ。無理に泳がなくてもいいし」
(光…ナイス……ここまで来たら…絶対にムニってやる…!)
「で、でも……私、水着持ってない……!」
「あそこで売ってるから大丈夫だ!」
あわわわわ…!!
なんでこうなるんだ……!?
ーーーー
結局…気づけば、女子更衣室。
とほほ…脱衣カーテンがあるからいいけどぉ…
「他所の更衣室…久しぶりだなぁ…」
なんとなく落ち着かない空気の中、
俺は購入した水着と帽子を手に、着替えに入る。
「冬にプールって……どういう発想なんだ……」
手に取った水着は、
露出控えめの、スク水+ハーフパンツタイプ。
「おお…エロくない…なんか、安心する……」
いや、安心してる場合じゃない。
普通に緊張してる…
めちゃくちゃ緊張してる…!!
「ゆかっちー!準備できたかー?」
「お待たせしました…!」
カーテンを開け、2人と合流
「いいじゃん、自然感じで」
(……いい!ボディラインくっきりでてる…ゆかっち。体型維持しっかりしてるね)
(ここで…水着のシワを…というていで…)
ソ〜…
「こっちだ!ゆかっち!」
「は…はい!」
俺の手を引きプールへ…!
「………ギリギリ…!!」
ーープールサイド
さ、寒っ……!……と思いきや。
「あれ?」
空気が、あったかい。
水面から湯気がほんのり立っている。
「すごい……冬にプールできるなんて……」
「だろ!文明の利器ってやつだな!ほら、シャワー浴びて泳ぐぞ!」
「あー、授業以来だし、ちょっと長く泳ごうかしら」
ボルダリングしたあとに、普通に泳ぐ気満々なんだ……?」
体力どうなってるんだよ……
目を離した隙に――
「なはは!先いくぞー!」
「ちょ、光!待ちなさいって!」
……もう二人は水の中へ消えていた。
「えぇ……元気だなぁ……最近の若い子は……」
俺はというと、完全なるカナヅチ
泳ぐ?無理無理、白石さんの素敵な浮き輪に助けを求めねば…
ふと視線を横にやると――
「……歩行コース?」
プールでウォーキングができるらしい。
ま、まあ……それなら……
ここで突っ立ってるのもアレだし…
「ま、ままよ……!」
恐る恐る、足を入れる。
ホワァ……
「あ……あったか……!」
チャポン、と体を沈めると、
ぬるめのお湯がじんわりと身体を包んだ。
「ほわぁ……気持ちいい……」
冷たくもなく、熱くもない
絶妙な温度
……これは、いい。
「……せっかくだし、歩くか……」
――しばらく後。
「なはは!一キロ達成だ!」
「へぇ、やるじゃない光。私もそれくらいかも……って、ゆかっちは?」
「ん?どこだ?……あ」
ポコポコ……ポコポコ……
「……ああぁぁ……泡……いい……」
俺はというと
完全にジャグジーに沈んでいた。
「プールに温泉……不思議だけど……これはこれで……」
全身の力が抜ける
だらんとリラックスモード。
「隣、いい?」
「ほぇ……あ、神崎さん!?あ、うん……」
「私もー!」
「ええぇ!?」
気づけば三人並んでジャグジー。
……三回目の、混浴…水着だけど…!
とはいえ、前ほどの動揺はない。
慣れちまったのか…俺…こんな空間に…。
「懐かしいな〜。京都やラブホでみんなで温泉入ったの」
「また行きたいね。まぁ、予定合わせるの大変だけどね」
「あ、あはは……そうですね……」
ゆるい会話。
湯気みたいに、空気も緩い。
――その中で
ジー……
(白い肌…華奢な身体…可愛い…それでいて…ムニムニ…!)
(あ〜〜……今すぐ抱きつきた……いやダメ!…翔くんが……)
(でも…今日くらい…友達…だし…ムニっと…!)
「……?神崎さん?」
「!?……な、なんでもない!」
勢いよく立ち上がる。
「もう行きましょう!」
「なは〜?のぼせたか〜?」
なんか、見られてた気が……
更衣室…シャワー
「あー……なんか、疲れ取れたかも……」
最初はどうなるかと思ったけど、
のんびりするだけでも意外と楽しい。
――外に出るって、こういうことか。
シャワーで軽く流していると。
ガラッ。
「…………」
「……!? か、神崎さん!?」
そこには…全てをさらけ出した…神崎さん…
俺もさらけ出してんだけどよ!
いやいや!!どうしてだよ!?
「しーっ!静かに!」
なななななんで!?!?
真桜さんといい!桐谷さんといい!
ここの学校の女子は裸で突撃する風習があるのか!?
「ゆかっち、さっきから体プルプルしてる…」
「え……?」
「筋肉が悲鳴あげてる」
「あ……まぁ……確かに…手足が張るような…」
「もんであげる…マッサージ…」
「ほぇ!?なんで!?」
「今日はともかく…ここ最近色々あったんでしょ…?大丈夫…優しいやつだから」
「へ…あ…うん」
マッサージ…してくれる…らしい?
よくわからないけど、俺はひとまず…背中を神崎さんに預けた。
裸同士で多分かなり危ないシチュエーションだけど…
「まず…肩から…腕…」
ムニ…ムニ…
(ななななな…何してんの!?私!!え!?なんで…?!)
(勢いで…来てしまったけど…これ…ほぼアウトじゃん!!)
(今日は…久しぶりゆかっちと会えて…つい…でももうここまできたら…)
そんな思考も知らず順調に揉まれる俺…
確かに…腕は確か
筋肉がほぐれるのを実感する。
「マッサージ…とても…いいです」
「…!…ほ…ほんと…?それじゃ次の…足」
(ゆかっちのおしり…ゆかっちのおしり…!)
(だめ!!これ以上私…!!落ち着け……今日は…ゆかっちと遊びに来ただけ…)
(これ以上…乱さない…マッサージを終える…)
(翔くんに…申し訳なくなる…!)
ムニムニ…手つきはなんかしっとりとしてる気がするが…
うーむ……とても…うまい…
シャワーの水で良い感じに滑り
おしりから太腿をしっかり刺激…してくれる…
いいなぁ…
「ん……気持ち…いいです…神崎さん…」
「…………そう」
(あわわわわわ……やめて…!そんなセリフ…はかないで!!)
(あぁ…もう入っちゃう…スイッチ…入っちゃう!!)
ピト…
ん?密着…?へ…?……へ!?!?
くっついてきた…??
「あの…神崎…さん?」
(い…いいかな…?すこしくらい…?…女同士だし…ノリで)
手が俺の前まで伸びてきた、その瞬間――
ガラッ!
「おーい、ゆかっちトリートメント――って、天音もいるじゃん。何してんの?」
「こ、これは!筋肉痛予防のマッサージを……!」
「なはは!それ距離近すぎ!
女同士とはいえ翔くん怒るぞ〜?」
「うっ……」
ぴたり、と止まる神崎さん。
「……ごめん、ゆかっち」
「い、いや……大丈夫……とても気持ち良かったので…」
(〜〜!!!も…もうやめて!!)
そそくさと自分のスペースに戻っていく。
(……今の私、やっばり…どうかしてたよね…ゆかっち…翔くんの恋敵のはずなのに…全然嫌な気がなかった…むしろ…)
(あ~…やっぱり……私……真桜ちゃんに……変なスイッチ入れらかもなぁ…責任とってもらおうかな…)
――何事もなかったかのように、シャワー終了。
「うぅ……寒っ!!」
「なはは!これが冬だ!」
「それ言えるの光だけだから。さっさと帰るわよ」
温水とのギャップで、一気に冷える。
「風邪ひく前に帰らないとな!」
「あ、それなんだけど……」
「ん?ゆかっち?」
「実は……ずっと翔とメッセージしてて………あ!」
視線の先
駐車場に一台
初心者マーク付きの高級車という違和感の塊。
「おーう、お前ら。送ってやるよ」
「おおお!翔くんすげぇ!マイカー!?」
「え……これ……ベ…ベン……いや……すご……」
「車見せびらかしたいわけじゃねぇよ
俺は裕香迎えに来ただけだ。乗れ」
さらっとイケメンムーブするのずるい…
「おぉ……!?翔くん、早速“俺の女”アピールだな!」
「へぇ……彼女できた途端、見栄張るタイプなんだ。意外……」
「う、うるせぇ!送ってもらう側の態度じゃねぇぞお前ら!」
後部座席からの好き勝手なツッコミに、翔が軽く言い返す。
「はは……なんか、いつも通りだ……」
そのやり取りを聞きながら、俺は助手席に身を沈めた。
エンジン音と、外を流れていく冬の景色。
少し暖かい車内。
「……もう12月半ばか、もうすぐ今年も終わるな」
「そうだな!あと半月もすれば来年だ!」
「ほんと早いよね……」
「う、うん……そうだね……」
窓の外を見ながら、ぼんやり考える。
あれだけ濃くて、色んなことがあった一年なのに――
振り返ると、あっという間だ
時間の流れはいつも平等…ということかな。
「なはは!12月といえばさ!」
桐谷さんがぱっと声を上げる。
「残ってるビッグイベントといえばクリスマスだろ!」
「「……!?」」
「後は…あけおめか!天音はクリスマス何するの?」
「私は特に予定ないかな。適当に過ごすと思う光は?」
「剛と過ごすぞ!まぁいつも通りだな!……で、二人は?」
「……」
「……」
クリスマス
恋人と過ごす日…と言うはずでもないのに
そんなイメージが、頭に浮かぶ。
クリスマス!?もう!!?
クリスマスか…早いなぁ…何すればいいんだろうか??
俺は、そっと隣を見た。
「…………」
翔はハンドルを握ったまま、
ほんの少しだけ目を見開いていた…というか…手が震えてる…
大丈夫か…?翔…?
「ふふ、翔くん、予定はもう決めてるの…?」
「!……まぁ…大体な…」
んんんん?俺は知らないんだけどぉ…!
ちょっと!何が始まるんだよ!
またしても…俺は何も知らない……
そんな日であった。




